お稲荷様(お稲荷さん)・稲荷神(いなりのかみ)は宇宙人?

お稲荷様(お稲荷さん)

私は最近、宇宙人とお稲荷様には、深い関係があるのではないかと思ってきた。
そのきっかけについてお話ししたい。

はじめに
 ・お稲荷様(お稲荷さん)とは
お稲荷様と宇宙人の関係
 ・ぶっち・ぎりお氏の動画
 ・「広大な宇宙ラジオ」さんの動画
 ・私の遭遇した宇宙人と類似事件との共通点
私のエピソード
 ・18歳から5年間務めた会社
 ・銭湯「稲荷湯(いなりゆ)」
 ・きつね塚通り商店街
 ・公園でのUFO撮影
 ・その他のエピソード
お稲荷さんにまつわる動画
その他の関連情報
まとめ

(文/大嶋 信之)


はじめに

お稲荷様(お稲荷さん)とは?

お稲荷様(お稲荷さん)とは、稲荷神(いなりのかみ)を指し、五穀豊穣や商売繁盛、家内安全など生活全般を守る神様。本来は穀物(稲)の神様だが、その使いとされる狐(キツネ)が、神使(しんし)として広く信仰されている。稲荷神社の数は、全国に約3万社以上とされ、日本で最も多い神社のひとつ。総本宮(そうほんぐう)は京都の伏見稲荷大社。


お稲荷様と宇宙人の関係

ぶっち・ぎりお氏の動画

私が、お稲荷様と宇宙人の関係について考察したいと考えるようになったきっかけは、私が以前出演したYouTube番組のチャンネル「デイトナインターナショナル公式」に、先日出演されていた、京都のカフェ店主で作家のぶっち・ぎりお氏の以下の動画を観たことだ。

ぶっち氏は、この動画の前に自身が体験したUFO宇宙人体験を語った動画も配信されている。(→ぶっちぎりお氏の動画2

【霊能者】「見えないものが視える人」が本気で薦める「伏見稲荷大社の謎の力」

本動画の中でぶっち氏は、以前見たUFOはお稲荷さん(が姿を現したもの)だった、とか、若いころから自身が経験した不思議体験のほとんどが、今になってお稲荷さんの仕業だったことが分かったと語っている。
私も若いころから、お稲荷様に何かとご縁を感じていたので、共感する部分が多かった。
また、ぶっち氏の経営するカフェは、なんと全国の稲荷神社の総本宮である伏見稲荷大社の表参道前!ということから信憑性を感じざる得ない。また、ぶっち氏は自身の不思議体験を綴った本(書籍)「伊奈利CAFE物語: 神様と白狐と前世の記憶」を出版している。非常に興味深い内容だ。

「広大な宇宙ラジオ」さんの動画

次に見た動画で、私の気持ちは確信に近いものに変わった。
私が以前電話出演したYouTube番組のチャンネル「愛宇宙博」さんに、以前出演されていた、広大な宇宙ラジオさんの以下の動画だ。

緊急生電話!未だ誰も知らない「稲荷」の正体がヤバすぎた…【広大な宇宙ラジオさん】

動画内で、広大な宇宙ラジオさんは「稲荷はキツネじゃなく宇宙人、というか地底人」と語っている。古くから人類に関わっているのだそう。

この二つの動画を観て、私は自身の体験も含め、なるほどと納得してしまう部分が多かった。
そして、極めつけは以下だ。

私の遭遇した宇宙人と類似事件との共通点

まず、私が1982年に遭遇した宇宙人はこちら

私が1982年ごろに茨城県水戸市(姫子)で遭遇した宇宙人の絵画-Nobuyuki Oshima(大嶋信之)
(イラストは2025年5月YouTube出演にあたり、改めて描き直したもの。)

身長は120cmくらいと低く、頭が大きく、目も大きい、特徴的なのは耳で、大きく上に尖っていた。手足は異様に細かった。(詳細:私が見た宇宙人

埼玉県毛呂山町で起きたUFO誘拐事件(1981年)の宇宙人

先日(2025年12月12日)、山口敏太郎のATLASラジオに電話出演した流れで、山口敏太郎祭り(2025年12月27日)に参加した際、会場で知り合った怪談師のレムリアmanaさんから「大嶋さんの宇宙人によく似ているから観てみて!」と教えてもらった動画。

動画:「埼玉県でUFOに拉致され催眠術で記憶回復」(日本テレビ/1981年11月深夜放映)
前編
本編

この事件は、1981年埼玉県毛呂山町で畑仕事をしていた男性が、UFOを至近距離で目撃した事件。
UFOを目撃した男性に退行催眠をかけたところ、UFOに攫われていたことが判明し、目撃した宇宙人を思い出すといった内容の番組。
私の遭遇体験(1982年)と年代が非常に近く(1981年)、宇宙人の容姿も背が小さく、耳が大きいというところなどが似ているだけでなく、本人もUFOを見て眠くなって寝てしまったというところも似ていたことに驚いた。
しかし、この宇宙人は、犬っぽいというかキツネっぽいのだ。
宇宙人の容姿は、身長70cmくらい、二足歩行、手の指が二本、大きな耳(犬のように尖っている)、大きな目、鼻はなし、毛は生えていない、骸骨のよう、何かナイロンのようなウェットスーツを着ていた。

埼玉県起きたUFO誘拐事件(1981年)の宇宙人のイラスト
(退行催眠によって描かれた宇宙人の姿/画像は本編動画より)

UFO遭遇者が、退行催眠によってUFOに誘拐(アブダクション)されたことを思い出し、描いた宇宙人の姿。当事者は、退行催眠中「殺される!」と恐怖心をにじませていた。

琵琶湖大橋で起きたUFO誘拐事件(1977年)の宇宙人

次の動画は、琵琶湖大橋で起きたUFO遭遇事件。
1977年1月3日、4人のスタントマンたちが、車で琵琶湖大橋を渡ろうとしたときに、UFOに遭遇。スタッフ全員に記憶に空白があることから、当事者の一人に退行催眠をかけて当時の記憶を呼び戻す内容の番組となっている。

動画:「11PM 矢追純一UFO取材 琵琶湖でUFOに拉致催眠術で記憶呼び戻す」(日本テレビ/1983年11月 深夜放映)
前編
後編

後編動画では、退行催眠によって宇宙人の容姿が思い出される。
身長120cmくらい、頭は大きく、大きな目(目の玉がない)、耳が大きく尖っているところが、私の見た宇宙人に似ている。指が二本というところが、毛呂山町の事件と似ている。

琵琶湖で起きたUFO誘拐事件(1977年)の宇宙人のイラスト
(画像は後編動画の34:15あたりから)
琵琶湖で起きたUFO誘拐事件(1977年)の宇宙人のイラスト2

退行催眠にかかった遭遇者が、宇宙人の姿を思い出しながら描いているとき、「口元がモコッとしている」と何度か言っているところが、非常に興味深かった。
犬っぽいというか、キツネっぽいというか、お稲荷様そのものだと思ってしまった。

しかも琵琶湖大橋は、全国の稲荷神社の総本宮、伏見稲荷大社のすぐ近くだ。また、冒頭のぶっちぎりお氏の不思議体験も伏見稲荷大社(お稲荷様)と大きく関わっている。これらは関連があると感じざる得ない。今後もリサーチを続けたい。


私のエピソード

私とお稲荷様との不思議なご縁や、その他のエピソードを紹介したい。
私は、豊島区西巣鴨で生まれ育ち、のち北大塚へ引っ越し、現在は板橋区に住んでいる。
たが、1997年(19歳の時)初めて就職した北区滝野川6丁目に不思議なご縁を感じていた。そこに、お稲荷様が関係していると今になって気づいたのだ。

19歳から5年間務めた会社(1997~2002年)

私は、高校時代どっぷりサーフィンにハマってしまい、高校卒業後サーフィンとバイトといった生活を約1年間過ごした。後半には、千葉県九十九里沿いのホテルに短期だが住み込みバイトをし、そのバイト代を元手に運転免許を静岡県御前崎市の合宿で取得した。両方ともサーフボードを持参して、バイトの合間にサーフィン、免許の講習の合間にサーフィンといった具合だった。
(サーフィン関連記事:【不思議体験】17歳のとき阿字ヶ浦へサーフィンに行った時に親子の何かを感じた日私が描いたサーフィンや海の絵画

そして東京に戻り、地元のある会社に就職した。
当時、私はサーフショップで働きたいと思っていたところ、家からほど近い場所(北区滝野川6丁目)にスケボー(スケートボード)を飾ってる会社を発見。入り口に「バイト募集」と貼り紙してあったので、飛び込んだ。

その会社は、サーフィンやスケボーショップではなく、ジェットスキー(水上バイク)のパーツをアメリカから輸入して全国のジェットショップに卸している小さな商社だった。
「仕入れ元のアメリカ(サンディエゴ)へ年1回は行くよ。」と社長。サーファーの私は「(サーフィンの本場の)西海岸に年1回行けるなら面白そう。」と思い、すぐに「ここで働きたい。」となった。バイト期間1カ月を経て正社員として雇用された。

そして、5年間のあいだで4回、ロサンゼルス~サンディエゴ(カリフォルニア州)、ジェットスキーの年一の世界戦を行うレイクハバス(アリゾナ州)に行くことができた。サーフィン好きの私のために社長の計らいで、道中にカリフォルニア州「オーシャンサイド」というサーファーにとっては魅力的な町に寄ってレンタルボードでサーフィンさせてくれたり、「ハンティントンビーチ」という世界サーフィン大会のメッカの海岸に観光で立ち寄ってくれたりもした。社長には感謝でしかない。
レイクハバス(アリゾナ州)への道は、拠点のサンディエゴ(カリフォルニア州)から砂漠の中を車でひたすら走っていくのだが、ついでに観光がてらラスベガス(ネバダ州)に一泊したり、フェニックス(アリゾナ州)で一泊してグランドキャニオン(アリゾナ州)を観光したりした。今考えると、UFOで有名な「エリア51」のあるネバダ州や、「フェニックスの光」でも有名な町にも立ち寄った貴重な体験であった。そういえば、一度だけ夜中の3時に不思議な飛行体を見たこともあった。(当時サンディエゴの会社社長には報告した。)

そんな会社のあった場所のすぐ近くに「きつね塚通り商店街」という商店街があった。偶然にもそのきつね塚通り商店街内に親戚の営むお煎餅屋さんもあった。当時は、そこまで気にも留めていなかったが、今になってその場所周辺が、自分にとってなぜか縁があることに気づいた。

銭湯「稲荷湯(いなりゆ)」

きつね塚通り商店街のある地区内(同じ滝野川6丁目)にある銭湯。国の登録有形文化財(建造物)に指定されている。

以前の会社を辞め、月日は20年近く経過したある日、その会社近くに住む叔父と話していたところ、銭湯好きの私に「あそこの稲荷湯さん(きつね塚商店街と同じ地区にある)に一度行ってみるといいよ。」と勧められた。私が「古い銭湯で、熱いお湯が好き。」と言ったからだ。「お湯はすごく熱いよ。」と叔父。私は、今住んでいる板橋区内の銭湯はほぼモーラしていたが、稲荷湯は以前から知っていたものの一度も行ったことがなかった。
後日、さっそく稲荷湯へ。叔父の言う通り、稲荷湯は古い宮造りの建物のままで情緒があり、お湯(数ある浴槽のうち「熱湯」)は私の銭湯の中で一番熱く、今でも私のお気に入りの銭湯の一つなのだが、ここで私にとっては驚きの偶然が起こる。しかも、初めて行った日から!

以前勤めていた会社の社長との再会

初めて稲荷湯へ行った日のこと。
脱衣所で服を脱ぎ、浴室のカランの前に座り、浴槽に目をやると、なんと、5年務めた以前の会社の社長がお湯に浸かっているではないか!
会社を辞めて、はじめのうちは何回か会う機会はあったものの、10年以上は会っていないかった。「なんて偶然なんだ!」私はそう思い、社長に話しかけた。
そこで、久しぶりに会話を交わし、その後、一緒に飲みに行ったりして、今もゆるく交流を再開できたのである。当時の取引先のサンディエゴの社長とも帰国のタイミングに合わせ再会することができた。
そうだ、社長も昔から銭湯好きって言ってたのを思い出した。

友人Tとの再会

稲荷湯には、建物の脇の裏に”長屋(ながや)”という、昔の従業員を寝泊りさせていた部屋があり、そこを改装した古民家カフェのようなお店(スペース)があった。私が稲荷湯に行きだした当初、そのお店が完成してすぐだったこともあり、物珍しげに、お風呂上りにそこで一杯飲むのがルーティンになっていた。そのお店はイベントなどに貸し出ししたりしている。
そんなある日、いつも通り稲荷湯に行くと、入り口前に古くからの友人Tがいるではないか!10代後半~20代前半まで、一緒にサーフィンに行ったり、飲みに行ったり頻繁に遊んでいた仲の良い友人だった。お互い結婚して10数年会っていなかった。誰かと携帯で話しているところだったのが、その電話相手も同様の古い友人Hだった!その友人Hは、当時稲荷湯近く(実家)に住んでいたため、私が近くの会社で勤めていたころは、しょっちゅう会って、きつね塚通り商店街にあった中華屋や焼き鳥屋で頻繁に飲んだり遊んだりした。(関連記事:友人Hとの不思議体験「服同士のあいさつ」
友人Tは、稲荷湯にお風呂に入りに来ていたわけでなく、稲荷寿司の専門店をやっていて、たまたま長屋のお店をポップアップストアとして週一で間借りしていたところだった。
「稲荷湯で、お稲荷さん?」なんというご縁なんだと、思ってしまった。のち友人Tは、2025年11日11日、この稲荷湯近く(滝野川6丁目)にお稲荷専門店の実店舗を構えた。(→お稲荷さん専門店「かようびのおいなりさん」
このようなことがあって、私はこのきつね塚通り商店街周辺(滝野川6丁目)に何かと縁を感じざる得ないと感じるようになった。

2025年11月11日オープンした、お稲荷さん専門店「かようびのおいなりさん」
(2025年11月11日にオープンした、お稲荷さん専門店「かようびのおいなりさん」

きつね塚通り商店街

きつね塚通り商店街(北区滝野川6丁目)
きつね塚通り商店街(北区滝野川6丁目)

どこにでもあるような、地元の小さな商店街。
しかし、この名前、”きつね”が気になり調べてみると、やはり稲荷社が関係していた!
しかも二つ!
この商店街を抜けたところに、二つの稲荷社があることがわかった。
一つ目は「重吉稲荷神社(しげよしいなりじんじゃ)」、二つ目は「伏見稲荷大明神(ふしみいなりだいみょうじん)」、どうやらこの二つは、この土地の古い資料からすると夫婦塚らしい。(ご参考:古墳なう>東京都北区「狸塚(重吉稲荷神社)」

重吉稲荷神社(東京都北区滝野川6丁目76−1)
重吉稲荷神社(東京都北区滝野川6丁目76−1)
伏見稲荷大明神(東京都北区滝野川5丁目39)
伏見稲荷大明神(東京都北区滝野川5丁目39)

「重吉稲荷神社」は、もともと狸(タヌキ)塚があった場所に建てられ、「伏見稲荷大明神」にはもともと狐(キツネ)塚があった場所なのだそう。
ちなみに、きつね塚通り商店街の名前の由来は「伏見稲荷大明神」の方らしい。
今まで私は、その二つの稲荷社の存在自体も知らず、お参りしたこともなかったが、最近になって、その周辺に行くことがあれば参拝するようにしている。
それにしても、狐(キツネ)も狸(タヌキ)も、人を化かす動物の代表格なところが興味深い。

昨年(2025年)、たまたま高校の後輩Sが、きつね塚通り商店街内に飲み処(日本酒Bar)を出店した。(→日本酒バル「S16(シズクイロ)」)もともと、私の住まい(板橋区)の近くにお店があったが移転したかたちだ。

(日本酒バル「S16(シズクイロ)」)

ある日、稲荷湯の後にそのBarに立ち寄った日、偶然その近く(同じくきつね塚通り商店街内)にあるフランスのアート店「MAISON PETIT RENARD(メゾン プティ ルナール)」に高校同級生でクラスメイトTが仕事で来ていたことが判明。私も絵を描くので、そのお店は気になっていたが、店員さんやお客さんは外国人が多いため、お店に入るのをいつも躊躇していた。だが、後日その同級生Tにそのお店とフランス人の店長を紹介してもらった。(店長は日本語ペラペラなのでご安心を。)

(フランスのアート店「MAISON PETIT RENARD」)

このお店の名前「MAISON PETIT RENARD」はフランス語で、日本語では”小さなキツネの家”という意味なのだ。まさにきつね塚(稲荷社)にあやかったいい名前!と思ってしまった。

またその後、ひょんなご縁をいただき、その同級生Tとデュエットで、カラオケYouTubeに出演することになった。(→2026年1月16日『第4回 KARA×KARA 歌うまグランプリ』に出演しました。

その他、きつね通り商店街には、かつて私の親戚の営む煎餅屋があり、以前の会社勤めの時によく行って大好きだった「仙華(せんか)」という中華料理店があり、友人Hとしょちゅう飲みに通った「たぬき」という焼き鳥屋などがあった。(今気づいたが、「たぬき」の名前の由来は狸塚だった「重吉稲荷神社」に違いない。お店はもうないが、のれん分けした分店が少し離れた場所にあるので、今度行ったら確認してみようと思う。)特に、中華料理店「仙華」は大好きすぎて、会社勤めの時は、昼飯でしょっちゅう、夕食でしょっちゅう、お世話になった。最高一日3回(昼飯、夕飯、店出たら友人Hに偶然会ってしまい飲みにまた同店に戻る)行ったこともあるほど(笑)

ちなみに、稲荷湯のマスターに銭湯名の由来を聞くと、このきつね塚通り商店街の由来の「伏見稲荷大明神」ではなく、稲荷湯の横に違う稲荷社があったことが由来なのだそう。(現在、この稲荷社は敷地建物の建て直しのため、一時的に氏神様の神社に保管されているそうです。)この地区、どんだけお稲荷様と関係しているんだと、驚いてしまう。

公園でのUFO撮影

私が最近挑戦しているUFO撮影。
今まで、「多分、写真には収まらないだろう。」と、UFOの写真を撮ろうなんて思ってもみなかったが、昨年(2025年)5月に私の動画出演をきっかけに、同年7月に甲府UFO事件の遭遇体験者の山畠克博さんとお会いしてから、山畠さんに感化されて始めた。
山畠さんは、小学生のときのUFO宇宙人遭遇から、頻繁にUFOを目撃することが多くなり、多数を写真にも収めている。なので、「よし、私も挑戦てみよう!」となった。(→私のUFO写真撮影

前の会社に勤めていた時、昼食後の一服でしょっちゅう来ていた、稲荷湯からほど近い場所(滝野川6丁目)にある小さな公園があった。最近、稲荷湯に来るがてら、その場所で空に向けて写真を撮ると、高確率で何かわからないものが映ることがあった。
他の場所でもたくさん撮っているが、このような物体が映ることはないので、カメラの仕業ではないと思っている。
その写真を紹介したい。

■最初に撮った写真(2025年6月15日)

東京都北区滝野川上空のUFO写真(2025年6月15日)

緑色がかった丸い球体の横に、無数の小さな子機のような球体が輪っかを形成しているように見える。
詳細はこちら

■次に撮った写真(2025年9月5日)

東京都北区滝野川上空のUFO写真(2025年9月5日)

2機のUFOが高速で通り過ぎたよう。
詳細はこちら

■次に撮った写真(2025年11月1日)

東京都北区滝野川上空のUFO写真(2025年11月1日)

最初(2025年6月15日)の写真にそっくり。
詳細はこちら

興味深いことに、3枚ともどれも同じ場所に出現しているのだ。
「なんか、不思議だな。」そう思っていたところで、冒頭のぶっち氏の動画を観て、ピーンときてしまった。
動画内で、ぶっち氏が「自分にしか見えていなかった、若いころ見た、ものすごい速さで街中を移動する半透明の球体は、後から”お稲荷様が一度だけ姿を現したもの”だったことがわかった。」と言っているのを聴いて、「もしかして、あの公園でしか映らないあの不思議な物体は、お稲荷様なのかもしれない。」と私も思ってしまった。
今後もリサーチを続けたい。

その他のエピソード

大塚北口商栄会(2006年)

大塚北口商栄会のきつねのマスコットキャラクター

写真は、かつて私の父の店(靴屋)があった大塚北口商栄会の、”きつね”のキャラクター。
2006年、当時父のお店で働いていた私が、もともとあったキャラクターデザインを、イラストレーターで描き起こして、季節に合わせて何個かアレンジさせていただいた。(→私の制作実績
なぜ、大塚北口商栄会のマスコットキャラクターが”きつね”なのか、不思議に思った私は当時の商栄会副会長の方に聞くと、「北大塚3丁目にある出世稲荷神社が由来」との返答をいただいた。

出世稲荷神社(東京都豊島区北大塚3丁目5)
北大塚3丁目にある「出世稲荷神社」(豊島区北大塚3丁目5)

奇遇にも、その北大塚3丁目内に今の私の実家がある。
実は、私が今住んでいる家(板橋区)の氏神様も、偶然にも稲荷神社なのだ。

氏神様のお稲荷さん
私の住まい(板橋区)の氏神様の神社のお稲荷さん

親戚Sのお父様のお稲荷信仰

私の親戚Sのお父様は、数十年前に仕事の関係から心の病で苦しんだ経験があった。家族で支え、今は何とか乗り越えたのだが、その時、心の安泰のきっかけとなったのが、なんとお稲荷さん信仰だったという。当時、心が不安定なSのお父様は、家を出て帰らなかったり、心療内科に入院したりした。
そんなある日、急にお稲荷さんを信仰するようになり、その日を境に人が変わったように落ち着きを取り戻し、今に至っているというのだ。当然、現在でもお稲荷さん信仰は続いている。
Sに何度も確認したが、新興宗教とか、何かの団体に属しているわけでもなく、単独で信仰しているという。
そのお父様はどうやって稲荷信仰に行きついたのか、何があったのか、Sが聞いても話さないという。非常に興味深いお話。


お稲荷さんにまつわる動画

その他、お稲荷さんにまつわる動画をご紹介したい。

【怖い話】伏見稲荷大社にまつわる不思議な話…失くした大切なものが…稲荷神の存在を確認【伊山亮吉】【ナナフシギ】

動画内で、怪談師の伊山亮吉氏が、お稲荷様の総本宮の伏見稲荷大社(京都)での不思議なエピソードを語っている。伊山氏は「お稲荷さんは絶対いる」と確信したという。

ぶっち ぎりお氏の動画2

【宇宙人】消えていた“UFOの記憶”が数十年後に突然よみがえった男

伏見稲荷大社の秘密。ご利益が出るお稲荷様の参拝方法!!


その他の関連情報

怪談師のレムリアmanaさんのお言葉

後日(2026年1月22日)、怪談師のレムリアmanaさんに「宇宙人とお稲荷様には、なにか深い関係があるのかもしれないので、今後調べたいと思う。」と伝えると、

お稲荷さんとの関連も、もしかしたらあるかも知れません。と言うのも、ある物理学者さんにお会いした際、神様として祀られている存在に宇宙人もいる、と話していたからです。

という、興味深い返答をいただいた。今後もリサーチを続けたい。


まとめ

日本では昔から「狐(キツネ)につままれる」とか「狐(キツネ)に化かされた」という言葉がある。キツネが人間を騙す、キツネに騙されたなどという意味だが、もしキツネがお稲荷様で、お稲荷様が宇宙人、というか地球人を昔からコントロールしている(文明の発展を仕向けている)高次元意識体であるとしたら、そのような伝承は迷信ではあるものの、あながち嘘ではなかった(本当にあった話だった)のではと思ってしまうのである。

そんなこんなで、私は「宇宙人とお稲荷様には、なにか深い関係があるのかもしれない。」と思うに至った次第だ。今後もリサーチを続けたい。


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2026年01月16日、『第4回 KARA×KARA 歌うまグランプリ』-家庭用通信カラオケ「KARA×KARA(カラカラ)」公式YouTubeチャンネルに出演しました。

八木亜希子の「KARAxKARA 歌うまGP」 第4回 おうちdeカラオケスペシャル編 新型カラオケ番組

2026年1月16日、KARA×KARA公式YouTubeチャンネルに出演させていただきました。
KARA×KARA(カラカラ)」は家庭用通信カラオケ機器で、テレビにつなげるだけでご家庭で通信カラオケが楽しめるマシンとなっています。
番組は、出張カラオケ大会形式でカラオケスターを発掘するといった内容で、司会進行は八木亜希子さん、採点指導はボイストレーナーのまついえいこさん(まついえいこ公式サイト)。
私は、高校の同級生(クラスメイト)の平柳竜樹氏(カルチャーウィーヴァー代表)と共に、猿岩石の「白い雲のように」をデュエットで歌唱しました。(動画内の9:00~14:30)

動画URL(2026年01月16日配信):
https://www.youtube.com/watch?v=1VHKctfCLlw

八木亜希子の「KARA×KARA 歌うまGP」 第4回 おうちdeカラオケスペシャル編 新型カラオケ番組

(出演部分は、動画の9:00~14:30)


まさかの宇宙人繋がり

共演した同級生の友人(平柳氏)は、以前私が遭遇した宇宙人のTシャツを購入してくれたので、色違いですがお揃いで着用して撮影に臨みました。

私(大嶋信之)と友人の平柳竜樹氏、ボイストレーナーのまついえいこさん
私(写真左)と共演した友人の平柳竜樹氏(写真中央)、ボイストレーナーのまついえいこ氏(写真右)

今回採点とご指導をいただいた、ボイストレーナーのまついえいこさんは、実は以前に甲府UFO宇宙人に関する番組の音楽を担当し、出演もされたという!まさかの宇宙人繋がりでビックリしてしまった。しかも、甲府UFO事件や私が遭遇した宇宙人と同じ”牙型宇宙人”を追った内容だという!!
まついさんが担当した番組(DVD)→宮内洋探検隊の超常現象シリーズ「甲府盆地にUFOの基地があった」

宮内洋探検隊の超常現象シリーズ「甲府盆地にUFOの基地があった」DVD
(DVD「宮内洋探検隊の超常現象シリーズ 甲府盆地にUFOの基地があった」)

関連動画:YouTube番組「KARA×KARA 歌うまグランプリ 第1回 川崎編」に友人が出演しました。


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ある男性T(とっちゃん)さんの不思議体験談(心霊現象/UFO宇宙人アブダクション/シャドーマン)

ある男性T(とっちゃん)さんの不思議体験談

今月(2025年12月)の12日、私の宇宙人遭遇体験談で、オカルト界巨匠の山口敏太郎さんのYouTube番組「ATLASラジオ」に私が電話出演したのを聴いてくださり、ある男性Tさん(以下「とっちゃんさん」とする)から連絡をいただいた。

とっちゃんさんは、過去に二度ほど同じATLASラジオに電話出演しており、私の動画を観て共感いただき、連絡をくれたのであった。
連絡を取り合うと、偶然にも私の住まいの最寄り駅近くに1年前に越してきたと言うので、先日(2025年12月20日)、近くの喫茶店で会って話すことになった。

とっちゃんさんの不思議体験談のメモ書き
とっちゃんさんの話を聞いて取ったメモの一部

とっちゃんさんは、年齢は私より6歳上の1971年生まれの54歳、静岡県出身、理系の大学を出て、理系(科学技術系)のお仕事に就いてらっしゃって、とても真面目な印象の方だった。兄弟は、下に妹が二人いる。

胎内記憶(0~1歳)
寝ている間だけの別世界(0~4歳くらい)
UFOとの出会い(12歳、中学1年生、1983年ごろ)
宇宙人との交信と人体実験(13~15歳、中学1~3年生、1984~1986年)
 ・宇宙人による人体実験
 ・宇宙人との交信
宇宙人との別れ(15歳、中学3年生のおわり頃、1986年)
宇宙人からのメッセージとその後
シャドーマンと遭遇(18歳、高校3年生)
その他の話
 ・1歳の時の指輪飲み込み事件
 ・9歳(小学3年生)頃の不思議な声
 ・小学生の時の不思議な音
 ・大学教授から聞いた不思議な話
 ・地震予知
とっちゃんさんの出演動画
まとめ
番外

(イラスト・文/大嶋 信之)


胎内記憶(0~1歳)

「胎内記憶(0~1歳)」とっちゃんさんの話のメモ書き

とっちゃんさんの不思議体験の中で、特徴的な体験のひとつが胎内記憶だ。
動画でもお話しされているが、胎内記憶というよりは、生まれる前の世界の鮮明な記憶があると言う。

その記憶があるのに気がついたのは、なんと0~1歳の時というから驚いてしまう。
普通、その時期の記憶がある人は少ないと思う。
とっちゃんさんは、自分が生まれた病院に、出生後何度か連れていかれるうち、病院の壁にその病院の航空写真が飾ってあるのを見つけた。

その瞬間だった!
この空から見た病院の光景、見たことあるぞ。」と不思議な感覚に陥った。
なぜ見たことあるのか、記憶をたどると、芋づる式に、その光景を見るに至った記憶が蘇ってきたという。これが実に興味深い。

自分がなぜ、この写真の光景を見たことがあるのか頭を巡らすと、病院を上から見下ろすに至った記憶が蘇ってきた。
そうだ、自分は、雲の上にいたんだ。

胎内記憶の雲の上の世界

とっちゃんさんは、生まれる前に、雲の上の世界にいたという。
その雲は「パーソナルスペース」と呼ばれる一人一つの小さめの雲だった。キント雲のようなものだろうか。
隣にも同様の雲があり、その上に一人の人間(自分のような存在)がいた。
その世界は、明るくて、楽しいことのみの場所だった。

その場所を仕切っているのが、二人の老人だった。
二人とも白い衣服を着ていて、白い髭を生やし、杖を持っていて、旧約聖書の預言者モーゼのような風貌であった。

ある時、その二人の老人の元へ呼ばれた。
お前は、もう行く時期だ。
そう告げられると、前世の親戚たちのような方々がいる場所に挨拶しに行き、「とうとう、呼ばれてしまいました。」とその親戚たちに告げた。この世界では、肉体という概念がないため、「会いたい」と思った瞬間に、その人に会いに行けるらしい。これも興味深く、複数の臨死体験をされた彗星ハンターの木内鶴彦氏(故人)も、ある動画で同様のことを言っていた。臨死体験中は、「会いたい」と思った瞬間にその人の元へ移動できたという。

次に、老人の元へ再び戻ると、呼ばれた者たちで長い列ができていた。
みな、残念そうな暗い顔をしていたという。

モーゼのような風貌の老人二人の様子-胎内記憶の雲の上の世界

とうとう、自分の番がきた。
二人の老人は、それぞれ分厚い本を持っていて、バン!っと同時にページを開いた。
開いたページには、人の情報が書き込まれていて、
お前は、この人と、この人の間に生まれる子供だ!
と命令されたという。

すると、黒い門の前に移動し、門の扉が少しづつ開いた。
その門が完全に開くと、自分はその門を出て、雲から降りるように降下していった。

雲の上の世界から地球に落ちていく様子-胎内記憶

1週間くらい長い時間をかけて降りていくと、小さな地球が見えてきた。
地球がだんだん大きくなり、陸地も見えてきた。
そうして自分の生まれた病院が見えてくる。
ここだ!(航空写真は)この記憶だ!
そして、病院の中に降りて、間もなくして母親から生まれたという。

病院の壁になにげなく飾られた、病院の航空写真。
その写真を見た0~1歳のとちゃんさんが、このような体験の記憶を蘇らせるなんて、なんとも不思議で仕方がない。
ただ、先日友人Mの不思議体験談を聞いていて、共通点だなと思ったのが、不思議体験をされる方は、幼少期の記憶力がすごい点だ。Mもそうだったし、私も多少だが1歳ごろの不思議な記憶がある。

私は、動画であらかじめこの話を聞いていたので、以前購入した絵本「胎内記憶図鑑」(のぶみ著)の内容に似ていると感じ、とっちゃんさんに見てもらった。
この絵本は、1999年より胎内記憶について研究をしている池川明先生(池川クリニック医院長)監修で、実に6000人にのぼる胎内記憶をもった子供たちからヒアリングした内容をまとめた絵本になっている。

絵本「胎内記憶図鑑」のぶみ著
絵本「胎内記憶図鑑」のぶみ著

雲の上での生活、髭を生やした老人など、絵本の内容と似た点はいくつもあったが、とっちゃんさんが過ごした世界とは少し違ったようだった。しかし、私にとっては、雲の上での生活や、髭を生やした長老などが、興味深い共通点だと感じた。

寝ている間だけの別世界(0~4歳くらい)

「寝ている間だけの別世界(0~4歳くらい)」とっちゃんさんの話のメモ書き

鮮明な胎内記憶の話だけでも、非常に興味深い話だが、とっちゃんさんの不思議体験は終わらない。
これも動画でお話しされているが、とっちゃんさんは、0~4歳くらいまで寝ている間だけ別世界で過ごしていたという。夢というよりは、別世界。のちに「パラレルワールド(平行世界)」という言葉を知って、その言葉が一番しっくりくると思ったという。その内容もとても興味深いのだ。

とっちゃんさんは、寝ている間(あえて夢と言わないようにする。)だけ、ある工場で働いていた。別世界では自分は0~4歳の子供ではなかった。仕事が終わると、いつも帰る風呂なしアパートもあった。その世界の女性の容姿は、その時代に流行っていた容姿と同じ(服装も髪型も同じ、山本リンダのような容姿)だったので、時代は同じ感じだったという。

その工場では、人の肉(人肉)を解体し、ある特殊な方法でパッキングするといった、センセーショナルな工場だった。ただ、それが食べるためなのか、何なのか不明だったとのこと。その世界では売られていなかったし、食べたこともなかったという。
人肉の材料は、なぜかすべて女性で、工場内の大きな冷蔵庫には、たくさんの女性の体(裸体)がカチコチに凍っていた。なので、とっちゃんさんは、工場に行くたび、心配でその冷蔵庫に母親や祖母がいないか、確認していたという。

体をカットし、部位ごとに、パッキングされていく。
パッキング方法も特殊で、水の中でコンニャクのようなものでパッキングされていたという。パッキング前に、カットされた部位を、油のような細かい気泡がある液体にさらすのだという。何のためかは不明だった。
とっちゃんさんは、働きながらその工程を学んだ。流れ作業でシステム化された工場だった。初めて見る光景だった。

そんな夢というか寝ている間だけの体験する別世界を4歳ごろまで経験した。
その後、小学校5年生くらいになり、社会の授業でコンベアシステムによる流れ作業を学んだ時に、びっくりしてしまった。自分が見た光景そのものだった。「自分は授業で学ぶはるか前から、このシステムを知っている。というより、そういった工場で働いていた。」そう思ったという。

その驚きはそれで終わらなかった。その後の小学校の社会科見学で、自動車組み立て工場を訪れた時のこと。
流れ作業で組み立てられていく自動車を目の前にし、自分が別世界で働いていた工場そっくりだったことに、再びびっくりしてしまった。
内容は「人肉」と「自動車」と大きく異なるが、流れ作業で製品が出来上がっていくその様は、自分がかつて働いていた別世界の工場そのものだった!

とまあ、不思議な話なのだ。
0~4歳という幼少期に、それだけの鮮明な記憶があることに驚いてしまう。
とっちゃんさんは、後から雑誌月刊ムーで、「人食いパラレルワールド」の記事を見て、再度びっくりしたという。

UFOとの出会い(12歳、中学1年生、1983年ごろ)

「UFOとの出会い(12歳、中学1年生ころ)」とっちゃんさんの話のメモ書き

とっちゃんさんが中学生になる1983年ごろ、小学生時代にそういった不思議体験を多く体験し、自分でも説明できないし、親や友人、妹たちにも当然信じてもらえず、苦悩していた。
そんな時、テレビでUFO特番を見て、「そうか!UFOなら、科学的に説明ができるかもしれないし、心霊体験より面白そうだ。」と直感したという。

早速、本屋に行って、UFOの本を探すもなかなか見つからず(同じような書籍が2冊だけあったので購入。)、図書館へ行くも見つけることができず、古本屋に行ってようやく何冊か購入することができた。
本を読み進めると、UFOは赤オレンジ色に発光していることが多いという記述を見て、「赤オレンジ色?」と疑問がわいた。
赤オレンジとは聞き慣れない言葉だったし、一体どんな色なのか、赤とオレンジのあいだの色だなんて、なかなか想像できなかったという。

その後、UFOなどオカルト情報を発信する雑誌「月刊ムー」の発売日を知り、発売日に本屋へ行ってムーを購入した帰り道に、なんとUFOに遭遇した!

UFOに遭遇したイラスト

場所は、静岡県浜松市、時間は20時半ごろだった。
周囲は畑の田舎道、暗くなり自転車を漕いで自宅へ帰る途中に、目の前の上空にまさに赤オレンジ色をした球体が現れた。
大きさは、星よりも明らかに大きく、といっても月の大きさの5~6分の1程度の大きさだった。

光は動いておらず、一定の高さに留まっていて、自転車を降りてしばらく観察することにした。10分間くらい目の前上空にその球体は留まっていた。
曇りだして、他の星は見えなくなり、小雨が降り始めた。それでもその球体ははっきり見えた。よく見ると、赤オレンジ色している球体は、赤オレンジではなく、赤とオレンジのマーブル模様が高速で回転していた。

赤とオレンジのマーブル模様の光が高速で回転しているUFOのイラスト

その時だった。自分の背後から軽トラックが来るのが分かった。
道の端に避けようと、自転車のハンドルを持って道の端に移動するために、一瞬地面を見た。軽自動車が通過し、再び空を見上げるも、その球体はすでに消えてしまっていたとのこと。

この初めてのUFOとの出会いが、今後の3年間にわたり、とっちゃんさんは何者かとコンタクトできるようになった、ことの始まりだった。

余談:
私は、この話を聞きながら、ちょっと気になった点があったので、それをとっちゃんさんに伝えた。
それは、UFOは赤っぽくオレンジ色っぽい発光をすることは多いと以前から聞いているが、それはおそらくプラズマもしくは核融合が関係していると思われる。
1975年に発生した甲府UFO事件で、UFO宇宙人に遭遇した山畠克博氏もUFOが眩いばかりのオレンジ色の光に包まれた後消えたと言っている。核融合の代表例は太陽だが、太陽も同様の色をしている。甲府事件でもUFO着陸現場に原子炉由来の人工的な放射線物質が発見されている。
それはそれでさて置き、私が驚いたのは、とっちゃんさんがこの「赤オレンジ」に着目し興味がわいた点だ。
私は、宇宙人に遭遇したことはあるが、赤オレンジ色のUFOは見たことがない。
しかしだ、幼少期から、なぜかこの「赤オレンジ」という色が気になってしょうがなかったからだ。絵も好きでよく描くが、この赤オレンジ色の表現が難しく、いつも納得いかなかった。まさに、私もこの「赤オレンジ色」に固執しているのだ。
幼少期は、太陽がその色に一番近い(特に日没間近の太陽の色)と思い、それを見ると何かを感じる気持ちなり、その赤オレンジ色になった夕日をずっと眺めたり、その夕日や空の絵を描いて再現しようとしたりしたが、納得がいく色がなかなか表現できないでいた。大人になってタバコを吸うようになったときは、タバコの火の色がその理想色に一番近いなと思ったくらい、なぜか、この「赤オレンジ色」を追ってしまうのだ。
これは、不思議だと思った点だった。

夕日の空の写真

追記:先日(2026年1月)、千葉県某所で撮った夕日の空の写真。
私は、このような赤オレンジ色に固執するところがあり、昔からこのような夕空の絵画をいくつも描いてきた。(→私が描いたサンセットの絵画

宇宙人との交信と人体実験(13~15歳、中学1~3年生、1984~1986年)

「宇宙人との交信と人体実験(13~15歳、中学1~3年生)」とっちゃんさんの話のメモ書き

とっちゃんさんは13歳のUFO遭遇体験以降、3年間(1983~1986年)にわたり不思議な体験を経験することになる。

宇宙人による人体実験

まずは、宇宙人との交信に伴う人体実験。
それらは、主に寝ているときに起きた。

まず最初に起こるようになったことは、寝ているときに、頭を銃のようなもので打ち抜かれる感覚で目が覚めることが、頻繁に起き始めた。
おでこ(額)の中央から何かが打ち込まれ、後頭部に抜けていく感覚で、「死ぬ!!」と思ってしまうほどのインパクトがあったという。

次に、寝ているときにふと目が覚めると、手足が縛られいる感覚で身動きが取れない状態(首から上は動く)で、頭になにか電波のようなものを当てらることがしばしば起こるようになった。その電波は、3種類(3本)あって、同時に当てられたという。
その時は、息は乱れ「はあ、はあ」といった苦しい感覚だった。

身に覚えのない傷

そういったことが起こるたび、翌朝には、見知らぬ傷が、体のあちこちにできるようになった。その傷は、10年以上残った。今は、30年経っているので、かなり薄れてしまっているというが、見せていただいた。

知らない間にできた体の傷-UFOアブダクション(人体実験)か。

左腕にできた当時の傷跡。
不思議と、傷はいつも二つ同時できたという。
写真の傷のもう片方は数年前に消えてしまった。

知らない間にできた体の傷の当時の再現イメージ-UFOアブダクション(人体実験)か。

当時の再現イメージ。
必ず二つ、対に同時にできた。
その間隔を定規で計ると、必ずぴったり1.0cmだった。
どこにできた傷も同様に、決まって1.0cm間隔だったことに、とっちゃんさんは「宇宙人も、人間と同じメートル法を使用しているのか!?」と驚いたという。

知らない間にできた体の傷(手のひら)-UFOアブダクション(人体実験)か。

手のひらに、いきなり現れた切り傷。
この傷ができた時は、まったく身に覚えのないうえ、手のひらだったこともあり、大変驚いたという。

知らない間にできた体の傷(手のひら)の詳細-UFOアブダクション(人体実験)か。

今でも鮮明に傷が残っている。

知らない間にできた体の傷(右腕)-UFOアブダクション(人体実験)か。

右腕の傷。
この傷には、私は驚いてしまった!!
なんと、私も物心ついた時から、同じ場所に、同じような傷があるからだ!

知らない間にできた体の傷(私の右腕)-UFOアブダクション(人体実験)か。

私の右腕の傷。
48歳になった今は、だいぶ薄くなってしまったが、幼少期はとっちゃんさん同様、はっきりした傷だった。

知らない間にできた体の傷(私の右腕)イメージ-UFOアブダクション(人体実験)か。

私は、幼少期この傷を見て、いつできたかわからず、いつも不思議だなと思っていた。

知らない間にできた体の傷(とっちゃんさんの右腕と私の右腕に同じ傷)-UFOアブダクション(人体実験)か。
とっちゃんさんの右腕と私の右腕に同じ傷があった!

とっちゃんさんの傷と、私の傷。
右腕のほぼ同じ場所にある。

とっちゃんさんは、このような二点の傷(1.0cm幅)が、腕だけでなく、お腹など、様々な場所に出現。
その傷とは別に、白の斑点のような傷も出現しはじめたという。
それも2点の対の丸型で、片方が大きく、片方が小さく、間隔は3~4cmだった。
周りの皮膚より明らかに白く目立つため、お腹にできた時は、プールで多くの友達に「なにそれ?」とひやかされたという。
今は消えて残っていないが、両腕にも出現した。
決まって、寝ているときの不思議体験の翌朝に出現した。
当時、UFOとその乗員とコンタクトしたというビリー・マイヤーの書籍を読んで、自身の体験が似ていることに気づいたという。

宇宙人との交信

そのような、人体実験とおぼしき不思議体験と同時に、とっちゃんさんは宇宙人らしき存在から、メッセージを受信できるようになったという。
その内容は、複雑な数式だったり、曼荼羅だったり、ただの言葉だったりした。
主に寝ている最中に受信し、内容の詳細は起きると忘れてしまうことが多かった。
今考えると、ノーベル賞に匹敵するような高度で優れた数式もあったという。

受信方法は、言葉とテレパシーで、3種類あった。
一つ目は、一瞬で受け取れる方法。映像(イメージ)と言語などの情報が、一瞬で送られてくる、光のようなものだったという。
二つ目は、朗読型。言葉で朗読するように情報を伝えてくる。
三つ目は、映像。情報を映像(イメージ)として送ってくる。
とっちゃんさんは、一つ目の一瞬で受け取る方法で、主に受け取っていたという。

宇宙人から教えてもらったテレパシー送信方法-黒板をイメージする

宇宙人らしき存在は、とっちゃんさんに、情報の受信だけでなく、送信方法も教えてきた。
その方法というのが、非常に興味深い。
送信には右脳を使い、頭の中に黒板のようなボードを想像し、そこに送りたいメッセージを書いたら、そのボードの右横にある(青と紫に光る)球体に意識を集中させ、青から紫に点灯させる。その(右脳で作り上げた)イメージを、右脳から後頭部へ移動させ、後頭部から前に押し出すように集中すると、メッセージが送れるのだそうだ。

宇宙人から教えてもらったテレパシー送信方法-右脳でイメージし後頭部へ送って飛ばす

とっちゃんさんは、その方法は最初は難しかったが、慣れてくるとスムーズに行えるようになったという。うまく送信できると、後日、送信したメッセージに対する返信がくるようになった。情報を受け取るのは簡単だったが、送信する方が難しかったという。

宇宙人との別れ(15歳、中学3年生のおわり頃、1986年)

「宇宙人との別れ(15歳、中学3年生のおわり頃)」とっちゃんさんの話のメモ書き

そんな、宇宙人らしき意識体との交信が3年続いた。交信する頻度も多くなり、睡眠の障害(交信)、体にできる傷など、とっちゃんさんの負担が限界に達していた。
そんなある日、もう交信を打ち切ろうと決断し、そのメッセージ(交信を終わりにしようという旨)を送信した。

勝手に体が起きあがったら宇宙人がたっていた様子のイラスト-宇宙人遭遇体験

その数日後の夜中、寝ていると目が勝手に開き、身動きが取れないまま、上半身が勝手に起き上がり、目の前にグレイ型の宇宙人が立っていた。
暗がりの中だったが、容姿がしっかり見えた。頭は大きく、大きな目、耳や鼻や口は見当たらなかった。肌の色はグレー(灰色)で、しわなどはなかった。目には瞳があり、瞳が光っていた。その光り方は、猫やフクロウのような夜行性動物特有の反射して光っている目という感じだった。そのわずかな光で、部屋の中が少し照らされうっすら見えるくらいだった。

遭遇した宇宙人のイラスト

そのグレイ型宇宙人は、自分の足元に立っており、上半身から下は半透明だった。
頭のある位置の高さは1.0mくらいだった。

その後、宇宙人の姿が消えると、普段の部屋の暗がりに戻った。
通信手段の、いつもの黒板ボードを想像してみると、送信するための右上にある光の部分がロックされており、送信できない状態になっていた。
とっちゃんさんは、「最後の別れに、きっと姿を現したのだ。」と確信したという。

その日以降、宇宙人からの受信もなくなり、黒板ボードもロックされたままでメッセージを送信できない状態が続いた。
その後、平穏な日々を過ごすことができた。

宇宙人からのメッセージとその後

「宇宙人からのメッセージとその後」とっちゃんさんの話のメモ書き

宇宙人からのメッセージ

私が、どんな内容の交信をしたか、また宇宙人から受け取ったメッセージがあるか尋ねると、大別すると以下の三つあると言う。

・環境を大切にしなさい。
・神社やお寺には近づくな。(神社やお寺で、自分の願い事を願うことはやめなさい。)
・二酸化炭素(CO2)排出量を減らしなさい。

この三つだと言う。
私は、びっくりしてしてまった。
一つ目の「環境を大切にしなさい」と三つ目の「二酸化炭素(CO2)を減らしなさい」は、私が宇宙人から受けたメッセージと一緒だからだ。私の場合は、「自然(特に植物)を大切にしなさい。」というメッセージだった。植物をお粗末にすれば、食べ物にも困るし、二酸化炭素も増える。まさに同じ意味だ。
とっちゃんさんは、この教えを今でも守っているとのこと。今までもこれからも自動車を買うことはないという。二酸化炭素を排出するからだ。移動は電車と自転車と決めている。
二つ目の神社とお寺への参拝だが、交信当時は神社とお寺に行くのは避けていたらしいが、最近ではある一定のルールを守ったうえでたまに参拝するという。そのルールとは、「自分の願い事を願うことはしない。」というルール。他人の幸福を願うことはOKらしい。
これも興味深くて、私も誰に教わったわけではないが、幼少期からこの考えがあった。
不思議な共通点である。
また、何千件ものアブダクション経験者を調査した、コンピュータ研究者でUFO研究者のジャック・ヴァレという研究者は、宇宙人などの高度意識体のアブダクションの目的は、古い信仰システムを破壊しつつそれに代わる新しいシステムを構築することだと述べている。(参考:ウィキペディア>ジャック・ヴァレ
まさに、二つ目の「神社とお寺に近づくな。」だ。

また、宇宙人の目的は何なのか尋ねると、
宇宙人は、争いをなくすために、感情をなくしたから、それ(感情)を復活させるために、人間の喜怒哀楽を調査しに来ている。」と、とっちゃんさんは答えてくれた。
これも、強く納得してしまった。その理由は、別の機会にお話ししたいと思う。

その後

宇宙人と決別できた中学3年生以来、とっちゃんさんは宇宙人とのコンタクトはなくなった。しかし、25歳の時、たまたま矢追純一氏のUFO特番をテレビで観ていると、宇宙人にさらわれた人のアブダクション内容が紹介されていた。それを観て久しぶりに恐怖心が蘇ってきた。その翌朝、起きると昔のような傷が両腕にできているのを発見、また恐怖に陥ったという。ただ、その後は何事もなかったそう。

とっちゃんさんは、大人になった今でも、あれ(中学生の時の宇宙人体験)は何だったのだろうと興味を持ち続け、たまにだがUFOコンタクティの武良信行(むら のぶゆき)氏のUFOを呼ぶイベントなどに参加することもあるとのこと。

シャドーマンと遭遇(18歳、高校3年生)

「シャドーマンと遭遇(18歳、高校3年生)」とっちゃんさんの話のメモ書き

この話は、動画2でも詳しくお話しされているエピソード。
とっちゃんさんが、高校3年生のとき、シャドーマンに遭遇したという話。

とっちゃんさんは、高校3年の後期、指定校推薦により周囲の生徒より一足お先に、進学する大学が決まっていた。
ほとんどの生徒は、その時期は受験勉強でピリピリモード。なので、休み時間などは、指定校推薦で大学が決まっている友人だけで、別の教室で集まって話をしたりしていた。
その場所のひとつに「進路指導室」という教室があった。
とっちゃんさんは、いつものように、休み時間に進路指導室に向かった。すると、天から頭の中に「今はまだ誰もいない」と声が聞こえた。
その言葉を無視し、誰かしらいるだろうと進路指導室のドアを開けた。
その時だった!

学校の教室に現れたシャドーマン

雨が降っている日で、電気も付いていない薄暗い教室の中に、影だけの何者かがいたのである。その影は不思議で、北側の窓から外のかすかな光がさしているにも関わらず、光とは反対方向(窓の方向)に濃く伸びた人型の影だった。

学校の教室に現れたシャドーマンが驚く様子

その影だけの存在が、私が教室に入るなり、驚いた様子でのけぞり、慌てふためいて教室内に置いてあった棚に隠れてしまった。
そして次の瞬間、その影は四方八方に放射線状に散らばるような形で分散し、消え去ってしまったとのこと。

シャドーマンが消える瞬間のイラスト

なんとも不思議な光景を目にしたとっちゃんさんは、その場に立ち尽くしてしまった。

それから月日が経ち、大人になってから「シャドーマン」という言葉(怪奇現象)を知った。そうか、自分が見たのは”シャドーマン”だったのかと、その時とっちゃんさんは思ったのだそう。
その影の正体は、いったい何なのだろうか。

その他の話

1歳の時の指輪飲み込み事件

「1歳の時の指輪飲み込み事件」とっちゃんさんの話のメモ書き

大人になって、とっちゃんさんは母親にある出来事を聞かされた。
それは、とっちゃんさんが1歳の時、母親の結婚指輪を飲み込んでしまったというエピソード。それを聞いたとっちゃんさんは、母親から詳細を聞く前に、当時の自分の行動を鮮明に思い出した。
1歳くらいの自分が、タンスをよじ登り、一番上の引き出しの中に保管されている指輪を取り出そうとしている光景が、少し上の目線から見た客観的な光景で蘇ってきた。それを母親に伝えると、その通りで、1歳のとっちゃんさんが、タンスの上の段に保管してあった結婚指輪をよじ登って取り出し、飲み込んでしまった。
急いで病院へ行くと、医師に「もし、お尻から出てこなかった場合は、お腹を切って(手術で)取り出すしかないですね。」と告げられたという。
幸いにも、後日お尻から出てきたのだそう。それはそれでよかったが、1歳の乳児が、タンスをよじ登って、上の段の指輪を取り出す、しかも飲み込んでしまうなんて、とっちゃんさん自身も首をかしげるエピソードだそうだ。その鮮明な光景(客観的に自分を見た)の記憶も不思議なのだそう。
この幼児期の自分を客観視した記憶については、前回の記事「友人Mの不思議体験談」の中でも似たエピソードがある。

9歳(小学3年生)頃の不思議な声

「9歳(小学3年生)頃の不思議な声」とっちゃんさんの話のメモ書き

とっちゃんさんが小学生の頃、いつも外から聞こえる声があった。
その声には2種類あって、一つは「キャーーーー」と1分間くらい一定の音程で続く声、もう一つは「おぎゃおぎゃ おぎゃおぎゃおぎゃ」を繰り返す声。(決まって「おぎゃ」×2回のあとに「おぎゃ」×3回、の繰り返し)
とっちゃんさんは当然、両親、妹たち、周囲の家の人も聞こえているものだと思っていた。
小学3年生だったある日、とっちゃん家に、近所の友人が遊びに来て、いつもその声が聞こえる部屋で妹も含めて三人でトランプしていた。
その時、またいつもの声が聞こえた。「キャーーーー」と1分間くらい続く声。
妹と友人はびっくりし、「何この声、怖い!」と言った。とっちゃんは「いつも聞こえるけど、妹も、友人も聞いたことないの?」と聞いた。すると友人も妹も今まで一切聞いたことのないと言うのだった。
その後、友人はそのことを学校で他の友人に言いふらし、一時、とっちゃん家に肝試しに来る友人が増えたとのこと。
後に、とっちゃんはその声の録音に成功するが、そのテープは残念ながら今は紛失してしまったという。

余談だが、私も幼少期、夕方必ず犬の遠吠え(複数の犬の遠吠え)が、家の中にいたのに聞こえていたのを思い出した。私が住んでいたのは、東京都豊島区内の大通り(明治通り)沿いで、池袋駅からも程近い比較的都会に位置し、車通りも激しく騒音もうるさい場所だった。当然どこかの犬の遠吠えなんだろうなと思っていたので、家族の誰にも言っていなかった。でも、そんな都会に犬ってそんなたくさんいたのかな?と、とっちゃんさんの話を聞きながら、疑問が湧いてしまった。もしかしたら、私だけが聞こえていたのかも、と少し思ってしまった。

小学生の頃の不思議な音

とっちゃんさんの不思議体験を、いつも両親は信じていなかった。
私もそうだったので、とても共感できる。
しかし、そんな両親も不思議な気持ちになる出来事が起きた。
とっちゃんさんが小学生だったある日、5人家族全員で、2階建ての一軒家の1階で、夕食を食べている時だった。天井から「ドスン!ドスン!ドスン!」と大きな音が3回響いたのだ。当然2階には誰もいない。
2階に行って確認するも、変なことは何も起きていなかった。
屋根に何か落ちたか?と思ったが、一階まで聞こえないだろうとなった。
その時だけは、両親も「不思議なこともあるものだね。」と言ったそうだ。

大学教授から聞いた不思議な話

「大学教授の話」とっちゃんさんの話のメモ書き

私が、「理系の方って、オカルトに興味ある人、意外に多いのでは?」と興味本位で質問すると、とっちゃんさんが卒業した理系の大学の教授から聞いた、不思議な話を二つ教えてくれた。

登山中の落石の話
その大学のある教授が、登山をしていた時の不思議な話。
教授がある山で登山中、突然、落石を知らせる叫び声が聞こえた。
自分は、右へ逃げるか、左へ逃げるか、一瞬迷い「右と左、どっちに逃げたらよいか?」と天に問うた。すると「右に逃げなさい。」とどこからともなく声が聞こえた。
その通り、右に逃げたことで、助かったという話。左に逃げていたら、落石に直撃していたらしい。この不思議な話を、その教授が当時学生によく話していたという。

男子トイレの鏡に映った女性の話
その大学の学長が、男子トイレを使用していた時の不思議な話。
ある日、学長が男子トイレで用を済まし、手洗い台で手を洗っているとき、目の前の鏡を見ると、自分の背後に黒髪の長い女性が立っていた。
すぐさま、「女子トイレは隣ですよ。」と、言いながら振り返えると、女性の姿はなく、消えてしまってどこにもいなかった。
その後、学長は怖くなってしまい、校内すべての男子トイレの鏡を取り外してしまった。

心霊体験-男子トイレの鏡に映った女性のイラスト

地震予知

とっちゃんさんは、学生のころ地震予知ができるようだった。予知というか、地震の起こるタイミングで自身の身にも何かをキャッチするという現象だ。
それは、国内の地震ではなく、海外の地震が多かった。
その現象は、地震が起こるタイミングで、自身の体が揺れるという現象だった。寝ているときにも起きた。
そんな現象(自身の体が急に揺れる)が起きた後、調べると必ず同時刻に海外のどこかで地震があった。
一番すごかったのは、学校の教室で、体が揺れすぎて椅子から転げ落ちてしまったことがあった。そのあと調べてみると、同時刻でイギリスのある地方で100年振りの地震、震度1というニュースがあった(笑)。とっちゃんさんは、さすがにこれは勘弁してくれと思ったそうだ。
それから何十年か経ち、地震予知もできなくなっていた2011年3日11日、東日本大震災は残念ながら予知できなかった。

この話を聞いて、私も寝ているときに体が揺れて地震かな?と思ったことが多々あったことを思い出した。その時は「きっと(自身の)心臓の鼓動だろう。」とか、東日本大震災の後だったということもあり「きっと地震のトラウマだろう。」とかいう気持ちで、地震予知かもしれないなんて思いもしていなかったので、その現象の同時刻で起きた地震など調べることもなかった。でも似た体験だなと思った。
あと、幼少期、兄弟三人でテレビを観ていたところ、2歳上の姉が先に寝てしまって、寝ていたと思うと急に上半身を起こし、目を閉じたまま上半身を大きく左右に揺らして「地震だ!」と言ったかと思うと、またすぐに寝てしまったことを思い出した。それを間近で見た私たち双子は大笑い。姉が夢見て寝ぼけたこと言ったのだと思ったが、とっちゃんさんの話を聞いて、「あれも地震予知だったかもしれない」と少し思った(笑)

余談だが、私は天才発明家ニコラ・テスラの自伝書「秘密の告白」を何度も読み返しているのだが、その中でニコラ・テスラがある振動数の共鳴実験をしている最中に、実験所のある(滅多に地震が起きない)ニューヨークのその地で大きな揺れが発生し、止まらなくなってしまいその装置を壊して止めたというエピソードの記述を思い出した。確か、地球の振動数と共鳴させたことが原因だったと思うのが、とっちゃんさんはその逆で、地震の周波数と共鳴してしまい、自身の体が揺れてしまった可能性があるなと思い、とっちゃんさんそれをに伝えた。

とっちゃんさんの出演動画

とっちゃんさんが電話出演した動画「ATLASラジオ」は、以下2本。
以上のような不思議体験を、詳細にお話しされているので、ご興味ある方はぜひご視聴ください♪

『ATLASラジオ29:激白!宇宙人にさらわれ○○を埋め込まれた男!』
https://www.youtube.com/watch?v=B-4LmRaEjX8

『ATLASラジオ3rd 018 大学進学を考えている?シャドーマン、人間の傷を治すイルカのヒーリング』
https://www.youtube.com/watch?v=mHHsrhSnli8

まとめ

とっちゃんさんとお会いして、お話しさせていただいた率直な感想は、素直な方だなという印象だった。永遠の少年のような、純粋な疑問を大切にしていらっしゃる方だと思った。
私も、共感する部分や共通する点が多々あったことに、驚いてしまった。
とっちゃんさんと私の共通点を以下に挙げる。

・不思議体験した時期
不思議体験は幼少期が多く、大人になったらほとんどなくなった。とっちゃんさんは20歳、私は25歳くらいまででほぼなくなった。

・信じてもらえないから、話したくない
両親はそのような体験を信じてもらえず、「何を馬鹿なこと言っているの?」という反応が多かったため、誰にも言えないことが多かった。

・身に覚えのない傷がある
身に覚えのない傷が体に複数ある。特に幼少期からある右腕の傷は、二人とも同じ個所にあったのには驚いた。

・「赤オレンジ色」に固執する
UFOの色とされる、「赤オレンジ」に固執する。

・オカルト、物理科学への興味
自身の体験から、オカルト番組や書籍、物理科学に興味を持つようになった。

・テレパシー
宇宙人からテレパシーを受信した。

・宇宙人からのメッセージ
宇宙人から同じようなメッセージを受け取った。とくに自然環境については完全に共通していた。

・宇宙人体験した時期
互いに宇宙人体験をした年代が近い。私は1982年ごろ、とっちゃんさんは1983~1986年ごろ。

・メッセージを受信する
とっちゃんさんは、幼少期に親戚の死を知らせるメッセージや、どこからか自分の頭にイメージや言葉が湧いてくることがあった。私も同様で、テレビに親戚が映る話など親族のなにかを受信することが多かった。

その他、細かい部分で共感できる点が多々あった。
上記の中でも特に右腕の傷、同じ個所に傷がある方は、初めてお目にかかった。そして宇宙人から受け取ったメッセージ、これも共通点があるし興味深い。
そして年代だ。とっちゃんさんが宇宙人とコンタクトしていた3年間は1983~1986年の約3年間、私が宇宙人遭遇したのは1982年ごろなので、年代が非常に近い。(→私が遭遇した宇宙人

甲府UFO事件の山畠さんとお会いしてお話しした時もそうだったが、やはり体験者同士というのは、お互いの話の理解が早く、スムーズにわかり合えるという、なんとも言葉では表現できない心地良さを感じた。

私の宇宙人遭遇体験やテレパシーなどの幼少期の不思議体験を、興味深く聞いてくださった。特にデジャブ体験をした時の手の傷の話を関心深く聞いてくれた。
しかも、とっちゃんさんとお会いした後、その傷を改めて見ると、なんと傷が対になっている(二つある)ことに気づいたのだ!

謎の手の甲の傷
(左手の甲にある謎の傷/2025年12月26日撮影)

写真右の人差し指側の傷は、デジャブ体験時にできた謎の傷。
写真左の薬指側の傷は、まったく身に覚えがない。念のため二つの傷の感覚を計るとちょうど3.5cmだった。
(追記:後日(2025年12月27日)、とっちゃんさんに再び会う機会があったので、この傷跡を見せると「私と同じですね、片方の傷の方が大きい。しかも間隔が3.5cmというのも同じです。私も3~4cmでした。」と仰っていた。)

最後にとっちゃんさんに、質問した。
「(とっちゃんさんは)お仕事も理系(最先端技術系)でしっかりされていて、きっとこういった体験も生かされていて、うらやましい。私は今のところ生かしきれていない。なので、あえて、こんな話(なかなか信じてもらえないような不思議体験談)を外でする必要もないのでは?」と。
すると、とっちゃんさんは笑いながら、
私が経験した様々な不思議体験を、どこにも言わないまま死ぬなんて、なんかそれってどうなだろう?って思っちゃうんですよ。それくらいインパクトの大きい体験だったので。」と言った。
この言葉、私も強く共感してしまった。なかなか信じてもらえないような不思議体験談を人に話す意味があるのか、いつも自問自答するのだが、結局はいつかきっと話す意味がある日が来るんじゃないかと、根拠もなく思ってしまうからだ。
今後も、とっちゃんさんとは交流を深めていきたいと思う。

番外

今回、とっちゃんさんとお話ししたのは、ある有名チェーン店のカフェなのだが、話している最中、やや高齢の見知らぬ女性が急に私たちに話しかけてきた。とっちゃんさんがTVタックルなどに出演されていた物理学者の大槻義彦教授の話をしている時だったと思う。
「うんうん、そうね。そうね。」と話しかけてきたのだ!
思わずとっちゃんさんは「あれ?(大嶋さんの)お知り合い?」と言ってきたので、顔を見るとまったく見知らぬ女性だったので「いいえ。」と答えた。
その女性は、会話に入ってきたが、話が長くなりそうだったので、申し訳ないが軽く受け流した。しばらくすると、自分の席に戻っていった。
私は、「なにか、こういう不思議体験談をしていると、共鳴してこういうことが起こるんだよな。」と心の中で思った。
またしばらくして、その女性は帰り際また私たちの席に来て、会話に入ろうとした。再び軽く受け流し、女性は「またね。じゃ、帰ります。」と言って帰っていった。

その数日後、私はとっちゃんさんを誘って、オカルトイベント「山口敏太郎祭り」に一緒に行くことにした。
会場で、スピリチュアル鑑定士のちかみつさんがZOOM出演された際、会場の参加者から質問を受けるという場面があったので、私は挙手して「宇宙人が今後大衆の前に現れる可能性は?」と質問をしたところ、ちかみつ氏は「すでに接触しているし、なんなら人間の姿になってもう混じっている。だから、すでに現れている。」とお答えになった。
その瞬間、とっちゃんさんが私の顔を見て「こないだの、あの女性は、もしかして(宇宙人)?」と言ってきたので、私も「たしかに。」とお互い顔を見合わせた。


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1995年ごろ、友人が東京・巣鴨上空で目撃したUFOが、天空の城「ラピュタ」ならぬ、古代インドのUFO「VIMANA(ヴィマーナ)」そっくり!?

私が、宇宙人話でYouTube番組に出演したところ、古くからの友人が、自分も昔UFOを見たことがあるので聞いてほしいと話をしてくれた。それが、少し変わったUFOなので紹介したい。

東京都豊島区巣鴨に住む友人が、高校生の時(1995年頃)のある日の夕暮れ時、帰宅しようと自転車で巣鴨駅付近を走っていた。
巣鴨駅の線路の陸橋に差し掛かった時、駒込駅方面(北東)の上空を見上げると、不思議な発光体(飛行体)を目撃。

「巣鴨駅」上空、駒込駅方面(北東)の実際の写真/2025年撮影
(現場「巣鴨駅」上空で北東の駒込駅方面の空の写真/2025年撮影

友人はその場所を通るたび、そこは空が広いため、いつも空を見上げる習慣があったが、そのような飛行物体を目撃するのは初めてだったため、驚きながらその場に立ち止まり、しばらく観察することにした。

反対方向の大塚駅方面の南西の空には太陽が沈む空の写真/2025年撮影
(反対方向の大塚駅方面の南西の空には太陽が沈む/2025年撮影

駒込駅の反対方面(大塚駅方面)の南西の空は、日没の夕焼け空。

天空の城のようなUFO
(友人の話をもとに作ったイメージ写真)

駒込駅方面(北東)の空に浮かんだ不思議な物体をよく見ると、宙に浮くお城のような物体だった。
まさに、天空の城「ラピュタ」を連想するような物体で、色は白色、周囲はピンク色がかった光に包まれており、空に浮いたまま動いていなかった。
空は、夕暮れ時の太陽(日没)とは反対側の空で、暗くなりかけていた。

と、その時だった!瞬間移動したと思ったら、また瞬間移動し、ジグザグに移動しはじめた。何度かジグザグに瞬間移動した末、突如消えてしまったという。

天空の城のようなUFOの瞬間移動の様子
(瞬間移動の様子のイメージ)

その友人は、後にも先にもUFO目撃はこの1回しかなく、今でも不思議な経験だという。
今でもその場所を通ることが多いが、そのようなものを見ることもないのだそう。

とまあ、なんとも不思議な話だが、この話はこれで終わらない。
私は話を聞いた直後、お城型のUFOの話は初めて聞いたし、なんとも信じられずにいた。
しかしその後、あるYouTube番組を偶然観て、驚いてしまった。
なんと、古代インドには、VIMANA(ヴィマーナ)と呼ばれる、空飛ぶUFOの言い伝えがあり、それが友人が目撃したUFOそっくりだったのだ!

古代インド人が建造した数々の仏殿と、「VIMANA(ヴィマーナ)」
(古代インドの仏殿と「VIMANA(ヴィマーナ)」/動画より)

古代インド人が建造した数々の仏殿と、「VIMANA(ヴィマーナ)」。
動画では、これら仏殿の形状は、古代のインド人が「VIMANA(ヴィマーナ)」を模して建造したのではないかと推測している。

古代インドのUFO「VIMANA(ヴィマーナ)」
(古代インドのUFO「VIMANA(ヴィマーナ)」/動画より)

「VIMANA(ヴィマーナ)」の予想図。
古代インドに伝わる空飛ぶ飛行物体で、神々が移動のために乗っていたとされる。

参考動画:『地球外生命体が文明を伝えたというデニケンの古代宇宙飛行士説を改めて考察する』古代の宇宙人 

※「VIMANA(ヴィマーナ)」については、動画の15:30あたりから。

【感想】

普段、目撃されているUFO(未確認飛行物体)の形状は、円盤型や球体型、葉巻型が多いが、このようなお城型もあるのではないかと思った。古代インドに言い伝えられているくらいなので、古くから様々な形状のUFOが地球を訪れている可能性が大きいと感じた。

そして、ジグザグに飛行した後消えるというのも興味深く、私の妻が、若いころ千葉県上空で目撃したというUFOも、同様にジグザグ移動したあと消えたと言っている。
また、私は以前、夕方にジョギングがてら近所の比較的広めの公園に立ち寄った際、10名程度の小学生(高学年)の男子たちが大騒ぎしていたので、「どうした?」と尋ねると、「(みんなで)UFOを見た、ジグザグに瞬間移動した後、突然消えた!」と興奮気味に教えてくれたことがある。遊んでいた最中にみんなで目撃したらしく、遊びをやめてどこにUFOが消えたか、薄暗い公園じゅうを移動し、空を見ながら探し回っていた。

また、光に包まれているというのも興味深い共通点で、世間で目撃されるUFOは、オレンジやピンク、青や緑といった何色かの光を帯びていることが多い。
おそらく、プラズマなどを利用して飛行(移動)してると考えられる。

以上から、「ジグザグに移動後に消える」、「(何色かの)光に包まれている」といったことも、UFOあるあるなのだと思った。UFOはきっとプラズマを利用し瞬間移動で長距離を移動していると考えられるので、(大きな)瞬間移動の前にそのような現象(光に包まれる、小さな瞬間移動)が起きても不思議ではない。

今後もリサーチを続行したい。


関連記事→同じ友人が、今までに一度だけ見た幽霊の話をしてくれた。


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【手相占い】仏眼相(ぶつがんそう)&神秘十字線、両手離れ型、指の反り方など-手相から見るスピリチュアル

手相の源流はインドで、仏教では手は「行(ぎょう)」と呼ばれ、行いの象徴であって生き方そのものを表す鏡とされるらしい。(参考動画02より)
なので、その人の手を見れば、その人の素質や生き方、未来がわかるというのだ。私の手を見本(モデル)に見ていきたい。

仏眼相(ぶつがんそう)
 ・仏眼相とは
 ・片手に仏眼相
 ・両手に仏眼相
 ・親指以外の指に仏眼相
 ・すべての指に仏眼相
 ・私の手
 ・二重仏眼相(にじゅうぶつがんそう)とは
 ・参考動画

神秘十字線(しんぴじゅうじせん)
 ・神秘十字線とは
 ・両手離れ型

指の反り方
 ・親指と人差し指の開く角度
 ・親指の反り方
 ・参考動画

まとめ

(写真・文/大嶋 信之)


仏眼相(ぶつがんそう)

仏眼相とは

仏眼相(ぶつがんそう)

仏眼相とは、手の指の第一関節のしわが二重で目のようになっていることを言う。
二重になったしわの両側が閉じて目のようになっている様を、仏教では”仏様の開いた眼”とたとえ表し「仏眼相(ぶつがんそう)」と言われる。
仏眼相は主に親指に現れやすく、稀に他の指にも現れる方もいる。
仏眼が出ている人は、霊感があると言われる。

片手に仏眼相

片手に仏眼相

もっとも多いのが、片手の親指に仏眼が現れるケース。
手相の世界では、左手は生まれつきもっている先祖代々の素質、右手は未来を意味するので、左手にある場合と、右手にある場合とで、少し意味合いが違ってきますが、霊感があり、死後の世界に興味を持っていたり、記憶力、直観力に優れていることが特徴です。

両手に仏眼相

両手に仏眼相

両手に仏眼相がある人は、ご先祖様と強固な絆で結ばれているだけでなく、神仏の守護も相まって、不幸な目に遭いにくいと言われている。
また、霊感が非常に強く、意識と無意識の境界を見通す力もあるとさえ言われる。
また、両手をすり合わせて念じるだけで、願いを叶えることができるという特質を持っているとされる。

親指以外の指に仏眼相

親指以外の指に仏眼相

稀ですが、親指以外に仏眼相が現れるケースがあります。
その場合、現れる指によって能力が異なってきます。(詳くは、参考動画01をご覧ください。)

すべての指に仏眼相

すべての指に仏眼相

非常に稀なケースで、すべての指に仏眼相がある人がいる。
すべての指に仏眼相がある人は、霊感が強すぎるあまり、日常生活に支障をきたすほどだと言われている。

私の手

それでは、私の手を見ていきます。

仏眼相(ぶつがんそう)-左手の親指

私の左手。
親指に仏眼相がある。

仏眼相(ぶつがんそう)-右手の親指

次に右手を見てみる。
右手の親指にも仏眼相がある。
両手に仏眼相がある人は、ご先祖様との絆が強固かつ、霊感が非常に強いとされている。(→両手に仏眼相

左手の手相

左手の全体を見てみる。

左手の小指ににある仏眼相

よく見ると、私の左手の小指に仏眼相があった。
小指に仏眼相がある人は、コミュニケーション能力に優れているのだそう。
親族とも良好な関係を築き、ご先祖様を大切にする傾向が強いらしい。

右手の手相

右手全体を見てみる。

右手の薬指にも仏眼相

よく見ると、私の右手の薬指に小さいながら仏眼相があった。
薬指に仏眼相がある人は、自己利益に対する直観力が優れているそう。
仕事やトレンド、富や名声といった嗅覚に優れていて、ご先祖様の名声にあやかることで、成功をつかむ可能性が高いという。

二重仏眼相(右手)

また、親指の付け根のしわに小さな仏眼相を見つけた。
これを仏眼と言っていいのかわからないが、親指の第一関節と第二関節に仏眼が現れることを「二重仏眼相(にじゅうふつがんそう)」と言うらしい。

二重仏眼相(にじゅうぶつがんそう)とは

二重仏眼相(にじゅうぶつがんそう)

二重仏眼相とは、親指の第一関節と第二関節の両方に仏眼が現れる非常に稀な手相で、仏眼が一つの場合の倍の霊感・直観力を持つと言われている。
また、ご先祖様のご加護も強く、不幸な目に遭いにくい。
その反面、霊感が強すぎることで、霊を引き寄せてしまう可能性もあり注意が必要とのこと。

両手に仏眼相がある場合で、二重仏眼相がある場合は、より稀な大吉相とされている。

その他の指に仏眼相が出ている場合や、仏眼相についての詳細は、以下の動画がわかりやすいので、ぜひ視聴してみてください♪

参考動画01

『【手相占い】五指にあらわれる仏様、仏眼相の意味10選』


神秘十字線(しんぴじゅうじせん)

神秘十字線とは

神秘十字線(しんぴじゅうじせん)

神秘十字線とは、感情線と頭脳線の間に現れる、十字(クロス)状のしわ(十字線)のことです。
仏眼相があるだけでも、スピリチュアルな能力に優れているのですが、この神秘十字線も加わると、その能力はますます強まると言われています。(ご参考:「手相の仏眼とは? 霊感を表す仏眼の見方【手相占い】」by マイナビウーマン

この相(仏眼相+神秘十字線)を持つ人は、第六感や霊感に非常に鋭いため、占い師やセラピストなどのスピリチュアルな職業に就くと、能力をいかんなく発揮できると言われています。また、慈愛の精神があるので、人助けの仕事にも向いています。

神秘十字線(左手の手相)

私の左手。
神秘十字線のようなものが見えます。

神秘十字線(左手の手相)

十字線が、三つ並んでいました。
左手に神秘十字線がある人は、生まれつき霊感が強かったり、直観力が優れていると言われています。三つもあったら、その能力も三倍?笑

右手の手相

私の右手。
右手には、十字線は見当たりませんでした。
私は、幼少期に不思議な体験をする体質だったのですが、手相にそのことがしっかり刻まれていることに驚きました。大人になるにつれ、体験しにくくなっていますので、左手(先祖からの生まれつきの能力)と右手(現在や未来の努力の末の能力)との違いにも納得してまった。

両手離れ型(りょうてはなれがた)

ちなみに、私の手(両手)は「頭脳線」と「生命線」(「感情線」も)が離れている手相をしているが、両手がそうなっている手相を「両手離れ型(りょうてはなれがた)」と言うらしい。片手だけでも珍しい手相なのだそうだが、両手となるとかなり希少らしい。
両手離れ型の確率は、1000人に1人(0.1%)らしい。

「両手離れ型(りょうてはなれがた)」の手相

両手離れ型の手相を持つ人の特徴は、何事にも好奇心旺盛で前向き、大胆な発想力と、強い独立心、非常に強い個性を持っていて、それを武器に人生を拡大していく人に多く見られる手相とのこと。
誰かの言いなりにならず、自分の道は自分で決めていく、その人にしかできないオリジナルの人生を歩むことができるという。
運気は、腹をくくった人から開けていくと言われていますので、自身の手相を受け入れ信じ、未来を明るいものにしていきたいものです。

実は私の妻も両手離れ型で、二人の息子のうち次男も両手離れ型、長男は片手のみ離れ型だ。手相は遺伝するのかな。うちの家族4人のなかに、1000人に1人の両手離れ型が3人もいるなんて!(驚)しかも、もう1人も離れ型(片手)。


指の反り方

仏教では、手の指の反り方で、その人の素質や生き方がわかるという面白い動画を見つけました。(→参考動画02
私の手を見本(モデル)に、解説していきます。
仏教では、左手は生まれつきの「宿命(前世の因縁)」を表し、右手は未来を表します。

親指と人差し指の開く角度

人差し指と親指の開きかたが、90度未満か、90度以上かによってその人の素性が判断できる。

人差し指と親指が開く角度(左手)

私の左手は90度以上に大きく開くことができる。
90度以上開く人は、行動的で、心の中に自由と挑戦する気持ちを持っている人。
新しいことに対し恐れよりワクワクする、指の間に空間があることで、周囲の意見を吸収しやすく、縁を紡ぐ力が高いのだそうだ。

人差し指と親指が開く角度(右手)

私の右手は、90度くらいの開きだった。
開きが90度未満の人は、慎重かつ内向的で、守りの人。
堅実に歩んでいくタイプなので、失敗が少ない。
その反面、目の前に訪れたチャンスを、逃しやすい傾向があるそうだ。

親指の反り方

親指の反りかたで、その人の意志と運命の形が分かるそうだ。

親指の反り(左手)

私の左手。
親指をグイッと外に大きく反ることができる。

親指の反り(右手)

右手も同様、大きく反ることができる。

親指が大きく反るタイプの人は、社交性があり、柔軟性に富み、わりと自由に生きる方が多い。どんな環境でも順応しやすく、斬新なアイデアを生む。人と違う角度で物事を見ることができるので、自然に人が集まりやすいそうだ。

ただその反面、
動く=形を保てない
ということから、時間にルーズになったり、お金の使い方が雑になったりしがちなのだそう。

親指が反らずまっすぐな人は、意志が非常に強い傾向があるという。自分を貫くという良い部分もありつつ、人の言うことをまったく聞かない頑固な一面もあるとのこと。
ご興味ある方は、ぜひ以下の動画を視聴してみてください♪

参考動画02

『親指の反り方で分かるあなたの意思と運命について【開運 / 金運 / 手相】』


まとめ

仏教においての手相の見方は、一般的な手相占いとは異なる点が多く、興味深いものを感じた。
特に、左手(ご先祖様からの生まれつきの特性)と、右手(未来を表す)は、今まで生きてきて本当に納得させられる内容だった。
これほどまで、自分の特性が手相に出るなんて!と驚いてしまった。
また、仏眼相においては、私は、祖父の代から同じ仕事をさせていただいている関係上、常に故人(祖父と祖母)のことを考えながら仕事をしているという一面があり、毎年二度のお彼岸には父母を連れて墓参はかかさない。そのような思考と行動が、手に出ているのだろうと、感銘深いものがありました。
先にも述べましたが、運気は腹を括った人から開けていくと言われているらしいので、自身の手相を信じ、未来を明るいものにしていきたいと思いました。

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屏風スケートボードエリア(杉戸スケートパーク)-平面(フラット)、ミニランプ、アールとサーフスケートにも最適な広いスケボーパーク(スケパー)!

昨日(2025年11月15日)、埼玉県北葛飾郡杉戸町屏風にあるスケートパーク(スケボーパーク・スケパー)「屏風スケートボードエリア」を訪れました。

/屏風スケートボードエリア(杉戸スケートパーク・スケボーパーク・スケパー)

長くアールが続くエリア。
サーフスケートで斜面を楽しんだり、ミニランプとして練習したりできる。

ボウル/屏風スケートボードエリア(杉戸スケートパーク・スケボーパーク・スケパー)

奥がボウルになっている。

/屏風スケートボードエリア(杉戸スケートパーク・スケボーパーク・スケパー)

アールの外側にも、長く続くゆるめのアール面がある。
ここもサーフスケートを楽しんだり、コーピングの技(トリック)の練習にも最適。
サーファーの私には、波にしか見えませんでした(笑)

/屏風スケートボードエリア(杉戸スケートパーク・スケボーパーク・スケパー)

とても広いフラットエリア。
オーリーの練習をしたり、自由に滑ることができる。

レールや縁石/屏風スケートボードエリア(杉戸スケートパーク・スケボーパーク・スケパー)

レールや縁石も置かれているので、スライドなどの練習もできる。

ライディング動画

今回、新しいデッキテープ(蓄光クリアタイプ)の試乗で本パークを訪れました。サーフィンのイメトレのスラロームライドですが、よろしければご覧ください。

閉場時間の17時ギリギリ、薄暗くなるのを待っての撮影。
蓄光の輝度グレードは、最上級の「JDグレード」と最も明るい超高輝度タイプで長時間発光、もう少し暗くなるともっと光るのだが、時間が足りませんでした、ちょっと残念。
蓄光クリアデッキテープにご興味ある方、ぜひご連絡ください♪ サーフィン用もあります!

■アマゾンで「スケートボード」を検索する。

まとめ

とても広いスケートパークで、ゆったりスケボー(スケートボード)を楽しむことができる。どのセクションも広くばらけているので、誰の邪魔をすることもなく練習に没頭できると思う。特に、私のようにサーフィンのイメトレ(イメージトレーニング)でスケボーを楽しむような方には、とても重宝するパークだと感じました。

屏風スケートボードエリア
埼玉県北葛飾郡杉戸町屏風
開場時間:8:30~17:00(※雨天禁止)
入場無料(2025年11月現在)


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千葉県市川市「石乃湯(いしのゆ)」-銭湯めぐり・昭和レトロ

仕事繋がりでもあり、銭湯仲間のINOUE氏(レトロ古銭湯フリーク)が、写真を送ってくれたので紹介したい。千葉県市川市国分にある銭湯「石乃湯(いしのゆ)」(千葉県市川市国分2丁目2−21)です。

昨日は市川市にある石乃湯に行ってきました。
銭湯では珍しく広い駐車場があり、今でもお湯を薪で沸かしているので山積みの薪が見れます。
浴室は綺麗で広い通常の湯と狭い薬湯。
お湯は丁度良い温度でした。

INOUE氏より

調べると、2023年の映画『アンダーカレント』のロケ地にも使用された銭湯とのこと。薪で沸かした昭和を感じられる昔ながらの銭湯、いいですね。

INOUE氏は、古い銭湯が好きなだけではなく、古い日本の靴も大好きで収集している古靴コレクターなのだ。革靴好き必見!同氏のインスタグラム→@japan_shoes_1870

石乃湯(いしのゆ)
千葉県市川市国分2丁目2−21


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今日(2025年9月9日)の月「更待月(ふけまちづき)・二十日月(はつかづき)・亥中の月(いなかのつき)」

昨夜(2025年9月9日 19:00ごろ)満月に近い、オレンジに輝く大きな月が夜空にあった。

月の写真(2025年9月9日)

あまりの綺麗さに、思わずデジカメを手に取り撮影することにした。

月の写真(2025年9月9日)拡大ズーム

光学30倍のズームのカメラだったのだが、以外にも綺麗に撮れた。
調べると、前日の9月8日が満月だったらしい。満月から「下弦の月(かげんのつき)」までの間は、「更待月(ふけまちづき)」(夜が更けるころに昇ってくることから)といわれるようだ。また、陰暦二十日の事なので「二十日月(はつかづき)」とも、「亥中の月(いなかのつき)」とも言われることもあるそうだ。

月のクレーターの写真/2025年9月9日

クレーターまでしっかり写すことができた。

月の海「月海(げっかい)」の写真/2025年9月9日

月の海「月海(げっかい)」まで、しっかり映っている。
(デジカメで)こんなきれいに写すことができるなんて、今後月の撮影にハマりそうだ。月は美しいだけでなく、地球にとって色々な観点で神秘的な天体なのだ。(→月の神秘

小学生の時、父親にねだって買ってもらった天体望遠鏡で、毎晩のように月や木星を観測していた時を思い出した。月はもっと大きく観測できて、クレーターや海などより鮮明に見ることができた。まるで月の上を飛ぶ衛星に乗り込んで、月を見下ろしているような感覚に、毎日ハマっていた。木星は独特の横しま模様と4つの衛星がしっかり観測できた。(→小学生の時の天体観測


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銭湯「滝野川 稲荷湯(たきのがわ いなりゆ)」と長屋(ながや)へ。

昨日2025年9月4日(木)、仕事で近くに行く用事があり、「滝野川 稲荷湯」(東京都北区滝野川6丁目27−14)へ。(→滝野川 稲荷湯ホームページ

銭湯「滝野川 稲荷湯」(東京都北区滝野川6丁目27−14)
銭湯「滝野川 稲荷湯」(東京都北区滝野川6丁目27−14)

本銭湯は、映画『テルマエ・ロマエ』の撮影場所にも使用された、昭和の佇まいが色濃く残る老舗で、昭和5年(1930年)築(それ以前は駒込で営業されていたとのこと)。先の大戦でも焼けずに残り、国の登録有形文化財(建造物)に指定されている。

滝野川「稲荷湯」
滝野川「稲荷湯」入り口

ここは、ぬる湯、普通、あつ湯があり、あつ湯はかなり熱い。
私は熱いお湯が好きなので、あつ湯によく入っている。私が知っている銭湯の中で今のところNo1の熱さ!なので気に入っている。いつも帰宅するまで体が冷めない(笑)

富士山のペンキ絵(中島盛夫

銭湯絵師中島盛夫氏による富士山の壁画(「ナカジマ」サインの絵)
(中島盛夫氏による富士山の壁画/写真は稲荷湯店主撮影)

立派な富士山の絵。「ナカジマ」サインのペンキ絵。
日本を代表する銭湯絵師、中島盛夫氏による富士山の壁画だ。(→中島盛夫 公式ホームページ
銭湯では浴室内の撮影は禁止されているため、
壁画の写真は、稲荷湯店主様より拝借させていただきました。感謝申し上げます。

滝野川稲荷湯(ファッション誌「smart」)

雑誌のレイアウトデザインの仕事をしている私の友人(高校の同級生)が、稲荷湯で撮影された雑誌の記事(ファッション誌「smart」)の校正デザインに携わり、その後現地(稲荷湯)を訪れて撮った写真。

中庭

中庭の池に泳ぐ鯉-銭湯「滝野川 稲荷湯(たきのがわ いなりゆ)」

庭には池があり鯉が泳いでいます。湯上がりは、外へ出て湯涼みできます。

「滝野川 稲荷湯」オリジナルタオル(手ぬぐい)

「滝野川 稲荷湯」オリジナルタオル(手ぬぐい)

番台で売られていたオリジナル手ぬぐいを購入。

「滝野川 稲荷湯」オリジナルタオル(手ぬぐい)のプリント

稲荷湯の建物のプリントがされている。

東京銭湯コレクションカード

「滝野川 稲荷湯」東京銭湯コレクションカード

「滝野川 稲荷湯」東京銭湯コレクションカード。
番台で買い求めることができる。

長屋

滝野川「稲荷湯」長屋
滝野川「稲荷湯」入り口

銭湯裏(横)には、長屋を改装したこ洒落たお店がある。(→「稲荷湯長屋」インスタグラム

滝野川「稲荷湯」長屋の店内
滝野川「稲荷湯」長屋の店内

長屋店内は、当時の雰囲気を残しつつ、和洋折衷の昭和レトロで素敵な空間になっている。

滝野川「稲荷湯」長屋の店内
滝野川「稲荷湯」長屋の店内

店内の一角には、銭湯や銭湯の歴史にまつわる書籍や絵本が置かれていて、手に取って自由に読むことができる。

滝野川「稲荷湯」長屋で湯上りのビール

長屋では、ビールなどのアルコール飲料が売られていて、ここでの風呂上がりの一杯は最高だ。

滝野川「稲荷湯」長屋で湯上りの一杯


いつも風呂上りに立ち寄って、ここで一杯飲むことが多いのだが、日によってレンタルスペースとして貸出してしているようで、昨日木曜日は「かようびのおいなりさん」という王子にあるお稲荷さん専門ショップが出店していた。
本当に偶然だが、ショップオーナーは私の古くからの友人なので紹介したい。

かようびのおいなりさん-滝野川「稲荷湯」長屋
「かようびのおいなりさん」の看板

お店は、友人夫婦で営業されている。
現在は(王子、長屋での営業は休止し)、稲荷湯近くに実店舗を出店し営業中!

かようびのおいなりさん、メニュー表-滝野川「稲荷湯」長屋
「かようびのおいなりさん」のメニュー

お稲荷さんと言えど、メニューが豊富で、どれも味には定評がある。
稲荷湯と長屋、ぜひ立ち寄ってみてください。

追記:「かようびのおいなりさん」は、2025年11月11日より実店舗で営業されます!

滝野川稲荷湯
東京都北区滝野川6丁目27−14


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YouTube番組「KARA×KARA 歌うまグランプリ 第1回 川崎編」に友人が出演しました。

高校の同級生(クラスメイト)が、音楽系YouTube番組に出演されたというので紹介したい。
番組は、八木亜希子さんが司会を務め、家庭用通信カラオケ「サウンドバーKARA×KARA」を使った出張式カラオケ大会を行い、街の“カラオケスター”を発掘する番組となっています。

動画:「KARA×KARA 歌うまグランプリ 第1回 川崎編」

友人の写真:

LunLun(るんるん)矢島留美子「KARA×KARA 歌うまグランプリ 第1回 川崎編」
(※写真は動画より)

私の友人は、2番目に登場する矢島留美子氏。
普段、LunLun(るんるん)という名前で歌手活動をしています。
「LunLun(るんるん)」のX
「LunLun(るんるん)」YouTobeチャンネル

歌の上手さはもちろん、迫力ある声量が特徴的です。よかったら応援してみてください♪


追記:

2026年1月16日、私も「第4回 KARA×KARA 歌うまグランプリ」に出演させていただきました!


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