山口敏太郎祭りを訪れました。(at A・F・R Yokohama)

2025年12月27日(土)、オカルトイベント「山口敏太郎祭り」を訪れました。
会場は横浜・桜木町にあるA・F・R Yokohama(AFR横浜)で開催され、テレビやYouTubeでお馴染みの山口敏太郎さんほか、山口敏太郎タートルカンパニー所属の怪談師の方やタレントさんたち中心に、実話怪談などの持ちネタを披露またフリートークで、会場は終始賑わいを見せました。

オープニングの開催宣言-山口敏太郎祭り2025

オープニングの開催宣言。
写真左から、山口敏太郎さん、中沢健さん(UMA研究家)、幽玄姉妹さんお二人。
今回のステージは、学校の文化祭をイメージされたそう。

怪談師のレムリアmanaさん-山口敏太郎祭り2025

怪談師のレムリアmanaさん。(@lemuria.mana.room
得意の東南アジアの実話怪談をされた。ゾッとする内容でした。
後列は写真左より、桂子さん(@yoyohatamura)、近藤啓二さん(@ZePUNK)、線六本さん(@xianliuben)、福島のゴンベッサさん(写真が切れてしまい申し訳ないです。)も実話怪談を披露されました。どの怪談も非常に興味深い内容でした。

オカルトライターのおかゆうさん-山口敏太郎祭り2025

主に月刊ムーなどの記事を書いている、オカルトライターのおかゆうさん。(@o_ka_yu_u
今回は、1972年(昭和47年)9月に高知県高知市東部の介良地区で起きた謎のUFO事件「介良事件(けらじけん)」について、最新の独自の取材内容とともに自身の考察をお話ししてくれた。

介良事件(けらじけん)のUFOのイラスト-山口敏太郎祭り2025

介良事件で捕獲されたUFOのイラスト。
当時作られていた灰皿(実物も見せてくれた。)に似ているのだが、実は様々な証言から今でも謎は深まるばかりなのだ。

山口敏太郎さんと占い師のあーりんさん-山口敏太郎祭り2025

山口敏太郎さん(写真左/@bintarou.yamaguchi)と占い師のあーりんさん(写真右/@arinn110)のクロストーク。
あーりんさんの占いについての考え方や今後の抱負についてお話ししてくれた。

UMA研究家の中澤健(なかざわ たけし)さんとホラー映画監督で怪談家の住倉カオスさん-山口敏太郎祭り2025

UMA研究家の中沢健さん(写真左/@takeshigodzilla)と、ホラー映画監督で怪談家の住倉カオス(写真右/@sumikurakaoss)さん。
UMA(未確認生物)への情熱や、お二人でのテレビ出演のときの楽しいエピソードをお話ししてくれた。なお、中沢健さんの作った「ミニ図鑑:未確認生物 UMA図鑑」は現在マクドナルドの景品になっている!

株式会社カチモード代表の児玉和俊さん-山口敏太郎祭り2025

株式会社カチモード代表の児玉和俊さん。(@kachimode_kodama
事故物件のお化け調査専門会社ならではの、実際に体験した怖い話というか不思議な話をお話ししてくれた。
とてもリアルで聞き入ってしまった。

ファンキー中村さん-山口敏太郎祭り2025

ファンキー中村さん。(@ghost_contents_official
以前、怪談イベントのためにある地を訪れたときに体験した、怖く奇妙な体験談をお話ししてくれた。また山口敏太郎さんとの思い出話でも盛り上がった。
写真右は、現役高校体育教師で怪談師のうえまつそう(植松創/@uematsusou)さん。なんと、渋谷のモヤイ象の所有者とのこと!(調べたると、うえまつさんのご祖父さまが渋谷のモヤイ象を作ったとのこと。)これまた、興味深い怪談を披露されました。

出演されたタレントさん全員の記念撮影-山口敏太郎祭り2025

出演されたタレントさん全員の記念撮影。
写真には撮れていませんが、そのほか、奇談ライター穂積昭雪さん(@hodumiakiyuki)による怪奇事件談と脳トレクイズ、福島でUFOを目撃したというシンガーソングライター水木ノアさん(@mizukinoah)の歌唱、スピリチュアル鑑定士ちかみつさん(@chikamitsulab)のZOOM出演など、盛りだくさんの約5時間でした。
私は、ちかみつさんにZOOMで「宇宙人が今後大衆の前に現れる可能性は?」的な質問をしてみました。すると、ちかみつさんから「すでに接触しているし、なんなら人間の姿になってもう混じっている。だから、すでに現れている。」と興味深い返答をいただきました。

山口敏太郎さんと私(大嶋信之)-山口敏太郎祭り2025
(山口敏太郎さんと私)

イベント終了後に、山口敏太郎さんと記念撮影させていただきました。
つい先日、ATLASラジオに電話出演させていただいたのですが、初めてお会いすることができました!ありがとうございました。

山口敏太郎さんと私(大嶋信之)-山口敏太郎祭り2025
(中沢健さんと私)

UMA研究家の中沢健さんと記念撮影♪ありがとうございました。

児玉和俊さん(カチモード代表 )と私(大嶋信之)-山口敏太郎祭り2025
(カチモード児玉さんと私)

(株)カチモード代表 児玉和俊さんと記念撮影♪ありがとうございました。

A・F・R Yokohama
神奈川県横浜市中区花咲町1丁目38 ビル M2


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群馬県桐生市の銭湯「上の湯(うえのゆ)」-古銭湯めぐり・昭和レトロ

仕事繋がりでもあり、銭湯仲間のINOUE氏(レトロ古銭湯フリーク)が、写真を送ってくれたので紹介したい。群馬県桐生市錦町にある銭湯「上の湯(うえのゆ)」(群馬県桐生市錦町1丁目8−11)です。

今日で仕事納めだったので、帰りに桐生の上の湯まで行ってきました。

中は都内の銭湯を思わせるほど綺麗で、浴室は高い浴槽の温湯と低い浴槽の熱湯の2種類(両方薬湯)あります。
壁のタイルは船橋の宮の湯の様な金魚と鯉のタイル絵。
浴室内では昭和歌謡が常に流れていて、今まで各地の銭湯に行きましたが、BGMが流れている銭湯は初めてでした(笑)

INOUE氏より

調べると、創業80年以上、先代のお孫さん夫婦が引き継ぎ、2021年にリニューアルされたそう。実にすばらしい。

INOUE氏は、古い銭湯が好きなだけではなく、古い日本の靴も大好きで収集している古靴コレクターなのだ。革靴好き必見!同氏のインスタグラム→@japan_shoes_1870

上の湯(うえのゆ)
群馬県桐生市錦町1丁目8−11


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私の子ども(長男)の胎内記憶

私の長男が3~4歳くらいのとき、よく言っていた生まれる前の記憶をお話したい。
そんな長男は、もう大学生になる。

(イラスト・文/大嶋信之)


次男が生まれ、休日になると私と長男二人で出かけることが多くなった。
生まれたばかりの次男と妻を家に残し、私たち二人は、当時長男の好きだった電車を見に行ったり、その電車に乗ってどこかの公園や商業施設に行ったりして遊んで夕方まで過ごした。帰りに二人で銭湯に寄って帰ることもしばしば。

小象の上に乗って山から降りてきたイラスト-私の子供(長男)の胎内記憶

そんな時、私は興味本位で「生まれるとき、どこから来たの?」とか、「生まれる前の記憶ってある?」といった質問を会話の中でしてみることがよくあった。
すると4歳の長男は、決まって「子どもの象さんに乗って山から降りてきた。親の象さんも一緒にいて、僕を降ろすと、象さん親子は山に帰っていった。」と答えていた。3歳くらいから同じことを言っていた記憶がある。
帰り道、近所の木々の生えた斜面を見ると、「あの山から降りてきたんよ。」と教えてくれることもあった。

山から降りたところで子象から降りて、象の親子は山へ帰っていったイラスト-私の子供(長男)の胎内記憶

山を下り、子象から降りると、親子の象は山に戻っていったそうだ。

長男(子ども)の生まれたイラスト

そして、ママから生まれたという。
なんとも不思議な話だ。
まあ、象は仏教やヒンドゥー教では、特に神聖な動物とされているので、そういうこともあるだろうなと思ってしまう。お釈迦様の母は、白象が胎内に入る夢を見た後、懐妊したという伝説もあるくらいだ。

象の親子の置物
象の親子の置物

当時、おもちゃ屋で見つけて思わず購入した、象の親子の置物。
長男と関係しているであろうと思い、15年経った現在でもリビングに飾っている。


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ある男性T(とっちゃん)さんの不思議体験談(心霊現象/UFO宇宙人アブダクション/シャドーマン)

ある男性T(とっちゃん)さんの不思議体験談

今月(2025年12月)の12日、私の宇宙人遭遇体験談で、オカルト界巨匠の山口敏太郎さんのYouTube番組「ATLASラジオ」に私が電話出演したのを聴いてくださり、ある男性Tさん(以下「とっちゃんさん」とする)から連絡をいただいた。

とっちゃんさんは、過去に二度ほど同じATLASラジオに電話出演しており、私の動画を観て共感いただき、連絡をくれたのであった。
連絡を取り合うと、偶然にも私の住まいの最寄り駅近くに1年前に越してきたと言うので、先日(2025年12月20日)、近くの喫茶店で会って話すことになった。

とっちゃんさんの不思議体験談のメモ書き
とっちゃんさんの話を聞いて取ったメモの一部

とっちゃんさんは、年齢は私より6歳上の1971年生まれの54歳、静岡県出身、理系の大学を出て、理系(科学技術系)のお仕事に就いてらっしゃって、とても真面目な印象の方だった。兄弟は、下に妹が二人いる。

胎内記憶(0~1歳)
寝ている間だけの別世界(0~4歳くらい)
UFOとの出会い(12歳、中学1年生、1983年ごろ)
宇宙人との交信と人体実験(13~15歳、中学1~3年生、1984~1986年)
 ・宇宙人による人体実験
 ・宇宙人との交信
宇宙人との別れ(15歳、中学3年生のおわり頃、1986年)
宇宙人からのメッセージとその後
シャドーマンと遭遇(18歳、高校3年生)
その他の話
 ・1歳の時の指輪飲み込み事件
 ・9歳(小学3年生)頃の不思議な声
 ・小学生の時の不思議な音
 ・大学教授から聞いた不思議な話
 ・地震予知
とっちゃんさんの出演動画
まとめ

(イラスト・文/大嶋 信之)


胎内記憶(0~1歳)

「胎内記憶(0~1歳)」とっちゃんさんの話のメモ書き

とっちゃんさんの不思議体験の中で、特徴的な体験のひとつが胎内記憶だ。
動画でもお話しされているが、胎内記憶というよりは、生まれる前の世界の鮮明な記憶があると言う。

その記憶があるのに気がついたのは、なんと0~1歳の時というから驚いてしまう。
普通、その時期の記憶がある人は少ないと思う。
とっちゃんさんは、自分が生まれた病院に、出生後何度か連れていかれるうち、病院の壁にその病院の航空写真が飾ってあるのを見つけた。

その瞬間だった!
この空から見た病院の光景、見たことあるぞ。」と不思議な感覚に陥った。
なぜ見たことあるのか、記憶をたどると、芋づる式に、その光景を見るに至った記憶が蘇ってきたという。これが実に興味深い。

自分がなぜ、この写真の光景を見たことがあるのか頭を巡らすと、病院を上から見下ろすに至った記憶が蘇ってきた。
そうだ、自分は、雲の上にいたんだ。

胎内記憶の雲の上の世界

とっちゃんさんは、生まれる前に、雲の上の世界にいたという。
その雲は「パーソナルスペース」と呼ばれる一人一つの小さめの雲だった。キント雲のようなものだろうか。
隣にも同様の雲があり、その上に一人の人間(自分のような存在)がいた。
その世界は、明るくて、楽しいことのみの場所だった。

その場所を仕切っているのが、二人の老人だった。
二人とも白い衣服を着ていて、白い髭を生やし、杖を持っていて、旧約聖書の預言者モーゼのような風貌であった。

ある時、その二人の老人の元へ呼ばれた。
お前は、もう行く時期だ。
そう告げられると、前世の親戚たちのような方々がいる場所に挨拶しに行き、「とうとう、呼ばれてしまいました。」とその親戚たちに告げた。この世界では、肉体という概念がないため、「会いたい」と思った瞬間に、その人に会いに行けるらしい。これも興味深く、複数の臨死体験をされた彗星ハンターの木内鶴彦氏(故人)も、ある動画で同様のことを言っていた。臨死体験中は、「会いたい」と思った瞬間にその人の元へ移動できたという。

次に、老人の元へ再び戻ると、呼ばれた者たちで長い列ができていた。
みな、残念そうな暗い顔をしていたという。

モーゼのような風貌の老人二人の様子-胎内記憶の雲の上の世界

とうとう、自分の番がきた。
二人の老人は、それぞれ分厚い本を持っていて、バン!っと同時にページを開いた。
開いたページには、人の情報が書き込まれていて、
お前は、この人と、この人の間に生まれる子供だ!
と命令されたという。

すると、黒い門の前に移動し、門の扉が少しづつ開いた。
その門が完全に開くと、自分はその門を出て、雲から降りるように降下していった。

雲の上の世界から地球に落ちていく様子-胎内記憶

1週間くらい長い時間をかけて降りていくと、小さな地球が見えてきた。
地球がだんだん大きくなり、陸地も見えてきた。
そうして自分の生まれた病院が見えてくる。
ここだ!(航空写真は)この記憶だ!
そして、病院の中に降りて、間もなくして母親から生まれたという。

病院の壁になにげなく飾られた、病院の航空写真。
その写真を見た0~1歳のとちゃんさんが、このような体験の記憶を蘇らせるなんて、なんとも不思議で仕方がない。
ただ、先日友人Mの不思議体験談を聞いていて、共通点だなと思ったのが、不思議体験をされる方は、幼少期の記憶力がすごい点だ。Mもそうだったし、私も多少だが1歳ごろの不思議な記憶がある。

私は、動画であらかじめこの話を聞いていたので、以前購入した絵本「胎内記憶図鑑」(のぶみ著)の内容に似ていると感じ、とっちゃんさんに見てもらった。
この絵本は、1999年より胎内記憶について研究をしている池川明先生(池川クリニック医院長)監修で、実に6000人にのぼる胎内記憶をもった子供たちからヒアリングした内容をまとめた絵本になっている。

絵本「胎内記憶図鑑」のぶみ著
絵本「胎内記憶図鑑」のぶみ著

雲の上での生活、髭を生やした老人など、絵本の内容と似た点はいくつもあったが、とっちゃんさんが過ごした世界とは少し違ったようだった。しかし、私にとっては、雲の上での生活や、髭を生やした長老などが、興味深い共通点だと感じた。

寝ている間だけの別世界(0~4歳くらい)

「寝ている間だけの別世界(0~4歳くらい)」とっちゃんさんの話のメモ書き

鮮明な胎内記憶の話だけでも、非常に興味深い話だが、とっちゃんさんの不思議体験は終わらない。
これも動画でお話しされているが、とっちゃんさんは、0~4歳くらいまで寝ている間だけ別世界で過ごしていたという。夢というよりは、別世界。のちに「パラレルワールド(平行世界)」という言葉を知って、その言葉が一番しっくりくると思ったという。その内容もとても興味深いのだ。

とっちゃんさんは、寝ている間(あえて夢と言わないようにする。)だけ、ある工場で働いていた。別世界では自分は0~4歳の子供ではなかった。仕事が終わると、いつも帰る風呂なしアパートもあった。その世界の女性の容姿は、その時代に流行っていた容姿と同じ(服装も髪型も同じ、山本リンダのような容姿)だったので、時代は同じ感じだったという。

その工場では、人の肉(人肉)を解体し、ある特殊な方法でパッキングするといった、センセーショナルな工場だった。ただ、それが食べるためなのか、何なのか不明だったとのこと。その世界では売られていなかったし、食べたこともなかったという。
人肉の材料は、なぜかすべて女性で、工場内の大きな冷蔵庫には、たくさんの女性の体(裸体)がカチコチに凍っていた。なので、とっちゃんさんは、工場に行くたび、心配でその冷蔵庫に母親や祖母がいないか、確認していたという。

体をカットし、部位ごとに、パッキングされていく。
パッキング方法も特殊で、水の中でコンニャクのようなものでパッキングされていたという。パッキング前に、カットされた部位を、油のような細かい気泡がある液体にさらすのだという。何のためかは不明だった。
とっちゃんさんは、働きながらその工程を学んだ。流れ作業でシステム化された工場だった。初めて見る光景だった。

そんな夢というか寝ている間だけの体験する別世界を4歳ごろまで経験した。
その後、小学校5年生くらいになり、社会の授業でコンベアシステムによる流れ作業を学んだ時に、びっくりしてしまった。自分が見た光景そのものだった。「自分は授業で学ぶはるか前から、このシステムを知っている。というより、そういった工場で働いていた。」そう思ったという。

その驚きはそれで終わらなかった。その後の小学校の社会科見学で、自動車組み立て工場を訪れた時のこと。
流れ作業で組み立てられていく自動車を目の前にし、自分が別世界で働いていた工場そっくりだったことに、再びびっくりしてしまった。
内容は「人肉」と「自動車」と大きく異なるが、流れ作業で製品が出来上がっていくその様は、自分がかつて働いていた別世界の工場そのものだった!

とまあ、不思議な話なのだ。
0~4歳という幼少期に、それだけの鮮明な記憶があることに驚いてしまう。
とっちゃんさんは、後から雑誌月刊ムーで、「人食いパラレルワールド」の記事を見て、再度びっくりしたという。

UFOとの出会い(12歳、中学1年生、1983年ごろ)

「UFOとの出会い(12歳、中学1年生ころ)」とっちゃんさんの話のメモ書き

とっちゃんさんが中学生になる1983年ごろ、小学生時代にそういった不思議体験を多く体験し、自分でも説明できないし、親や友人、妹たちにも当然信じてもらえず、苦悩していた。
そんな時、テレビでUFO特番を見て、「そうか!UFOなら、科学的に説明ができるかもしれないし、心霊体験より面白そうだ。」と直感したという。

早速、本屋に行って、UFOの本を探すもなかなか見つからず(同じような書籍が2冊だけあったので購入。)、図書館へ行くも見つけることができず、古本屋に行ってようやく何冊か購入することができた。
本を読み進めると、UFOは赤オレンジ色に発光していることが多いという記述を見て、「赤オレンジ色?」と疑問がわいた。
赤オレンジとは聞き慣れない言葉だったし、一体どんな色なのか、赤とオレンジのあいだの色だなんて、なかなか想像できなかったという。

その後、UFOなどオカルト情報を発信する雑誌「月刊ムー」の発売日を知り、発売日に本屋へ行ってムーを購入した帰り道に、なんとUFOに遭遇した!

UFOに遭遇したイラスト

場所は、静岡県浜松市、時間は20時半ごろだった。
周囲は畑の田舎道、暗くなり自転車を漕いで自宅へ帰る途中に、目の前の上空にまさに赤オレンジ色をした球体が現れた。
大きさは、星よりも明らかに大きく、といっても月の大きさの5~6分の1程度の大きさだった。

光は動いておらず、一定の高さに留まっていて、自転車を降りてしばらく観察することにした。10分間くらい目の前上空にその球体は留まっていた。
曇りだして、他の星は見えなくなり、小雨が降り始めた。それでもその球体ははっきり見えた。よく見ると、赤オレンジ色している球体は、赤オレンジではなく、赤とオレンジのマーブル模様が高速で回転していた。

赤とオレンジのマーブル模様の光が高速で回転しているUFOのイラスト

その時だった。自分の背後から軽トラックが来るのが分かった。
道の端に避けようと、自転車のハンドルを持って道の端に移動するために、一瞬地面を見た。軽自動車が通過し、再び空を見上げるも、その球体はすでに消えてしまっていたとのこと。

この初めてのUFOとの出会いが、今後の3年間にわたり、とっちゃんさんは何者かとコンタクトできるようになった、ことの始まりだった。

余談:
私は、この話を聞きながら、ちょっと気になった点があったので、それをとっちゃんさんに伝えた。
それは、UFOは赤っぽくオレンジ色っぽい発光をすることは多いと以前から聞いているが、それはおそらくプラズマもしくは核融合が関係していると思われる。
1975年に発生した甲府UFO事件で、UFO宇宙人に遭遇した山畠克博氏もUFOが眩いばかりのオレンジ色の光に包まれた後消えたと言っている。核融合の代表例は太陽だが、太陽も同様の色をしている。甲府事件でもUFO着陸現場に原子炉由来の人工的な放射線物質が発見されている。
それはそれでさて置き、私が驚いたのは、とっちゃんさんがこの「赤オレンジ」に着目し興味がわいた点だ。
私は、宇宙人に遭遇したことはあるが、赤オレンジ色のUFOは見たことがない。
しかしだ、幼少期から、なぜかこの「赤オレンジ」という色が気になってしょうがなかったからだ。絵も好きでよく描くが、この赤オレンジ色の表現が難しく、いつも納得いかなかった。まさに、私もこの「赤オレンジ色」に固執しているのだ。
幼少期は、太陽がその色に一番近い(特に日没間近の太陽の色)と思い、それを見ると何かを感じる気持ちなり、その赤オレンジ色になった夕日をずっと眺めたり、その夕日や空の絵を描いて再現しようとしたりしたが、納得がいく色がなかなか表現できないでいた。大人になってタバコを吸うようになったときは、タバコの火の色がその理想色に一番近いなと思ったくらい、なぜか、この「赤オレンジ色」を追ってしまうのだ。
これは、不思議だと思った点だった。

宇宙人との交信と人体実験(13~15歳、中学1~3年生、1984~1986年)

「宇宙人との交信と人体実験(13~15歳、中学1~3年生)」とっちゃんさんの話のメモ書き

とっちゃんさんは13歳のUFO遭遇体験以降、3年間(1983~1986年)にわたり不思議な体験を経験することになる。

宇宙人による人体実験

まずは、宇宙人との交信に伴う人体実験。
それらは、主に寝ているときに起きた。

まず最初に起こるようになったことは、寝ているときに、頭を銃のようなもので打ち抜かれる感覚で目が覚めることが、頻繁に起き始めた。
おでこ(額)の中央から何かが打ち込まれ、後頭部に抜けていく感覚で、「死ぬ!!」と思ってしまうほどのインパクトがあったという。

次に、寝ているときにふと目が覚めると、手足が縛られいる感覚で身動きが取れない状態(首から上は動く)で、頭になにか電波のようなものを当てらることがしばしば起こるようになった。その電波は、3種類(3本)あって、同時に当てられたという。
その時は、息は乱れ「はあ、はあ」といった苦しい感覚だった。

身に覚えのない傷

そういったことが起こるたび、翌朝には、見知らぬ傷が、体のあちこちにできるようになった。その傷は、10年以上残った。今は、30年経っているので、かなり薄れてしまっているというが、見せていただいた。

知らない間にできた体の傷-UFOアブダクション(人体実験)か。

左腕にできた当時の傷跡。
不思議と、傷はいつも二つ同時できたという。
写真の傷のもう片方は数年前に消えてしまった。

知らない間にできた体の傷の当時の再現イメージ-UFOアブダクション(人体実験)か。

当時の再現イメージ。
必ず二つ、対に同時にできた。
その間隔を定規で計ると、必ずぴったり1.0cmだった。
どこにできた傷も同様に、決まって1.0cm間隔だったことに、とっちゃんさんは「宇宙人も、人間と同じメートル法を使用しているのか!?」と驚いたという。

知らない間にできた体の傷(手のひら)-UFOアブダクション(人体実験)か。

手のひらに、いきなり現れた切り傷。
この傷ができた時は、まったく身に覚えのないうえ、手のひらだったこともあり、大変驚いたという。

知らない間にできた体の傷(手のひら)の詳細-UFOアブダクション(人体実験)か。

今でも鮮明に傷が残っている。

知らない間にできた体の傷(右腕)-UFOアブダクション(人体実験)か。

右腕の傷。
この傷には、私は驚いてしまった!!
なんと、私も物心ついた時から、同じ場所に、同じような傷があるからだ!

知らない間にできた体の傷(私の右腕)-UFOアブダクション(人体実験)か。

私の右腕の傷。
48歳になった今は、だいぶ薄くなってしまったが、幼少期はとっちゃんさん同様、はっきりした傷だった。

知らない間にできた体の傷(私の右腕)イメージ-UFOアブダクション(人体実験)か。

私は、幼少期この傷を見て、いつできたかわからず、いつも不思議だなと思っていた。

知らない間にできた体の傷(とっちゃんさんの右腕と私の右腕に同じ傷)-UFOアブダクション(人体実験)か。
とっちゃんさんの右腕と私の右腕に同じ傷があった!

とっちゃんさんの傷と、私の傷。
右腕のほぼ同じ場所にある。

とっちゃんさんは、このような二点の傷(1.0cm幅)が、腕だけでなく、お腹など、様々な場所に出現。
その傷とは別に、白の斑点のような傷も出現しはじめたという。
それも2点の対の丸型で、片方が大きく、片方が小さく、間隔は3~4cmだった。
周りの皮膚より明らかに白く目立つため、お腹にできた時は、プールで多くの友達に「なにそれ?」とひやかされたという。
今は消えて残っていないが、両腕にも出現した。
決まって、寝ているときの不思議体験の翌朝に出現した。
当時、UFOとその乗員とコンタクトしたというビリー・マイヤーの書籍を読んで、自身の体験が似ていることに気づいたという。

宇宙人との交信

そのような、人体実験とおぼしき不思議体験と同時に、とっちゃんさんは宇宙人らしき存在から、メッセージを受信できるようになったという。
その内容は、複雑な数式だったり、曼荼羅だったり、ただの言葉だったりした。
主に寝ている最中に受信し、内容の詳細は起きると忘れてしまうことが多かった。
今考えると、ノーベル賞に匹敵するような高度で優れた数式もあったという。

受信方法は、言葉とテレパシーで、3種類あった。
一つ目は、一瞬で受け取れる方法。映像(イメージ)と言語などの情報が、一瞬で送られてくる、光のようなものだったという。
二つ目は、朗読型。言葉で朗読するように情報を伝えてくる。
三つ目は、映像。情報を映像(イメージ)として送ってくる。
とっちゃんさんは、一つ目の一瞬で受け取る方法で、主に受け取っていたという。

宇宙人から教えてもらったテレパシー送信方法-黒板をイメージする

宇宙人らしき存在は、とっちゃんさんに、情報の受信だけでなく、送信方法も教えてきた。
その方法というのが、非常に興味深い。
送信には右脳を使い、頭の中に黒板のようなボードを想像し、そこに送りたいメッセージを書いたら、そのボードの右横にある(青と紫に光る)球体に意識を集中させ、青から紫に点灯させる。その(右脳で作り上げた)イメージを、右脳から後頭部へ移動させ、後頭部から後ろに押し出すように集中すると、メッセージが送れるのだそうだ。

宇宙人から教えてもらったテレパシー送信方法-右脳でイメージし後頭部へ送って飛ばす

とっちゃんさんは、その方法は最初は難しかったが、慣れてくるとスムーズに行えるようになったという。うまく送信できると、後日、送信したメッセージに対する返信がくるようになった。情報を受け取るのは簡単だったが、送信する方が難しかったという。

宇宙人との別れ(15歳、中学3年生のおわり頃、1986年)

「宇宙人との別れ(15歳、中学3年生のおわり頃)」とっちゃんさんの話のメモ書き

そんな、宇宙人らしき意識体との交信が3年続いた。交信する頻度も多くなり、睡眠の障害(交信)、体にできる傷など、とっちゃんさんの負担が限界に達していた。
そんなある日、もう交信を打ち切ろうと決断し、そのメッセージ(交信を終わりにしようという旨)を送信した。

勝手に体が起きあがったら宇宙人がたっていた様子のイラスト-宇宙人遭遇体験

その数日後の夜中、寝ていると目が勝手に開き、身動きが取れないまま、上半身が勝手に起き上がり、目の前にグレイ型の宇宙人が立っていた。
暗がりの中だったが、容姿がしっかり見えた。頭は大きく、大きな目が光っている。耳や鼻や口は見当たらなかった。肌の色はグレー(灰色)で、しわなどはなかった。目の光は、猫やフクロウのような夜行性動物特有の反射して光っている目という感じだった。そのわずかな光で、部屋の中が少し照らされうっすら見えるくらいだった。

遭遇した宇宙人のイラスト

そのグレイ型宇宙人は、自分の足元に立っており、上半身から下は半透明だった。
頭のある位置の高さは1.0mくらいだった。

その後、宇宙人の姿が消えると、普段の部屋の暗がりに戻った。
通信手段の、いつもの黒板ボードを想像してみると、送信するための右上にある光の部分がロックされており、送信できない状態になっていた。
とっちゃんさんは、「最後の別れに、きっと姿を現したのだ。」と確信したという。

その日以降、宇宙人からの受信もなくなり、黒板ボードもロックされたままでメッセージを送信できない状態が続いた。
その後、平穏な日々を過ごすことができた。

宇宙人からのメッセージとその後

「宇宙人からのメッセージとその後」とっちゃんさんの話のメモ書き

宇宙人からのメッセージ

私が、どんな内容の交信をしたか、また宇宙人から受け取ったメッセージがあるか尋ねると、大別すると以下の三つあると言う。

・環境を大切にしなさい。
・神社やお寺には近づくな。(神社やお寺で、自分の願い事を願うことはやめなさい。)
・二酸化炭素(CO2)排出量を減らしなさい。

この三つだと言う。
私は、びっくりしてしてまった。
一つ目の「環境を大切にしなさい」と三つ目の「二酸化炭素(CO2)を減らしなさい」は、私が宇宙人から受けたメッセージと一緒だからだ。私の場合は、「自然(特に植物)を大切にしなさい。」というメッセージだった。植物をお粗末にすれば、食べ物にも困るし、二酸化炭素も増える。まさに同じ意味だ。
とっちゃんさんは、この教えを今でも守っているとのこと。今までもこれからも自動車を買うことはないという。二酸化炭素を排出するからだ。移動は電車と自転車と決めている。
二つ目の神社とお寺への参拝だが、交信当時は神社とお寺に行くのは避けていたらしいが、最近ではある一定のルールを守ったうえでたまに参拝するという。そのルールとは、「自分の願い事を願うことはしない。」というルール。他人の幸福を願うことはOKらしい。
これも興味深くて、私も誰に教わったわけではないが、幼少期からこの考えがあった。
不思議な共通点である。
また、何千件ものアブダクション経験者を調査した、コンピュータ研究者でUFO研究者のジャック・ヴァレという研究者は、宇宙人などの高度意識体のアブダクションの目的は、古い信仰システムを破壊しつつそれに代わる新しいシステムを構築することだと述べている。(参考:ウィキペディア>ジャック・ヴァレ
まさに、二つ目の「神社とお寺に近づくな。」だ。

また、宇宙人の目的は何なのか尋ねると、
宇宙人は、争いをなくすために、感情をなくしたから、それ(感情)を復活させるために、人間の喜怒哀楽を調査しに来ている。」と、とっちゃんさんは答えてくれた。
これも、強く納得してしまった。その理由は、別の機会にお話ししたいと思う。

その後

宇宙人と決別できた中学3年生以来、とっちゃんさんは宇宙人とのコンタクトはなくなった。しかし、25歳の時、たまたま矢追純一氏のUFO特番をテレビで観ていると、宇宙人にさらわれた人のアブダクション内容が紹介されていた。それを観て久しぶりに恐怖心が蘇ってきた。その翌朝、起きると昔のような傷が両腕にできているのを発見、また恐怖に陥ったという。ただ、その後は何事もなかったそう。

とっちゃんさんは、大人になった今でも、あれ(中学生の時の宇宙人体験)は何だったのだろうと興味を持ち続け、たまにだがUFOコンタクティの武良信行(むら のぶゆき)氏のUFOを呼ぶイベントなどに参加することもあるとのこと。

シャドーマンと遭遇(18歳、高校3年生)

「シャドーマンと遭遇(18歳、高校3年生)」とっちゃんさんの話のメモ書き

この話は、動画2でも詳しくお話しされているエピソード。
とっちゃんさんが、高校3年生のとき、シャドーマンに遭遇したという話。

とっちゃんさんは、高校3年の後期、指定校推薦により周囲の生徒より一足お先に、進学する大学が決まっていた。
ほとんどの生徒は、その時期は受験勉強でピリピリモード。なので、休み時間などは、指定校推薦で大学が決まっている友人だけで、別の教室で集まって話をしたりしていた。
その場所のひとつに「進路指導室」という教室があった。
とっちゃんさんは、いつものように、休み時間に進路指導室に向かった。すると、天から頭の中に「今はまだ誰もいない」と声が聞こえた。
その言葉を無視し、誰かしらいるだろうと進路指導室のドアを開けた。
その時だった!

学校の教室に現れたシャドーマン

雨が降っている日で、電気も付いていない薄暗い教室の中に、影だけの何者かがいたのである。その影は不思議で、北側の窓から外のかすかな光がさしているにも関わらず、光とは反対方向(窓の方向)に濃く伸びた人型の影だった。

学校の教室に現れたシャドーマンが驚く様子

その影だけの存在が、私が教室に入るなり、驚いた様子でのけぞり、慌てふためいて教室内に置いてあった棚に隠れてしまった。
そして次の瞬間、その影は四方八方に放射線状に散らばるような形で分散し、消え去ってしまったとのこと。

シャドーマンが消える瞬間のイラスト

なんとも不思議な光景を目にしたとっちゃんさんは、その場に立ち尽くしてしまった。

それから月日が経ち、大人になってから「シャドーマン」という言葉(怪奇現象)を知った。そうか、自分が見たのは”シャドーマン”だったのかと、その時とっちゃんさんは思ったのだそう。
その影の正体は、いったい何なのだろうか。

その他の話

1歳の時の指輪飲み込み事件

「1歳の時の指輪飲み込み事件」とっちゃんさんの話のメモ書き

大人になって、とっちゃんさんは母親にある出来事を聞かされた。
それは、とっちゃんさんが1歳の時、母親の結婚指輪を飲み込んでしまったというエピソード。それを聞いたとっちゃんさんは、母親から詳細を聞く前に、当時の自分の行動を鮮明に思い出した。
1歳くらいの自分が、タンスをよじ登り、一番上の引き出しの中に保管されている指輪を取り出そうとしている光景が、少し上の目線から見た客観的な光景で蘇ってきた。それを母親に伝えると、その通りで、1歳のとっちゃんさんが、タンスの上の段に保管してあった結婚指輪をよじ登って取り出し、飲み込んでしまった。
急いで病院へ行くと、医師に「もし、お尻から出てこなかった場合は、お腹を切って(手術で)取り出すしかないですね。」と告げられたという。
幸いにも、後日お尻から出てきたのだそう。それはそれでよかったが、1歳の乳児が、タンスをよじ登って、上の段の指輪を取り出す、しかも飲み込んでしまうなんて、とっちゃんさん自身も首をかしげるエピソードだそうだ。その鮮明な光景(客観的に自分を見た)の記憶も不思議なのだそう。
この幼児期の自分を客観視した記憶については、前回の記事「友人Mの不思議体験談」の中でも似たエピソードがある。

9歳(小学3年生)頃の不思議な声

「9歳(小学3年生)頃の不思議な声」とっちゃんさんの話のメモ書き

とっちゃんさんが小学生の頃、いつも外から聞こえる声があった。
その声には2種類あって、一つは「キャーーーー」と1分間くらい一定の音程で続く声、もう一つは「おぎゃおぎゃ おぎゃおぎゃおぎゃ」を繰り返す声。(決まって「おぎゃ」×2回のあとに「おぎゃ」×3回、の繰り返し)
とっちゃんさんは当然、両親、妹たち、周囲の家の人も聞こえているものだと思っていた。
小学3年生だったある日、とっちゃん家に、近所の友人が遊びに来て、いつもその声が聞こえる部屋で妹も含めて三人でトランプしていた。
その時、またいつもの声が聞こえた。「キャーーーー」と1分間くらい続く声。
妹と友人はびっくりし、「何この声、怖い!」と言った。とっちゃんは「いつも聞こえるけど、妹も、友人も聞いたことないの?」と聞いた。すると友人も妹も今まで一切聞いたことのないと言うのだった。
その後、友人はそのことを学校で他の友人に言いふらし、一時、とっちゃん家に肝試しに来る友人が増えたとのこと。
後に、とっちゃんはその声の録音に成功するが、そのテープは残念ながら今は紛失してしまったという。

余談だが、私も幼少期、夕方必ず犬の遠吠え(複数の犬の遠吠え)が、家の中にいたのに聞こえていたのを思い出した。私が住んでいたのは、東京都豊島区内の大通り(明治通り)沿いで、池袋駅からも程近い比較的都会に位置し、車通りも激しく騒音もうるさい場所だった。当然どこかの犬の遠吠えなんだろうなと思っていたので、家族の誰にも言っていなかった。でも、そんな都会に犬ってそんなたくさんいたのかな?と、とっちゃんさんの話を聞きながら、疑問が湧いてしまった。もしかしたら、私だけが聞こえていたのかも、と少し思ってしまった。

小学生の頃の不思議な音

とっちゃんさんの不思議体験を、いつも両親は信じていなかった。
私もそうだったので、とても共感できる。
しかし、そんな両親も不思議な気持ちになる出来事が起きた。
とっちゃんさんが小学生だったある日、5人家族全員で、2階建ての一軒家の1階で、夕食を食べている時だった。天井から「ドスン!ドスン!ドスン!」と大きな音が3回響いたのだ。当然2階には誰もいない。
2階に行って確認するも、変なことは何も起きていなかった。
屋根に何か落ちたか?と思ったが、一階まで聞こえないだろうとなった。
その時だけは、両親も「不思議なこともあるものだね。」と言ったそうだ。

大学教授から聞いた不思議な話

「大学教授の話」とっちゃんさんの話のメモ書き

私が、「理系の方って、オカルトに興味ある人、意外に多いのでは?」と興味本位で質問すると、とっちゃんさんが卒業した理系の大学の教授から聞いた、不思議な話を二つ教えてくれた。

登山中の落石の話
その大学のある教授が、登山をしていた時の不思議な話。
教授がある山で登山中、突然、落石を知らせる叫び声が聞こえた。
自分は、右へ逃げるか、左へ逃げるか、一瞬迷い「右と左、どっちに逃げたらよいか?」と天に問うた。すると「右に逃げなさい。」とどこからともなく声が聞こえた。
その通り、右に逃げたことで、助かったという話。左に逃げていたら、落石に直撃していたらしい。この不思議な話を、その教授が当時学生によく話していたという。

男子トイレの鏡に映った女性の話
その大学の学長が、男子トイレを使用していた時の不思議な話。
ある日、学長が男子トイレで用を済まし、手洗い台で手を洗っているとき、目の前の鏡を見ると、自分の背後に黒髪の長い女性が立っていた。
すぐさま、「女子トイレは隣ですよ。」と、言いながら振り返えると、女性の姿はなく、消えてしまってどこにもいなかった。
その後、学長は怖くなってしまい、校内すべての男子トイレの鏡を取り外してしまった。

地震予知

とっちゃんさんは、学生のころ地震予知ができるようだった。予知というか、地震の起こるタイミングで自身の身にも何かをキャッチするという現象だ。
それは、国内の地震ではなく、海外の地震が多かった。
その現象は、地震が起こるタイミングで、自身の体が揺れるという現象だった。寝ているときにも起きた。
そんな現象(自身の体が急に揺れる)が起きた後、調べると必ず同時刻に海外のどこかで地震があった。
一番すごかったのは、学校の教室で、体が揺れすぎて椅子から転げ落ちてしまったことがあった。そのあと調べてみると、同時刻でイギリスのある地方で100年振りの地震、震度1というニュースがあった(笑)。とっちゃんさんは、さすがにこれは勘弁してくれと思ったそうだ。
それから何十年か経ち、地震予知もできなくなっていた2011年3日11日、東日本大震災は残念ながら予知できなかった。

この話を聞いて、私も寝ているときに体が揺れて地震かな?と思ったことが多々あったことを思い出した。その時は「きっと(自身の)心臓の鼓動だろう。」とか、東日本大震災の後だったということもあり「きっと地震のトラウマだろう。」とかいう気持ちで、地震予知かもしれないなんて思いもしていなかったので、その現象の同時刻で起きた地震など調べることもなかった。でも似た体験だなと思った。
あと、幼少期、兄弟三人でテレビを観ていたところ、2歳上の姉が先に寝てしまって、寝ていたと思うと急に上半身を起こし、目を閉じたまま上半身を大きく左右に揺らして「地震だ!」と言ったかと思うと、またすぐに寝てしまったことを思い出した。それを間近で見た私たち双子は大笑い。姉が夢見て寝ぼけたこと言ったのだと思ったが、とっちゃんさんの話を聞いて、「あれも地震予知だったかもしれない」と少し思った(笑)

余談だが、私は天才発明家ニコラ・テスラの自伝書「秘密の告白」を何度も読み返しているのだが、その中でニコラ・テスラがある振動数の共鳴実験をしている最中に、実験所のある(滅多に地震が起きない)ニューヨークのその地で大きな揺れが発生し、止まらなくなってしまいその装置を壊して止めたというエピソードの記述を思い出した。確か、地球の振動数と共鳴させたことが原因だったと思うのが、とっちゃんさんはその逆で、地震の周波数と共鳴してしまい、自身の体が揺れてしまった可能性があるなと思い、とっちゃんさんそれをに伝えた。

とっちゃんさんの出演動画

とっちゃんさんが電話出演した動画「ATLASラジオ」は、以下2本。
以上のような不思議体験を、詳細にお話しされているので、ご興味ある方はぜひご視聴ください♪

『ATLASラジオ29:激白!宇宙人にさらわれ○○を埋め込まれた男!』
https://www.youtube.com/watch?v=B-4LmRaEjX8

『ATLASラジオ3rd 018 大学進学を考えている?シャドーマン、人間の傷を治すイルカのヒーリング』
https://www.youtube.com/watch?v=mHHsrhSnli8

まとめ

とっちゃんさんとお会いして、お話しさせていただいた率直な感想は、素直な方だなという印象だった。永遠の少年のような、純粋な疑問を大切にしていらっしゃる方だと思った。
私も、共感する部分や共通する点が多々あったことに、驚いてしまった。
とっちゃんさんと私の共通点を以下に挙げる。

・不思議体験した時期
不思議体験は幼少期が多く、大人になったらほとんどなくなった。とっちゃんさんは20歳、私は25歳くらいまででほぼなくなった。

・信じてもらえないから、話したくない
両親はそのような体験を信じてもらえず、「何を馬鹿なこと言っているの?」という反応が多かったため、誰にも言えないことが多かった。

・身に覚えのない傷がある
身に覚えのない傷が体に複数ある。特に幼少期からある右腕の傷は、二人とも同じ個所にあったのには驚いた。

・「赤オレンジ色」に固執する
UFOの色とされる、「赤オレンジ」に固執する。

・オカルト、物理科学への興味
自身の体験から、オカルト番組や書籍、物理科学に興味を持つようになった。

・テレパシー
宇宙人からテレパシーを受信した。

・宇宙人からのメッセージ
宇宙人から同じようなメッセージを受け取った。とくに自然環境については完全に共通していた。

・宇宙人体験した時期
互いに宇宙人体験をした年代が近い。私は1982年ごろ、とっちゃんさんは1983~1986年ごろ。

・メッセージを受信する
とっちゃんさんは、幼少期に親戚の死を知らせるメッセージや、どこからか自分の頭にイメージや言葉が湧いてくることがあった。私も同様で、テレビに親戚が映る話など親族のなにかを受信することが多かった。

その他、細かい部分で共感できる点が多々あった。
上記の中でも特に右腕の傷、同じ個所に傷がある方は、初めてお目にかかった。そして宇宙人から受け取ったメッセージ、これも共通点があるし興味深い。
そして年代だ。とっちゃんさんが宇宙人とコンタクトしていた3年間は1983~1986年の約3年間、私が宇宙人遭遇したのは1982年ごろなので、年代が非常に近い。(→私が遭遇した宇宙人

甲府UFO事件の山畠さんとお会いしてお話しした時もそうだったが、やはり体験者同士というのは、お互いの話の理解が早く、スムーズにわかり合えるという、なんとも言葉では表現できない心地良さを感じた。

私の宇宙人遭遇体験やテレパシーなどの幼少期の不思議体験を、興味深く聞いてくださった。特にデジャブ体験をした時の手の傷の話を関心深く聞いてくれた。
しかも、とっちゃんさんとお会いした後、その傷を改めて見ると、なんと傷が対になっている(二つある)ことに気づいたのだ!

謎の手の甲の傷
(左手の甲にある謎の傷/2025年12月26日撮影)

写真右の人差し指側の傷は、デジャブ体験時にできた謎の傷。
写真左の薬指側の傷は、まったく身に覚えがない。念のため二つの傷の感覚を計るとちょうど3.5cmだった。
(追記:後日(2025年12月27日)、とっちゃんさんに再び会う機会があったので、この傷跡を見せると「私と同じですね、片方の傷の方が大きい。しかも間隔が3.5cmというのも同じです。私も3~4cmでした。」と仰っていた。)

最後にとっちゃんさんに、質問した。
「(とっちゃんさんは)お仕事も理系(最先端技術系)でしっかりされていて、きっとこういった体験も生かされていて、うらやましい。私は今のところ生かしきれていない。なので、あえて、こんな話(なかなか信じてもらえないような不思議体験談)を外でする必要もないのでは?」と。
すると、とっちゃんさんは笑いながら、
私が経験した様々な不思議体験を、どこにも言わないまま死ぬなんて、なんかそれってどうなだろう?って思っちゃうんですよ。それくらいインパクトの大きい体験だったので。」と言った。
この言葉、私も強く共感してしまった。なかなか信じてもらえないような不思議体験談を人に話す意味があるのか、いつも自問自答するのだが、結局はいつかきっと話す意味がある日が来るんじゃないかと、根拠もなく思ってしまうからだ。
今後も、とっちゃんさんとは交流を深めていきたいと思う。


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友人Mの不思議体験談(幽霊心霊/UFO/幽体離脱)

友人Mの不思議体験談(幽霊心霊/UFO/幽体離脱)のイラスト

私が、今年(2025年)の5月、自身の宇宙人遭遇体験談であるYouTube番組に出演させていただいた後、動画を観たという小学校からの友人Mから「俺も不思議体験をたくさんしているから、聞いてほしい。」と連絡をもらった。聞くと、偶然にも現在の住まいも比較的近かったため、2025年8月30日、お互いの住まいからほど近い喫茶店でその話を聞いた。

ある友人Mの不思議体験談のメモ書き
友人Mの話を聞いて取ったメモ

友人Mと会うのは、実に20年振りだった。小学校、中学校が同じで、高校1年生くらいまでは一緒に遊んだりした。中学2、3年の夏休みには、Mのお父さん関連の出版会社で、単発(数日間)のアルバイトもさせてもらった。(中学生は原則バイト禁止だったが、Mのお父さんが「子供たちに社会経験をさせたい」とその会社に説得してくれてOKになった。)朝8:30から夕方17:00まで、Mと友人と三人で単純作業のアルバイト、日当は一人6000円だった。良い経験になったし、当時の中学生にとっては良いお小遣いになった。そのお父さんも数年前に他界したと、その時聞かされた。Mは現在、建築関係の会社に勤めており、家族も持っている。

小学生の時見たUFO
祖母(おばあちゃん)の葬儀時の話
昼寝の時の幽体離脱
中学生の時の変な体験
高校生の時の不思議な話
夢でしか見ない場所
その他の話
まとめ

(イラスト・文/大嶋 信之)


小学生の時見たUFO

小学生の時見たUFOのメモ書き

Mが小学5,6年生の頃(1988~89年ごろ)、友人数人でUFOを目撃した話。
当時テレビではUFO番組がたまに放映されていて、その影響もあったかと思うが、いつもある友人の住むマンションの屋上に行き、男子6人くらいで輪になって手をつなぎ、UFOを呼ぶ儀式をしていたという。
Mはその儀式に信之(私)もいたと言うが、私は全く覚えていない。双子の弟かもしれないと私が言うと、Mは「双子で参加していたと思うよ。」と言うのだが、本当に思い出せない。(今度、双子の弟に確認しようと思う。)
マンションの場所は、東京都豊島区北大塚、高台に位置する見晴らしの良い場所だった。

そんなある日、UFOが出現した!
いつものように輪になり、6人で手を繋ぎ、UFOを呼ぶ儀式をしていた。
時間は夕方。そのうちの一人が「UFOだ!」と叫んだ。
その子が指さす先、比較的地平線に近い空の向こうに、点滅する光が見えた。
6人全員で目撃。その点滅する光は複数(5,6個)あり、動いておらず、それぞれが点滅していた。
しばらくの間(10分くらい)、その場で点滅を繰り返し、突如消えてしまったという。

突如現れたUFOのイラスト(東京都豊島区上空)

飛行機なら移動してしまうが、10分という長い時間その場にとどまるなんて、私も不思議だなと思った。
Mほか友人たちは、何日か儀式を繰り返した結果、UFOが応答してくれたのだと確信したという。
ただ、その後も同じ儀式をしてみるも、後にも先にもUFOが出現したのは、その一回だったそうだ。
私も同時期に一人でUFOを呼んで、現れたということがあったので(→私の見たUFO)、まあ、そういうこと(呼べば姿を現すこと)はあるものだろうなと思った。

祖母(おばあちゃん)の葬儀時の話

祖母(おばあちゃん)の葬儀時の話のメモ書き

Mが小学5年生(10歳)の時、一緒に住んでいたMの父方の祖母が亡くなった。
85歳だった。生前、祖母の世話をしていたのは、同居していたMの母だった。
葬儀を終え、M宅に戻り、身内6人くらいで少しお酒を飲みながら世間話をしていた時、急にMの父の妹(叔母)が亡くなった祖母に憑依(ひょうい)したという。

父の妹夫婦は、普段違う場所に住んでいて、葬儀のためにM宅に来ていた。
その他身内の大人6人で輪になり、話をしていた。Mは子供だったため、同じ部屋にいたものの、輪には入っていなかった。

話を始めて5分後くらいに、父の妹(叔母)の様子がおかしくなりはじめた。
皆で心配すると、急に父の妹(叔母)が泣き出し、祖母の世話をしていたMの母にすり寄り、「ありがとう、お世話になった。本当にありがとう。」と言い出したというのだ。
まるで祖母が乗り移ったような表情で、感謝の言葉を繰り返したという。

周りはびっくりし、どうすることもできなかった。
さすがのMも子供ながらにびっくりして、その大人の輪に近づいた。
10秒間くらいそんな状態が続き、ついに父の妹(叔母)の旦那が、叔母の頬っぺたをひっぱたき「いい加減にしろ!」と怒鳴った。
すると、叔母は正気に戻り、「え?私、何してた?何か言った?」と言った。
そして、その後は普段の叔母に戻ったという。

とまあ、不思議な話ではあるが、
仏教では、死後四十九日間は、故人の魂が現世とあの世をさまようというので、そんなことがあってもおかしいことではないなと思った。あと、叔母の旦那さんが「いい加減にしろ!」と怒鳴ったということは、その叔母の方は、もしかしたら、普段から憑依癖があるかもしれないとも少し思った。

昼寝の時の幽体離脱

昼寝の時の幽体離脱のメモ書き

Mが小学生から中学生になるころ、幽体離脱を経験したという。
その内容がちょっと面白い。
私も当時、M本人から聞いて、この話は覚えていた。

ある日、昼寝していると、金縛りのような感覚で目が覚めた。
すると、自分の体が宙に浮いた。そのまま天井まで浮かんでいき、天井が目の前数センチくらいまで迫ったところで、ピタッと止まった。体は身動きがとれず、振り返ることができなかった。

昼寝中に幽体離脱してしまったイラスト

数秒間その状態(目の前に天井)が続き、「やべ、戻らなきゃ。」と思ったら、戻ることができたという。なんとも不思議な話だ。

中学生の時の変な体験

中学生の時の変な体験のメモ書き

この話も、当時Mから聞いて、私は覚えていた。
中学生の時のちょっと怖い話だ。
ある夏の日の夜、1Fにあった部屋でMが寝ていた。
両親や妹は別の部屋で寝ていた。
暑い日で、窓を少し開け、扇風機をつけていた。

Mはある異変で目が覚めた。
なんと、Mの体に覆いかぶさるように、男の人が乗っかていたのだ!
頭はアフロヘアのようなもしゃもしゃで、汗臭かった。
Mは驚き、恐怖のあまり声も出せなかった。

就寝中に何者かが覆いかぶさってきた心霊現象イラスト

暗い部屋の中、Mは身動きがとれないため、恐る恐る、手でその男の腕をさがしたが、腕は見当たらなかった。頭を触り、顔を触ったが、顔に目や鼻や口はなく、のっぺらぼうのようだった。

就寝中に覆いかぶさってきた何者かはのっぺらぼうだった心霊現象イラスト

次にその男のお尻から足を触ったが、足は途中からなかったという。
Mはどいてほしいため、男のお尻を叩いた。
すると、男はスーといなくなったので、Mは慌てて立ち上がり、両親の寝ている部屋へ急いだ。

お父さん、誰かいる!!
Mは大声で叫んだ。
寝ていた両親はびっくりして起き上がり、父親がMの寝ていた部屋へと急いだ。
Mと一緒にその部屋に戻ると、誰もいなかった。
窓は少し開いたまま。扇風機もついていた。

玄関は、鍵がかかっており、何者かが侵入したなら、窓しか考えられなかった。
しかし、窓は寝る前に少し開けた状態のままだった。
父親は「変な夢でも見たんじゃないか?」と言った。
ただ、部屋には、その男の汗の臭いが少し残っていたという。
Mは、今でも不思議でしょうがないと言っている。

高校生の時の不思議な話

高校生の時の不思議な話のメモ書き

Mが高校生の時、自分の部屋を与えられた。
私も当時その部屋に何度も遊びに行った経験がある。
部屋は、古い木造のアパート(風呂なし共同トイレ)の一室で、広さは6畳くらい、扉には鍵がかけられるようなつくりだった。

その部屋は、もとは他人に貸していて、高齢のお婆さんが一人で住んでいたそうだ。
お婆さんが出ていき、Mが自分の部屋として使用することになった。

部屋を使い始めてしばらくして、不思議な現象がたびたび起きるようになったという。
帰宅し、部屋の鍵を開けようとすると、部屋の中からコンポ(ラジカセ)のカセットテープの音楽が勝手に流れていたことが何度もあったという。そして、いつも鍵を開けて扉を開けると、音が止まる。
そんなことが、日常的に起きていた。

また、同様にテレビが付いている音がして、部屋を開けると消えている、そんなこともあった。

後から知ったらしいのだか、
元にその部屋に住んでいたそのお婆さんは、よそに引っ越してすぐ亡くなったと聞かされたのだっだ。なのでMは、おそらく、お婆さんの霊魂が、長く住んだその部屋を訪れて、いたずらというか、Mがいない間に音楽を聴いたり、テレビを観てたりしたのではないかと推測しているという。

ちなみに、そのアパートは、新しく建て直され、現在は存在しない。

余談だが、建て直される前の3階建ての母屋に、寝ているときも不思議な体験をしたという。24か25歳ごろだった。
いつも同じ部屋である方角で寝ていると、「お兄ちゃん、遊ぼうよ。」と耳元で聞こえ、目が覚めることがしばしばあったという。その声は聞き覚えのある声で、親戚の女の子の声だった。ただ、必ずある方向で寝ているときのみで、違う方向を向いて寝ている時は聞こえない。その部屋は、その子たちが来ると、遊び部屋として使っていたので、不思議だったが、なんとなく腑に落ちるところがあったという。ただ、同じ方角で寝ている時のみ聞こえるという点が不思議だとMは言う。

夢でしか見ない場所

夢でしか見ない場所のメモ書き

この話は、ちょっと不思議な話だった。
Mは、いつも夢でしか見ない同じ建物があると言う。
それは、14階くらいの白いマンションで、渡り廊下のある2棟のつくりだそう。
いつも夢の中で、そのマンションのエレベーターに乗り、10階や14階まで行き、渡り廊下を渡って隣の棟に移り、そして再び、エレベーターに乗って、1階に降りるといった夢だそう。
なにが不思議かって、この夢、私も見るのだ!!話を聞いている最中、鳥肌が立ってしまった。
イラストは、私が見る夢のとおりに描いたもので、Mもこんな感じだと言う。

いつも夢で出てくる渡り廊下のある二棟のマンション

私も、夢の中で、Mと同じで、エレベーターに乗り込み、上層階まで行き、渡り廊下で隣の棟に移り、エレベーターに乗って1階に戻ってくるという、まったく同じ内容の夢を何度か見たことがあった。
二人で不思議なこともあるもんだね、と顔を合わせた(笑)

その他の話

その他、Mが話してくれた不思議な話。

3歳の時の記憶

3歳の時、幼稚園に初めて預けられた日の記憶。
Mの母親が、先生にMを預け、母親が去ろうとし、Mがわんわん大泣きの図。
この光景を頭上から傍観する自分の記憶が鮮明に残っているという。

入院中の不思議な話のメモ書き

Mが高校一年の時、ある整形外科的手術で入院したときの不思議な話。
4人部屋で寝ていた深夜、「コツコツコツ」と廊下を誰かが歩く音で目が覚めてしまった。
足音から看護婦さんだろうと思った。すると、部屋に入ってきた。
ライトを持った何者かが、カーテン越しに見えた。
Mのベッドの周囲を歩き、そのまま部屋を出て行った。
翌朝、看護婦さんに確認すると、その時間(深夜)にそのような行動は誰一人としてしていないと言う。
誰だったのか不明で、今でも不思議だと言う。看護婦さんの霊だったのではないかとMは言う。

まとめ

Mは左利きで、昔から、少し変わった話をするタイプだった。
私は右利きだが、同じようなタイプ(不思議体験体質)だったため、昔から話が合った。(→私が体験した不思議体験
それぞれ、48歳といういい大人になった今、こういう体験ってなんなんだろうねという話になった。

私も幼少期に体験した不思議体験から、その原因をずっと追っている。
なので、その話をした。

原因として考えられる一つは、脳波だ。

脳波のイラストメモ
脳波をイメージしたイラスト

脳波とは、脳から発せられる電気信号で、その時の感情によって周波数の異なる信号になる。リラックスして落ち着いているときは周波数は下がり、怒りや興奮状態では周波数が上がる傾向がある。就寝時は最も周波数が下がる。周波数帯によって、デルタ波(δ)、シータ波(θ)、アルファ波(α)、ベータ波(β)、ガンマ波(γ)などと呼ばれている。

脳波が周波数を伴った電気信号であるということは、この周波数に共鳴させることで、情報を伝達できる可能性があると私は思っている。
ラジオやテレビを受信するのと同じ原理だ。

たとえば、世の中に溢れる様々な人々の脳波と共鳴することで、自分が見ていないもの(他人が見たもの)が見えたり、感じたりできるのではないか。私は、幼少期にテレビに親戚が映るという不思議体験を多くしたが、その原因はこれではないかと思っている。(親戚の発した脳波に共鳴し、私は視覚として受信したイメージ。)
その他でも、幽霊や、テレパシーなど、これで説明がつくような気がする。

アカシックレコードのイラストメモ
アカシックレコードをイメージしたイラスト

あともう一つは、アカシックレコードの存在だ。
アカシックレコードとは、この世のどこかにこの世の情報がすべて書き込まれた領域があって、この世はその領域から投影された世界、つまりフォログラフィーだという物理仮説だ。フォログラフィック宇宙論とも呼ばれている。
ちなみに、アカシックレコードは二次元情報の可能性があるという。

これが本当なら、何かの力が働き、目に見えないものが見えたり、存在しないものが見えたりしてもおかしくない。UFOや幽霊だって何かの情報の投影の産物ということになる。


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【不思議体験】デジャブが連発した日-虫刺されによるアナフィラキシーか!?

まえがき

私は、4年前(2021年)のある日、デジャブ(※)が連発した不思議な体験がある。
記録のために、以下に記しておきます。

※デジャブ(dejavu)とは、初めての体験なのに、過去に経験したような記憶があることを言います。例えば、初めて来た土地なのに過去に訪れた記憶があったり、今この瞬間の感覚が過去に夢で見た気がする、初めて会う人なのに過去に会ったことのあるような気がする(これは、スピリチュアル的に言えば、前世で会っているか、ソウルメイトという魂レベルでの知人を意味することが多いようだが。)など。

(文・イラスト・写真/大嶋 信之)


『デジャブが連発した日』(2025年12月14日著)

私は、幼少期からデジャブはけっこう多く体験する体質なのだが、ある日、それが連発する異様な出来事があった。

時は2021年10月のある日の夕方のこと。
仕事を終え、ジョギングに出かけ、帰り道に筋トレをしようと、ある公園の鉄棒で懸垂をし、鉄棒近くのベンチで腕立て伏せをし、ベンチの前でスクワットをしている最中に起こった。

急に、デジャブの感覚に襲われたのだ。
今この瞬間を、夢で見たのか、すでに知っている。
とふと感じた。

通常のデジャブなら、一度か二度で終わり、すぐに素に戻るのだが、この日だけは違った。スクワットを終え、再び懸垂をしようと鉄棒へ移動した瞬間も、「この光景、知っている。」と感じ、その後の行動も、またその後の行動も、「この瞬間を知っている。」という連続した感覚に襲われ、デジャブが止まらなくなったのだ!

気を反らそうと、公園の木々などに目を移しても「この光景をすでに知っている。」という感覚に。確かにその公園で筋トレをするのは初めてではなかった。数年間、何回も訪れていた。
しかし、そういった過去の記憶とはまったく違う感覚で、説明しにくいのだが「ごく最近夢で見た光景と感情」というのが最も近い感覚かと思う。この今の感覚を、今朝、または昨日か、夢で見たような感覚。いつ見た夢なのか、なぜ記憶にあるのか、思い出そとしたのだが、その行為自体も「すでに知っている。」という感覚になってしまった。

今この瞬間にやることなすこと、すべて記憶がある。
こんな初めての感覚に陥り、私は急に怖くなってしまった。

「きっと、今日という日は、なにか、特別な日なのかもしれない。」そう思い始め、筋トレを中断し、家に帰ろうと公園を後にすることにした。
公園を後にし、家路に向かい歩き始めても、デジャブはまったく収まらない。
歩く道、光景、こうして帰ろうとした自分とこの感情、すべてがすでに記憶にある感覚で、なんと、直後に起こる出来事の予測もできるようになっていた

路地から出てくる女性のイラスト-デジャブで予想した光景が現実になった体験談

「この記憶(デジャブ)が正しければ、あの先の路地からこういう格好の女性が出てくるはず。」と思った瞬間、案の定記憶と同じ女性が路地から出てきた。

「この先の角を曲がったら、こういう人とすれ違うはず。」とその角を曲がると、またその通りになった(記憶通りの人とすれ違った)。

私は、ますます怖くなってしまい、心臓がバクバクし始めた。
この帰り道さえ、すでに記憶がある、「今日という日が、二度目の可能性があるな。」そう確信した私は、
もしかしたら、未来の自分が、この日に起きた不運な出来事をやり直そうと、この日のこの瞬間に戻ってきて、過去を変えようとしているのかもしれない。」と思い始めた。その不運な出来事とは何か、急に家族の安否が心配になりはじめた。
私はジョギング中は、スマホを携帯していないので、妻に電話することもできす、足早に家に向かった。

家に着くと、妻はいつも通り夕食の支度をしていて、少しホっとした。
二人の子供たちは、習い事のサッカーで不在。長男は中学生で隣りの区のクラブチームで練習中、小学生だった次男は近くの小学校校庭で練習中だった。
外はすでに暗くなっていたので、次男を迎えに行くことにした。

「ちょっと、心配だから、次男を迎えに行ってくるよ。」
そう妻に伝えると、いつも子供たちは自分たちで帰ってくるのが日常だったので、
妻は驚きつつ「大丈夫だと思うけど。」と答えた。
そして、妻は、私の手を見てまた驚いて言った。

なに?その手!血まみれじゃない!

左手から出血するイラスト

見ると、私の左手の甲の一部からひどく出血しているではないか!
私は、左手のそこがかゆくて右手でかき続けながら歩いて帰ってきた記憶はあった。
デジャブの連発で気にも留めず、「きっと公園で、蚊にでも喰われたのだろう。」程度に軽く考えていた。
妻に言われるまで、左手は見ておらず、まさか出血しているとは思ってもいなかった。「こんなにかきむしっているとは!」と、その手を見て自分でもびっくりしたくらいだ。
出血していたのは、左手の甲のちょうど人差し指の下のあたりだった。
手を洗って、ひとまず絆創膏を貼って、次男を迎えに行くことにした。

次男は、サッカーの練習がちょうど終わったところで、練習場の学校に向う途中の交差点で会うことができ、そのまま一緒に帰ることができた。その時は、徐々にデジャブ現象も落ち着いてきた。

帰宅し、まだ心臓がバクバクしていたため、横になり長男が帰ってくるまで待った。
ほどなくして、長男も帰宅。家族全員の安全を確認したが、心拍数が上昇したままだったので、体を温めつつ、温かいお茶を飲み、横になったままでいた。
家族は何もなかった。もしかしたら、自分がここで死ぬのか?
バクバクが収まらない心臓から、そう思い始めた。

「死ぬわけにはいかない。」と思い、自分を落ち着かせ、横になって安静にしていると、だんだん元に戻ってきた。
心拍数も元に戻り、デジャブも収まった。

この日は、お茶漬けを食べて、お風呂に温まり、寝ることにした。
落ち着きを取り戻し、布団に入っていつも通り就寝することができた。
翌朝、目が覚めると、何事もなかったように日常に戻った。

とまあ、なんとも不思議な経験だったのですが、その傷が思いのほか深く、4年経った今でも鮮明に残っている。

虫に刺されたような右手の傷跡の写真

人差し指の下、ちょうど太い血管の上あたり。

虫に刺されたような右手の傷跡の拡大写真

傷の跡。

後から考えると、蜂やアリかわからないが、何かの虫に刺されたアナフィラキシーショックだったのかもしれないと思っている。
公園からの帰り道、この部分がかゆくてかゆくてたまらなかったこと、意識が薄れてデジャブが連発したこと、心拍数が上がって不安に襲われたこと、がそう思う理由だ。

しかも、公園のその鉄棒は、その後ほどなくしてフェンスに覆われ、立ち入りができなくなり、今は新しい鉄棒に入れ替えられたのだ。その場所に、蜂やアリなどなにか人を刺す虫の巣とかがあったのかもしれない。なので、被害者は私だけじゃないかもしれない。

ただ、アナフィラキシーで、デジャブが連発し、直後に起こる出来事の予知もできるようになったことは、なんとも不思議な点だ。
もしかして、UFOにアブダクションされたか?まさかだが(笑)

現場の写真

デジャブが連発した日の現場写真。(2025年12月撮影)
後日、現場を訪れてみる。その後も同じ場所で同様の筋トレをすることもあるが、後にも先にもデジャブが連発するようなことはない。

懸垂した鉄棒-デジャブが連発した公園の現場写真

懸垂をした鉄棒。
現在(2025年12月撮影時)は、新しい鉄棒になっている。私がデジャブ体験した1カ月後くらいに、古い鉄棒はフェンスで囲われ使用できなくなり、新しい鉄棒へ入れ替え工事が行われた。
入れ替え前の当時(2021年10月)の鉄棒は、写真同様の三連で、手前の鉄棒はもう少し高さがあり、大人がぶら下がれるくらいだった。

腕立て伏せをしたベンチ-デジャブが連発した公園の現場写真

懸垂後、腕立て伏せをしたベンチ。
当時のままだ。ベンチに手をついて腕立てをした。
ここで、変わったアリに喰われてもおかしくない。

スクワットしていた場所-デジャブが連発した公園の現場写真

スクワットをした場所。
丸(矢印)の場所で、樹木に向かってスクワットしていた途中に、デジャブが連発しはじめた。
もし虫刺されだとしたら、ベンチに手をついて腕立てをしているときに、アリなどに喰われたか、鉄棒で懸垂中または樹木の前でスクワットしているときに、蜂などに刺されたかだと推測している。ただ、刺されたときの痛みは全く感じなかった。そこがちょっと不思議な点だ。


追記:2025年12月26日
UFO・宇宙人アブダクションなど数多い不思議体験の経験を持つ、ある男性「とっちゃんさん」とお会いする機会があり、お会いした後、その傷を改めて見ると、傷が対になっている(二つある)ことに気づいた!(→とっちゃんさんの不思議体験談

謎の手の甲の傷
(左手の甲にある謎の傷/2025年12月26日撮影)

写真右の人差し指側の傷は、デジャブ体験時にできた謎の傷。
写真左の薬指側の傷は、まったく身に覚えがない。念のため二つの傷の感覚を計るとちょうど3.5cmだった。


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2025年12月12日、オカルト界の巨匠、山口敏太郎氏のYouTubeチャンネル「ATLASラジオ」(山口敏太郎タートルカンパニー公式チャンネル)に取り上げられ、電話出演いたしました!

『甲府星人に似た宇宙人に出会った男のインタビュー!』-「ATLASラジオ」(山口敏太郎タートルカンパニー公式チャンネル)

2025年12月12日、オカルト界の巨匠、山口敏太郎氏のYouTubeチャンネル「ATLASラジオ」(山口敏太郎タートルカンパニー公式チャンネル)に取り上げられ、私の宇宙人遭遇の話から弟のアブダクション体験談をお話しさせていただきました。ご興味ある方、ぜひご視聴いただけると嬉しいです。

『ATLAS:甲府星人に似た宇宙人に出会った男のインタビュー!』

前編(私の宇宙人遭遇体験)

後編(その他で似た宇宙人との遭遇事件や、弟のアブダクション体験)

番組の中でお話した内容:

私が見た宇宙人(1982年ごろ/茨城県水戸市):動画「前偏」
https://www.nobuyukioshima.com/2022/07/1982.html

私の双子の弟のUFO誘拐(アブダクション)体験談(1999年頃/東京都豊島区):動画「後偏」
https://www.nobuyukioshima.com/blog/20251122masa-ufo


上記インタビュー動画前に、私のメールを取り上げていただいた動画:

『ATLAS:衝撃!甲府星人が水戸にも出現していた!』


追記:

2025年12月30日、UFO宇宙人のなどのオカルト情報を発信している「Dave Fromm Channel(デイブフロムチャンネル)」さんのライブ配信動画で、山口敏太郎さんが私の体験談を少し取り上げていただきました。ありがとうございます。

『【今年最後の生配信】他にも現われた宇宙人 – スクープ、そして2025年総括 -【オカルト研究家 山口敏太郎】』

(動画の6:13あたりから)


2025年12月27日に横浜で行われた「山口敏太郎祭り」で、山口敏太郎さんと初めてお会いすることができました。ありがとうございました。

山口敏太郎さんと私(大嶋信之)-山口敏太郎祭り2025
山口敏太郎(写真右)さんと私

関連記事:
2025年12月7日、愛・宇宙博さんのYouTubeライブ配信に生電話出演しました。
2025年5月19日、デイトナインターナショナルさんのYouTube番組に出演しました。


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東京都台東区の銭湯「三筋湯(みすじゆ)」-古銭湯めぐり・昭和レトロ

仕事繋がりでもあり、銭湯仲間のINOUE氏(レトロ古銭湯フリーク)が、写真を送ってくれたので紹介したい。東京都台東区三筋にある銭湯「三筋湯(みすじゆ)」(東京都台東区三筋2丁目13−2)です。

今日は台東区にある三筋湯に行ってきました。

しばらく休業していたそうですが、10月から営業再開したとの情報を得たので早速潜入。
都内の銭湯なので勿論中は清潔で、庭には錦鯉、浴室の水槽からは金魚が見え、壁は勿論富士山の絵があります。
浴室にある岩肌からお湯が滝のように流れて来るギミックは御徒町の燕湯を思い出します。
お湯は調度良い温度で、お客さんで賑わっていました。

INOUE氏より

調べると、昭和26年(1951年)の創業、昭和感あふれる佇まいが魅力的。
宮造りの建物+富士山のペンキ絵は、私も大好き!◎

INOUE氏は、古い銭湯が好きなだけではなく、古い日本の靴も大好きで収集している古靴コレクターなのだ。革靴好き必見!同氏のインスタグラム→@japan_shoes_1870

三筋湯(みすじゆ)
東京都台東区三筋2丁目13−2


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2025年12月7日、「愛・宇宙博」さんのYouTube番組のライブ配信動画に、電話出演させていただきました。宇宙人遭遇体験談やUFO目撃談など。オカルト好き必見!

2025年12月7日、「愛・宇宙博」さんのYouTube番組のライブ配信動画に、電話出演させていただき、UFO宇宙人やその他オカルト話をお話させていただきました。ご興味ある方、ぜひご視聴いただけると嬉しいです。

出演動画(2025年12月7日):
https://www.youtube.com/watch?v=ilbrR_lJXFQ

【緊急生電話】宇宙人にアブダクションされた人の話しがヤバすぎる!

(動画9:50~2:00:25)

切り取り編集動画(2025年12月18日):
https://www.youtube.com/watch?v=uVMDczI3N68

UFOに拉致された男性の体験談!双子の弟の証言がヤバすぎる!記憶を消された可能性?数々の事件の不可思議な“共通点”とは【ホプキンスビル事件/メン・◯ン・ブラック/リト◯グリーンメン/ステ◯ッチ】

番組の中でお話した内容:

私が見た宇宙人(1982年ごろ/茨城県水戸市)
https://www.nobuyukioshima.com/2022/07/1982.html

私が見たUFO(1988年ごろ/ 東京都豊島区上空)
https://www.nobuyukioshima.com/2022/10/15-ufo.html

私の双子の弟のUFO誘拐(アブダクション)体験談(1999年頃/東京都豊島区)
https://www.nobuyukioshima.com/blog/20251122masa-ufo




関連記事:
2025年5月、デイトナインターナショナルさんのYouTube番組に出演しました。
2025年12月、山口敏太郎さんのYouTubeチャンネル「ATLASラジオ」に取り上げられ、電話出演しました!


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千葉県船橋市の銭湯「宮の湯(みやのゆ)」-古銭湯めぐり・昭和レトロ

仕事繋がりでもあり、銭湯仲間のINOUE氏(レトロ古銭湯フリーク)が、写真を送ってくれたので紹介したい。千葉県船橋市にある銭湯「宮の湯(みやのゆ)」(千葉県船橋市宮本6丁目10−20)です。

今日は船橋にある宮の湯に行ってきました。
一見するとそんなに古くは見えなそうなビル系銭湯ですが、暖簾をくぐるとまず目に入る下駄箱の(良い意味で)ボロさに”本物”を感じさせます。

浴室の壁はお馴染みの水色ですが、塗装の剥がれ具合から来る本物のエイジングと見事な銭湯絵、そして鯉のタイル絵が素敵です。
お湯はバイブラ、座湯、実宝湯の3つで、バイブラと座湯がやや熱めでした。

実は船橋は千葉屈指の銭湯激戦区でもあります。

INOUE氏より

調べると、昭和34年の創業、近くに船橋大神宮(意富比神社/おおひじんじゃ)があることから「宮の湯」という名前にしたそう。薪で沸かしたお湯で、地元で愛されている貴重な銭湯のようだ。

INOUE氏は、古い銭湯が好きなだけではなく、古い日本の靴も大好きで収集している古靴コレクターなのだ。革靴好き必見!同氏のインスタグラム→@japan_shoes_1870

宮の湯(みやのゆ)
千葉県船橋市宮本6丁目10−20


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