『天才登山家』(2024年12月1日 大嶋信之著)

(文・イラスト/大嶋信之)

ある国に、若く優秀な登山家がいた。
彼は、今まで、世界中の多くの難関な山を登っては登頂を果たし、
どれも失敗なくすべて百戦錬磨だった。

残るはひとつ。
世界で誰も登頂を果たしていない山を残すのみとなった。
その山は、標高は世界一ではないものの、登山を試みた者は、誰一人として帰ってくることがなく、登山家の中では最も恐れられている山だった。

その天才的な登山家は、その山にチャレンジすることに決めた。
もし登頂を果たせば、世界一の登山家となれる。

その山は三角形をしたかたちで、尖った山頂が特徴的な山だった。
山頂付近は年中雪で覆われていた。
男は、万全の準備をし、登頂を始めることにした。
世界中のメディアも彼に注目し、一大イベントの盛り上がりを見せた。

男は、難なく7合目くらいまで登り、テントを張って夜を過ごした。
周りは一面雪景色、
天気は良好だった。

この調子だと、明日には登頂できそうだ。
男の心は躍った。

翌日、男は頂上目指して登り始めた。
雪と氷の山を丁寧に登っていく。
その確実性とスピードは、登山家の中でも天才的だ。

男はついに頂上の目の前まで到達した。
「やった、ついに登頂だ!」

三角形の山のてっぺんは尖っていて、人一人が立つのにギリギリのスペースしかなかった。
男は確実な足取りで、難なく慎重に頂上に到達した。
この冷静さも男が天才登山家と言われるゆえんだった。
「ここより難しい山はたくさんあった、俺はなんて天才なんだ」男は思った。

男は尖った頂上に立ち、登頂の記録として自分のスマホで写真を撮った。
「下山したら皆に見せよう」。
気温はマイナス、白銀の世界だった。

そして登頂の証拠として今回持ってきた、自分の名前がプリントされた小さな旗を、頂上に刺した。
その瞬間だった!

バリ!!!
一瞬の出来事だった。
刺した旗が頂上の氷を突き破り、男ともども氷の下の穴に落ちてしまったのだ。

その山は、極細い噴火口をもつ休火山だったのだ。
誰もそのことを知らなかった。
男は荷物共々細い噴火口の深い深い底へ飲み込まれてしまった。

頂上の穴はすぐに氷で塞がってしまい、
誰もその噴火口を見ることができない。

天才登山家だったこの男、実は登頂は果たしたものの、
メディアや周囲の者達には、彼もまた、
「登頂を果たせず帰って来れなかった」という記録になった。

おわり。


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Nobuyuki Oshima(大嶋 信之)
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