1992年(中学3年生・15歳の時)、入院中に見た不思議な幽霊の夢

私は、中学3年生の時、右腕を骨折して手術のために二度入院した。(一度目の手術で折れた骨をボルトで固定し、二度目の手術でボルトを抜いた。共に全身麻酔だった。)
骨折の原因は、体育館での体育の授業の後、調子に乗って友達に披露しようと、マットも敷かず助走をつけてロンダート(側転)からバック転したところ、肩から落ちてしまい、上腕骨の骨頭が見事にきれいに折れてしまった。小学6年まで体操を習っていたので、中学1年くらいまでは何なくできたのに、中学3年生になると身長も20cmは伸びていて体重も増えていたので、体のコントロールができなくなっていた。(落ちたのが肩からだったのは幸運だった。首だったら大変なことになっていた。)
母親もたまたまPTA活動で学校にいて、すぐ保健室に来た。(今考えるとこれも偶然だが。)
学校からタクシーで病院へ行くと、そのまま入院になってしまったため、数日後に控えた、楽しみにしていた京都への修学旅行が急遽行けなくなってしまった。

一度目の入院の時だった。ある朝、不思議な夢を見て起床した。
その夢は、自分が死んだ夢だった。(後から知ったのだが、自分が死ぬ夢は、夢占いでは大吉夢らしい。)
自分が、自分の体から抜け出し、下を見ると自分が入院した病室のベッドの上で死んでいる。
周囲に母親や友達が何人かいて、悲しみで泣いていた。

入院中に見た不思議な幽霊の夢
(死んだ自分を見下ろす自分と、背後から来る幽霊のおじさん。)

泣いている家族や友人に話しかけても、私の声はまったく聞こえないようだった。
焦った私は、夢の中で何度も「僕、死んでないよ!ここにいるよ!」と繰り返し叫んだ。
母親や友人の肩をいくら両手で掴もうとしても、すり抜けてしまい掴めない。
「あ、僕本当に死んじゃったんだ。」そう思って落胆した。
夢の中で、しばらく気を落として、泣きたい気持ちを抑えられなかった。
「もう、誰とも話せないんだ。」そう思い、孤独が怖くて、たまらなくなった。

その時、背後から声が聞こえた。
私とだけは話せるんだよ。」男の人の声だった。
少し嬉しくなって振り向くと、なんと三角巾を額につけた、白い着物を着た中年のおじさんだった。
足もなく浮遊していて、いわゆる俗に言う「幽霊」そのものだった。(笑)
後から考えると、わかりやすく死装束(しにしょうぞく)を着用していたところが非常に面白いというか興味深い。

そっか、僕は死んだんだから、幽霊の方とは話すことができるんだ。」そう思って少し嬉しくなった。さっきまでの孤独の恐怖は和らいで、話し相手がいることに安堵した。

その時、夢から覚めた。
目が覚め「夢でよかったー!」と心から思い、嬉しくなった。
それにしても不思議な夢だったと思った私は、仲良くさせてもらっていた同じ病室で隣のベッドのGさんという年配の男性にさっき見た夢の話を始めた。
病院は朝食前だった。起床したばかりのGさんは興味深く私の話を聞いてくれた。
その時だった。

急に病棟全体が慌ただしくなった。
私の病室(4人部屋)含め、他の病室の患者さんも「何だなんだ?」となった。
私が入院していた病院は、大きな都立病院で、ワンフロアがまるまる整形外科の入院病棟だった。

複数の看護婦さんが大慌てで廊下を行き来し、4室くらい先のある一つの病室に集合していた。
大がかりなギブスを装着していた私は身動きが難しく、Gさんが看護婦さんに聞きに行ってくれた。

どうやら、4室くらい先の一室(4人部屋)で入院していた90代のお婆さんが、朝亡くなったらしい。整形外科で亡くなる患者さんは珍しいため、対応できる先生が常駐しておらず、大騒ぎになっていたらしい。

まあ、偶然だとは思うが、こういった夢を見てすぐに、なおその話をしている最中の出来事だったので、「なんか、霊界が近づいていることを、察知してしまったな。」と自分で思った。なので、強く記憶に残っている。

以上でこの話は終わりだが、
余談があって、京都の修学旅行から帰ってきた友人が何人もお見舞いに来てくれた。
わざわざお土産を買ってきてくれた友人も何人もいた。非常に嬉しかった。
しかしだ、みんな揃いに揃って「八ツ橋」だったのだ(笑)
私のベッドに八ツ橋の箱が山積みになって、一時、八ツ橋に飽きてしまいしばらく食べられなくなったほどだ。
だけど、限られたおこずかいの中から、私のために買ってきてくれて、本当に感謝している。

あと、不思議な話がもう一つだけあって、入院中にお見舞いに来てくれた人の話。

まずは、同級生で大好きだった親友のお姉ちゃん。
私が入院した時、バイクで転倒して片足を骨折して偶然同じ病棟で入院中だった。
入院当初、腕を牽引していて身動きが取れない私の部屋に、たまに松葉杖でお見舞いに来てくれた。入院してすぐは寂しい気持ちだったので、とてもありがたかった。
これは本当にたまたまで、嬉しかった偶然の話。

次に、幼馴染みの三つ上のお兄ちゃん(仮にYちゃんとする)の話。
これは今でも不思議な話。
Yちゃんは、生まれた時から近所に住んでいて、家族ぐるみの付き合いだったのだか、数年前に引っ越してしまい、引っ越した当初はよく遊びに行っていたが、しばらく会っていなかった。
面倒見がよいYちゃんを、私は大好きだった。
入院中のある日、そのYちゃんがお見舞いに来てくれたというのだ。
私は手術の前後だったためかうろ覚えだが、Yちゃん家族の連絡先は、母しか知っておらず、私からも当然連絡していない。母も連絡していないと言うのだ。
どうやって私が入院していることを知ったのだろう。ましてや入院先の病院なんて、誰からか聞かなきゃ絶対にわからないはず。
その時の話になると、今でも母がこう言う、
Yちゃんがお見舞いに来てくれたのよ!私、何の連絡もしてないのよ。どうやって入院を知ったのか今でもわからない。不思議なことってあるのね。
それ以降、Yちゃんとは会っていないが、今何してるのだろう。会いたいな。(もしこのブログを見ていたら、Yちゃんだったらわかると思うので、よかったら連絡ください。弟のKちゃんにも会いたいです。)

あと、この記事を執筆しているときに、気づいたのだが、夢の中で会った幽霊のおじさんって、入院の約3年前に私が遭遇した自殺者だったりして、って少し頭によぎりました。
それはそれで、なんとなく腑に落ちる、ような気がする。



Nobuyuki Oshima(大嶋 信之)
プロフィール

Email
info@nobart.com

Follow me

サイトインフォメーション

ページカテゴリー
ブログ(投稿記事)カテゴリー

【不思議体験】1989年(12歳・小学6年生)の時、街中で自殺者第一発見者になる。数年後、同じ場所で霊魂(幽霊)のようなものを見る。(心霊体験)

首吊り自殺者を発見する
その場所で不思議なものを見る
現場
関連情報

首吊り自殺者を発見する

私は、1989年当時12歳(小学6年生)だった時、いつも通る学校の帰り道の途中、偶然自殺者を発見(というか遭遇)したことがある。

ある土曜日の下校中、家の近くの友人宅前まで友人と一緒に帰ってきて、友人と別れ一人になってすぐのところで、目の前に40代くらいの男性が金網のフェンスに首を吊った状態でぶら下がっていた。

1989年(12歳、小学6年生)街中で自殺者第一発見者になる

場所は、東京都豊島区西巣鴨の某所、大通りから一本入った裏路地で、車はギリギリ通ることができない道幅(2mくらい)、人通りも比較的少ない道だった。当時、私の自宅はその道から大通りに出てすぐのところにあったので、その道を通ることが多かった。(→UFOもこの道で見た。

時間はお昼頃、給食がない土曜日の帰り道だったので、よく覚えている。(当時は週休二日制ではなく、土曜は午前中の4時間授業のみで給食なしだった。)
私は土曜のみ体操教室に習っていて、土曜日は毎週、帰宅し昼食を食べたら、すぐに体操教室に向かうのだった。

男性の容姿は、頭はアフロヘア、つなぎの作業着を着ていた。
首には、針金のようなグレー色のバンドのような何かで、金網に結んであった。
フェンスの向こうは、当時、某大手自動車メーカーの整備工場(兼販売店)があったので、そこの作業員だろうなと思った。

私は、Uターンをして、先ほど別れた友人の家に行き、友人の母親に報告した。友人の父親は公務員をされていて、土曜日の昼間は不在だった。(公務員も当時は週休二日制ではなかった。)
そして友人と母親と三人で、現場へ向かった。
友人の母親は、首を吊った男性が見えてくると、非常にビックリしたらしく、「キャ!」と声を上げ、立ち止まってしまい、気持ち悪がって近づけなかった。(それは当然だろう)
ちょうどその路地手前で、建築中だった小規模なマンションがあったため、そこの建築作業員を呼びにいくことにした。(ちなみに、記憶では私が5年生か6年生の頃の出来事だった気がしていたが、本記事を執筆するにあたり、そのマンションの築年月を確認したところ、6年生の時だったと確定することができた。)

建築現場の若い男性作業員一人に伝えると、その作業員が一緒に確認に付き添ってくれることになった。男性作業員は、首を吊った男性に近づき、片足を握って揺さぶった。
何の反応もないことを確認し、「こりゃ、死んでますねー」と言った。

友人の母親とその男性作業員が警察へ通報すると言うので、私は一旦帰宅することになった。
自宅で昼食をとり、体操教室へ向かう際に、再度同じ道を通ると、すでに警察や救急車が到着し、友人の母親が数名の警察官と話していた。見物者も何人もいた。

私は、それらを横目に体操教室へ向かった。
「あとは、友人の母親に任せよう。」そう思った。

その後、日常に戻り、その道は毎日のように通るので、そんな事件があったことなど忘れていた。

その場所で不思議なもの(幽霊・霊魂のようなもの)を見る

事件から3年過ぎた15歳(中学3年生)の頃、学校の友人2人と双子の弟と私の4人でその道を歩いていた。
私は、3人の後ろを下を向いて歩いていた。学校が終わって、4人で遊びに向かうところだったと思う。時間はお昼くらいだったと記憶している。なので、この日も土曜日だったかもしれない。その時は自宅側(大通り側)から、自殺者発見時とは逆方向から歩いていた。

1992年に見た幽霊のような霧(心霊現象)

すると、マンホールなどない場所なのに、道(地面)から湯気のような霧が上がってくるのが見えた。「なんだ?」と思った瞬間、その湯気はたちまち大きな塊になり雲のような感じで上(空の方)へ上昇していく。すぐさま弟に「なんか白い霧のような雲のようなものが地面から沸き出てきて、空へ登っていくんだけど!」と報告した。
振り返った弟が叫んだ「おい!そこ、自殺があった場所じゃねーか!
私は驚き、立ち止まりふと横を見ると、自殺のあった場所の真ん前だった。友人二人もびっくりし、弟とダッシュで逃げ出してしまった。
私も後を追うように走ってその場を去った。

後から友人たちに聞くと、友人二人と弟は、その雲のような物体は見えなかったとのこと。私だけ見えたようだった。

以上だが、今考えても不思議な出来事だった。
まず、白昼にそのような自殺の仕方をして、私が発見するまで、誰もその道を通行する者がいなかったこと。
そうは言っても、都会の裏路地、少ないながら人は通る。ということは、自殺してからさほど時間は経っていないことが予想される。おそらく、その整備工場で働いている従業員だとしたら、昼休みに自殺したのであろう。そうなると、私が発見した時点では、まだ息していた可能性さえ考えられる。
後になって(20年後くらい)、この出来事を茨城県でお寺の住職を務める親戚(従兄)に話すと、「おそらく、ちゃんと成仏できておらず、一番最初に発見したあなたの前に現れたのだろう。次にその場所を通るときがあれば、安心して成仏されるよう、心に唱え手を合わせるとよい。」と話してくれた。その後、その場所を訪れ、従兄が教えてくれた通り、手を合わせた。

現場

2025年4月、ブログ記事にするにあたり、改めて現場を訪れてみた。
裏路地といえどマンションや住宅が立ち並ぶため、モザイクをかけておきます。

1988年ごろ首吊り自殺があった場所(東京都豊島区西巣鴨某所)
現場写真

首吊り自殺に遭遇した現場。新しくはなっているが金網のフェンスはまだ残っている。
フェンスの向こうにかつてあった自動車整備工場(店舗)はなくなり、今はマンションが建っている。

1988年ごろ首吊り自殺があった場所で1991年ごろ幽霊を見た場所(東京都豊島区西巣鴨某所)
幽霊のようなものを見た場所

地面から雲のような霧が湧き出て見えた現場。
首吊り自殺のあった場所(フェンス)の真ん前。マンホールや排水溝などは存在しない。
写真右側(フェンスの反対側)は住宅の塀になっている。

現場を後にするとき、しっかり成仏されたことを祈って、改めて手を合わせた。

関連情報

この事件の3年後の中学3年生の時、骨折で入院中に不思議な夢を見た。
もしかしたら、夢に出てきたのはこの自殺者だったのではないかと、今になって少し思った。(→1992年、中学3年生・15歳の時入院中に見た不思議な幽霊の夢

以前、ラジオ番組「おはよう寺ちゃん presents 異次元電波クラブ 4~あなたを異世界に誘うラジオ~」(文化放送)内で、霊感のあるスピリチュアル芸人 小出真保(こいでまほ)氏が、「幽霊はモヤのようなもの」と発言しているのを聞いて心から納得してしまった。



Nobuyuki Oshima(大嶋 信之)
プロフィール

Email
info@nobart.com

Follow me

サイトインフォメーション

ページカテゴリー
ブログ(投稿記事)カテゴリー

【夢に出てきた話】怪談『山小屋のお婆さん』を執筆しました。

2020年10月23日の朝、小学生ごろに友達から聞いた怖い話が、夢に出てきた。
話自体うろ覚えであったので、改めて思い出して加筆し再構成して作り直した。
題名は『山小屋のお婆さん』とした。

怪談『山小屋のお婆さん』-2020年大嶋信之(Nobuyuki Oshima)著
『山小屋のお婆さん』

1000文字程度なので、2~3分で読み切れる内容ですので、よろしければ読んでみてください。わかると少しゾッとするお話です。
『山小屋のお婆さん』



Nobuyuki Oshima(大嶋 信之)
プロフィール

Email
info@nobart.com

Follow me

サイトインフォメーション

ページカテゴリー
ブログ(投稿記事)カテゴリー