ある男性T(とっちゃん)さんの不思議体験談(心霊現象/UFO宇宙人アブダクション/シャドーマン)

ある男性T(とっちゃん)さんの不思議体験談

今月(2025年12月)の12日、私の宇宙人遭遇体験談で、オカルト界巨匠の山口敏太郎さんのYouTube番組「ATLASラジオ」に私が電話出演したのを聴いてくださり、ある男性Tさん(以下「とっちゃんさん」とする)から連絡をいただいた。

とっちゃんさんは、過去に二度ほど同じATLASラジオに電話出演しており、私の動画を観て共感いただき、連絡をくれたのであった。
連絡を取り合うと、偶然にも私の住まいの最寄り駅近くに1年前に越してきたと言うので、先日(2025年12月20日)、近くの喫茶店で会って話すことになった。

とっちゃんさんの不思議体験談のメモ書き
とっちゃんさんの話を聞いて取ったメモの一部

とっちゃんさんは、年齢は私より6歳上の1971年生まれの54歳、静岡県出身、理系の大学を出て、理系(科学技術系)のお仕事に就いてらっしゃって、とても真面目な印象の方だった。兄弟は、下に妹が二人いる。

胎内記憶(0~1歳)
寝ている間だけの別世界(0~4歳くらい)
UFOとの出会い(12歳、中学1年生、1983年ごろ)
宇宙人との交信と人体実験(13~15歳、中学1~3年生、1984~1986年)
 ・宇宙人による人体実験
 ・宇宙人との交信
宇宙人との別れ(15歳、中学3年生のおわり頃、1986年)
宇宙人からのメッセージとその後
シャドーマンと遭遇(18歳、高校3年生)
その他の話
 ・1歳の時の指輪飲み込み事件
 ・9歳(小学3年生)頃の不思議な声
 ・小学生の時の不思議な音
 ・大学教授から聞いた不思議な話
 ・地震予知
とっちゃんさんの出演動画
まとめ

(イラスト・文/大嶋 信之)


胎内記憶(0~1歳)

「胎内記憶(0~1歳)」とっちゃんさんの話のメモ書き

とっちゃんさんの不思議体験の中で、特徴的な体験のひとつが胎内記憶だ。
動画でもお話しされているが、胎内記憶というよりは、生まれる前の世界の鮮明な記憶があると言う。

その記憶があるのに気がついたのは、なんと0~1歳の時というから驚いてしまう。
普通、その時期の記憶がある人は少ないと思う。
とっちゃんさんは、自分が生まれた病院に、出生後何度か連れていかれるうち、病院の壁にその病院の航空写真が飾ってあるのを見つけた。

その瞬間だった!
この空から見た病院の光景、見たことあるぞ。」と不思議な感覚に陥った。
なぜ見たことあるのか、記憶をたどると、芋づる式に、その光景を見るに至った記憶が蘇ってきたという。これが実に興味深い。

自分がなぜ、この写真の光景を見たことがあるのか頭を巡らすと、病院を上から見下ろすに至った記憶が蘇ってきた。
そうだ、自分は、雲の上にいたんだ。

胎内記憶の雲の上の世界

とっちゃんさんは、生まれる前に、雲の上の世界にいたという。
その雲は「パーソナルスペース」と呼ばれる一人一つの小さめの雲だった。キント雲のようなものだろうか。
隣にも同様の雲があり、その上に一人の人間(自分のような存在)がいた。
その世界は、明るくて、楽しいことのみの場所だった。

その場所を仕切っているのが、二人の老人だった。
二人とも白い衣服を着ていて、白い髭を生やし、杖を持っていて、旧約聖書の預言者モーゼのような風貌であった。

ある時、その二人の老人の元へ呼ばれた。
お前は、もう行く時期だ。
そう告げられると、前世の親戚たちのような方々がいる場所に挨拶しに行き、「とうとう、呼ばれてしまいました。」とその親戚たちに告げた。この世界では、肉体という概念がないため、「会いたい」と思った瞬間に、その人に会いに行けるらしい。これも興味深く、複数の臨死体験をされた彗星ハンターの木内鶴彦氏(故人)も、ある動画で同様のことを言っていた。臨死体験中は、「会いたい」と思った瞬間にその人の元へ移動できたという。

次に、老人の元へ再び戻ると、呼ばれた者たちで長い列ができていた。
みな、残念そうな暗い顔をしていたという。

モーゼのような風貌の老人二人の様子-胎内記憶の雲の上の世界

とうとう、自分の番がきた。
二人の老人は、それぞれ分厚い本を持っていて、バン!っと同時にページを開いた。
開いたページには、人の情報が書き込まれていて、
お前は、この人と、この人の間に生まれる子供だ!
と命令されたという。

すると、黒い門の前に移動し、門の扉が少しづつ開いた。
その門が完全に開くと、自分はその門を出て、雲から降りるように降下していった。

雲の上の世界から地球に落ちていく様子-胎内記憶

1週間くらい長い時間をかけて降りていくと、小さな地球が見えてきた。
地球がだんだん大きくなり、陸地も見えてきた。
そうして自分の生まれた病院が見えてくる。
ここだ!(航空写真は)この記憶だ!
そして、病院の中に降りて、間もなくして母親から生まれたという。

病院の壁になにげなく飾られた、病院の航空写真。
その写真を見た0~1歳のとちゃんさんが、このような体験の記憶を蘇らせるなんて、なんとも不思議で仕方がない。
ただ、先日友人Mの不思議体験談を聞いていて、共通点だなと思ったのが、不思議体験をされる方は、幼少期の記憶力がすごい点だ。Mもそうだったし、私も多少だが1歳ごろの不思議な記憶がある。

私は、動画であらかじめこの話を聞いていたので、以前購入した絵本「胎内記憶図鑑」(のぶみ著)の内容に似ていると感じ、とっちゃんさんに見てもらった。
この絵本は、1999年より胎内記憶について研究をしている池川明先生(池川クリニック医院長)監修で、実に6000人にのぼる胎内記憶をもった子供たちからヒアリングした内容をまとめた絵本になっている。

絵本「胎内記憶図鑑」のぶみ著
絵本「胎内記憶図鑑」のぶみ著

雲の上での生活、髭を生やした老人など、絵本の内容と似た点はいくつもあったが、とっちゃんさんが過ごした世界とは少し違ったようだった。しかし、私にとっては、雲の上での生活や、髭を生やした長老などが、興味深い共通点だと感じた。

寝ている間だけの別世界(0~4歳くらい)

「寝ている間だけの別世界(0~4歳くらい)」とっちゃんさんの話のメモ書き

鮮明な胎内記憶の話だけでも、非常に興味深い話だが、とっちゃんさんの不思議体験は終わらない。
これも動画でお話しされているが、とっちゃんさんは、0~4歳くらいまで寝ている間だけ別世界で過ごしていたという。夢というよりは、別世界。のちに「パラレルワールド(平行世界)」という言葉を知って、その言葉が一番しっくりくると思ったという。その内容もとても興味深いのだ。

とっちゃんさんは、寝ている間(あえて夢と言わないようにする。)だけ、ある工場で働いていた。別世界では自分は0~4歳の子供ではなかった。仕事が終わると、いつも帰る風呂なしアパートもあった。その世界の女性の容姿は、その時代に流行っていた容姿と同じ(服装も髪型も同じ、山本リンダのような容姿)だったので、時代は同じ感じだったという。

その工場では、人の肉(人肉)を解体し、ある特殊な方法でパッキングするといった、センセーショナルな工場だった。ただ、それが食べるためなのか、何なのか不明だったとのこと。その世界では売られていなかったし、食べたこともなかったという。
人肉の材料は、なぜかすべて女性で、工場内の大きな冷蔵庫には、たくさんの女性の体(裸体)がカチコチに凍っていた。なので、とっちゃんさんは、工場に行くたび、心配でその冷蔵庫に母親や祖母がいないか、確認していたという。

体をカットし、部位ごとに、パッキングされていく。
パッキング方法も特殊で、水の中でコンニャクのようなものでパッキングされていたという。パッキング前に、カットされた部位を、油のような細かい気泡がある液体にさらすのだという。何のためかは不明だった。
とっちゃんさんは、働きながらその工程を学んだ。流れ作業でシステム化された工場だった。初めて見る光景だった。

そんな夢というか寝ている間だけの体験する別世界を4歳ごろまで経験した。
その後、小学校5年生くらいになり、社会の授業でコンベアシステムによる流れ作業を学んだ時に、びっくりしてしまった。自分が見た光景そのものだった。「自分は授業で学ぶはるか前から、このシステムを知っている。というより、そういった工場で働いていた。」そう思ったという。

その驚きはそれで終わらなかった。その後の小学校の社会科見学で、自動車組み立て工場を訪れた時のこと。
流れ作業で組み立てられていく自動車を目の前にし、自分が別世界で働いていた工場そっくりだったことに、再びびっくりしてしまった。
内容は「人肉」と「自動車」と大きく異なるが、流れ作業で製品が出来上がっていくその様は、自分がかつて働いていた別世界の工場そのものだった!

とまあ、不思議な話なのだ。
0~4歳という幼少期に、それだけの鮮明な記憶があることに驚いてしまう。
とっちゃんさんは、後から雑誌月刊ムーで、「人食いパラレルワールド」の記事を見て、再度びっくりしたという。

UFOとの出会い(12歳、中学1年生、1983年ごろ)

「UFOとの出会い(12歳、中学1年生ころ)」とっちゃんさんの話のメモ書き

とっちゃんさんが中学生になる1983年ごろ、小学生時代にそういった不思議体験を多く体験し、自分でも説明できないし、親や友人、妹たちにも当然信じてもらえず、苦悩していた。
そんな時、テレビでUFO特番を見て、「そうか!UFOなら、科学的に説明ができるかもしれないし、心霊体験より面白そうだ。」と直感したという。

早速、本屋に行って、UFOの本を探すもなかなか見つからず(同じような書籍が2冊だけあったので購入。)、図書館へ行くも見つけることができず、古本屋に行ってようやく何冊か購入することができた。
本を読み進めると、UFOは赤オレンジ色に発光していることが多いという記述を見て、「赤オレンジ色?」と疑問がわいた。
赤オレンジとは聞き慣れない言葉だったし、一体どんな色なのか、赤とオレンジのあいだの色だなんて、なかなか想像できなかったという。

その後、UFOなどオカルト情報を発信する雑誌「月刊ムー」の発売日を知り、発売日に本屋へ行ってムーを購入した帰り道に、なんとUFOに遭遇した!

UFOに遭遇したイラスト

場所は、静岡県浜松市、時間は20時半ごろだった。
周囲は畑の田舎道、暗くなり自転車を漕いで自宅へ帰る途中に、目の前の上空にまさに赤オレンジ色をした球体が現れた。
大きさは、星よりも明らかに大きく、といっても月の大きさの5~6分の1程度の大きさだった。

光は動いておらず、一定の高さに留まっていて、自転車を降りてしばらく観察することにした。10分間くらい目の前上空にその球体は留まっていた。
曇りだして、他の星は見えなくなり、小雨が降り始めた。それでもその球体ははっきり見えた。よく見ると、赤オレンジ色している球体は、赤オレンジではなく、赤とオレンジのマーブル模様が高速で回転していた。

赤とオレンジのマーブル模様の光が高速で回転しているUFOのイラスト

その時だった。自分の背後から軽トラックが来るのが分かった。
道の端に避けようと、自転車のハンドルを持って道の端に移動するために、一瞬地面を見た。軽自動車が通過し、再び空を見上げるも、その球体はすでに消えてしまっていたとのこと。

この初めてのUFOとの出会いが、今後の3年間にわたり、とっちゃんさんは何者かとコンタクトできるようになった、ことの始まりだった。

余談:
私は、この話を聞きながら、ちょっと気になった点があったので、それをとっちゃんさんに伝えた。
それは、UFOは赤っぽくオレンジ色っぽい発光をすることは多いと以前から聞いているが、それはおそらくプラズマもしくは核融合が関係していると思われる。
1975年に発生した甲府UFO事件で、UFO宇宙人に遭遇した山畠克博氏もUFOが眩いばかりのオレンジ色の光に包まれた後消えたと言っている。核融合の代表例は太陽だが、太陽も同様の色をしている。甲府事件でもUFO着陸現場に原子炉由来の人工的な放射線物質が発見されている。
それはそれでさて置き、私が驚いたのは、とっちゃんさんがこの「赤オレンジ」に着目し興味がわいた点だ。
私は、宇宙人に遭遇したことはあるが、赤オレンジ色のUFOは見たことがない。
しかしだ、幼少期から、なぜかこの「赤オレンジ」という色が気になってしょうがなかったからだ。絵も好きでよく描くが、この赤オレンジ色の表現が難しく、いつも納得いかなかった。まさに、私もこの「赤オレンジ色」に固執しているのだ。
幼少期は、太陽がその色に一番近い(特に日没間近の太陽の色)と思い、それを見ると何かを感じる気持ちなり、その赤オレンジ色になった夕日をずっと眺めたり、その夕日や空の絵を描いて再現しようとしたりしたが、納得がいく色がなかなか表現できないでいた。大人になってタバコを吸うようになったときは、タバコの火の色がその理想色に一番近いなと思ったくらい、なぜか、この「赤オレンジ色」を追ってしまうのだ。
これは、不思議だと思った点だった。

宇宙人との交信と人体実験(13~15歳、中学1~3年生、1984~1986年)

「宇宙人との交信と人体実験(13~15歳、中学1~3年生)」とっちゃんさんの話のメモ書き

とっちゃんさんは13歳のUFO遭遇体験以降、3年間(1983~1986年)にわたり不思議な体験を経験することになる。

宇宙人による人体実験

まずは、宇宙人との交信に伴う人体実験。
それらは、主に寝ているときに起きた。

まず最初に起こるようになったことは、寝ているときに、頭を銃のようなもので打ち抜かれる感覚で目が覚めることが、頻繁に起き始めた。
おでこ(額)の中央から何かが打ち込まれ、後頭部に抜けていく感覚で、「死ぬ!!」と思ってしまうほどのインパクトがあったという。

次に、寝ているときにふと目が覚めると、手足が縛られいる感覚で身動きが取れない状態(首から上は動く)で、頭になにか電波のようなものを当てらることがしばしば起こるようになった。その電波は、3種類(3本)あって、同時に当てられたという。
その時は、息は乱れ「はあ、はあ」といった苦しい感覚だった。

身に覚えのない傷

そういったことが起こるたび、翌朝には、見知らぬ傷が、体のあちこちにできるようになった。その傷は、10年以上残った。今は、30年経っているので、かなり薄れてしまっているというが、見せていただいた。

知らない間にできた体の傷-UFOアブダクション(人体実験)か。

左腕にできた当時の傷跡。
不思議と、傷はいつも二つ同時できたという。
写真の傷のもう片方は数年前に消えてしまった。

知らない間にできた体の傷の当時の再現イメージ-UFOアブダクション(人体実験)か。

当時の再現イメージ。
必ず二つ、対に同時にできた。
その間隔を定規で計ると、必ずぴったり1.0cmだった。
どこにできた傷も同様に、決まって1.0cm間隔だったことに、とっちゃんさんは「宇宙人も、人間と同じメートル法を使用しているのか!?」と驚いたという。

知らない間にできた体の傷(手のひら)-UFOアブダクション(人体実験)か。

手のひらに、いきなり現れた切り傷。
この傷ができた時は、まったく身に覚えのないうえ、手のひらだったこともあり、大変驚いたという。

知らない間にできた体の傷(手のひら)の詳細-UFOアブダクション(人体実験)か。

今でも鮮明に傷が残っている。

知らない間にできた体の傷(右腕)-UFOアブダクション(人体実験)か。

右腕の傷。
この傷には、私は驚いてしまった!!
なんと、私も物心ついた時から、同じ場所に、同じような傷があるからだ!

知らない間にできた体の傷(私の右腕)-UFOアブダクション(人体実験)か。

私の右腕の傷。
48歳になった今は、だいぶ薄くなってしまったが、幼少期はとっちゃんさん同様、はっきりした傷だった。

知らない間にできた体の傷(私の右腕)イメージ-UFOアブダクション(人体実験)か。

私は、幼少期この傷を見て、いつできたかわからず、いつも不思議だなと思っていた。

知らない間にできた体の傷(とっちゃんさんの右腕と私の右腕に同じ傷)-UFOアブダクション(人体実験)か。
とっちゃんさんの右腕と私の右腕に同じ傷があった!

とっちゃんさんの傷と、私の傷。
右腕のほぼ同じ場所にある。

とっちゃんさんは、このような二点の傷(1.0cm幅)が、腕だけでなく、お腹など、様々な場所に出現。
その傷とは別に、白の斑点のような傷も出現しはじめたという。
それも2点の対の丸型で、片方が大きく、片方が小さく、間隔は3~4cmだった。
周りの皮膚より明らかに白く目立つため、お腹にできた時は、プールで多くの友達に「なにそれ?」とひやかされたという。
今は消えて残っていないが、両腕にも出現した。
決まって、寝ているときの不思議体験の翌朝に出現した。
当時、UFOとその乗員とコンタクトしたというビリー・マイヤーの書籍を読んで、自身の体験が似ていることに気づいたという。

宇宙人との交信

そのような、人体実験とおぼしき不思議体験と同時に、とっちゃんさんは宇宙人らしき存在から、メッセージを受信できるようになったという。
その内容は、複雑な数式だったり、曼荼羅だったり、ただの言葉だったりした。
主に寝ている最中に受信し、内容の詳細は起きると忘れてしまうことが多かった。
今考えると、ノーベル賞に匹敵するような高度で優れた数式もあったという。

受信方法は、言葉とテレパシーで、3種類あった。
一つ目は、一瞬で受け取れる方法。映像(イメージ)と言語などの情報が、一瞬で送られてくる、光のようなものだったという。
二つ目は、朗読型。言葉で朗読するように情報を伝えてくる。
三つ目は、映像。情報を映像(イメージ)として送ってくる。
とっちゃんさんは、一つ目の一瞬で受け取る方法で、主に受け取っていたという。

宇宙人から教えてもらったテレパシー送信方法-黒板をイメージする

宇宙人らしき存在は、とっちゃんさんに、情報の受信だけでなく、送信方法も教えてきた。
その方法というのが、非常に興味深い。
送信には右脳を使い、頭の中に黒板のようなボードを想像し、そこに送りたいメッセージを書いたら、そのボードの右横にある(青と紫に光る)球体に意識を集中させ、青から紫に点灯させる。その(右脳で作り上げた)イメージを、右脳から後頭部へ移動させ、後頭部から前に押し出すように集中すると、メッセージが送れるのだそうだ。

宇宙人から教えてもらったテレパシー送信方法-右脳でイメージし後頭部へ送って飛ばす

とっちゃんさんは、その方法は最初は難しかったが、慣れてくるとスムーズに行えるようになったという。うまく送信できると、後日、送信したメッセージに対する返信がくるようになった。情報を受け取るのは簡単だったが、送信する方が難しかったという。

宇宙人との別れ(15歳、中学3年生のおわり頃、1986年)

「宇宙人との別れ(15歳、中学3年生のおわり頃)」とっちゃんさんの話のメモ書き

そんな、宇宙人らしき意識体との交信が3年続いた。交信する頻度も多くなり、睡眠の障害(交信)、体にできる傷など、とっちゃんさんの負担が限界に達していた。
そんなある日、もう交信を打ち切ろうと決断し、そのメッセージ(交信を終わりにしようという旨)を送信した。

勝手に体が起きあがったら宇宙人がたっていた様子のイラスト-宇宙人遭遇体験

その数日後の夜中、寝ていると目が勝手に開き、身動きが取れないまま、上半身が勝手に起き上がり、目の前にグレイ型の宇宙人が立っていた。
暗がりの中だったが、容姿がしっかり見えた。頭は大きく、大きな目、耳や鼻や口は見当たらなかった。肌の色はグレー(灰色)で、しわなどはなかった。目には瞳があり、瞳が光っていた。その光り方は、猫やフクロウのような夜行性動物特有の反射して光っている目という感じだった。そのわずかな光で、部屋の中が少し照らされうっすら見えるくらいだった。

遭遇した宇宙人のイラスト

そのグレイ型宇宙人は、自分の足元に立っており、上半身から下は半透明だった。
頭のある位置の高さは1.0mくらいだった。

その後、宇宙人の姿が消えると、普段の部屋の暗がりに戻った。
通信手段の、いつもの黒板ボードを想像してみると、送信するための右上にある光の部分がロックされており、送信できない状態になっていた。
とっちゃんさんは、「最後の別れに、きっと姿を現したのだ。」と確信したという。

その日以降、宇宙人からの受信もなくなり、黒板ボードもロックされたままでメッセージを送信できない状態が続いた。
その後、平穏な日々を過ごすことができた。

宇宙人からのメッセージとその後

「宇宙人からのメッセージとその後」とっちゃんさんの話のメモ書き

宇宙人からのメッセージ

私が、どんな内容の交信をしたか、また宇宙人から受け取ったメッセージがあるか尋ねると、大別すると以下の三つあると言う。

・環境を大切にしなさい。
・神社やお寺には近づくな。(神社やお寺で、自分の願い事を願うことはやめなさい。)
・二酸化炭素(CO2)排出量を減らしなさい。

この三つだと言う。
私は、びっくりしてしてまった。
一つ目の「環境を大切にしなさい」と三つ目の「二酸化炭素(CO2)を減らしなさい」は、私が宇宙人から受けたメッセージと一緒だからだ。私の場合は、「自然(特に植物)を大切にしなさい。」というメッセージだった。植物をお粗末にすれば、食べ物にも困るし、二酸化炭素も増える。まさに同じ意味だ。
とっちゃんさんは、この教えを今でも守っているとのこと。今までもこれからも自動車を買うことはないという。二酸化炭素を排出するからだ。移動は電車と自転車と決めている。
二つ目の神社とお寺への参拝だが、交信当時は神社とお寺に行くのは避けていたらしいが、最近ではある一定のルールを守ったうえでたまに参拝するという。そのルールとは、「自分の願い事を願うことはしない。」というルール。他人の幸福を願うことはOKらしい。
これも興味深くて、私も誰に教わったわけではないが、幼少期からこの考えがあった。
不思議な共通点である。
また、何千件ものアブダクション経験者を調査した、コンピュータ研究者でUFO研究者のジャック・ヴァレという研究者は、宇宙人などの高度意識体のアブダクションの目的は、古い信仰システムを破壊しつつそれに代わる新しいシステムを構築することだと述べている。(参考:ウィキペディア>ジャック・ヴァレ
まさに、二つ目の「神社とお寺に近づくな。」だ。

また、宇宙人の目的は何なのか尋ねると、
宇宙人は、争いをなくすために、感情をなくしたから、それ(感情)を復活させるために、人間の喜怒哀楽を調査しに来ている。」と、とっちゃんさんは答えてくれた。
これも、強く納得してしまった。その理由は、別の機会にお話ししたいと思う。

その後

宇宙人と決別できた中学3年生以来、とっちゃんさんは宇宙人とのコンタクトはなくなった。しかし、25歳の時、たまたま矢追純一氏のUFO特番をテレビで観ていると、宇宙人にさらわれた人のアブダクション内容が紹介されていた。それを観て久しぶりに恐怖心が蘇ってきた。その翌朝、起きると昔のような傷が両腕にできているのを発見、また恐怖に陥ったという。ただ、その後は何事もなかったそう。

とっちゃんさんは、大人になった今でも、あれ(中学生の時の宇宙人体験)は何だったのだろうと興味を持ち続け、たまにだがUFOコンタクティの武良信行(むら のぶゆき)氏のUFOを呼ぶイベントなどに参加することもあるとのこと。

シャドーマンと遭遇(18歳、高校3年生)

「シャドーマンと遭遇(18歳、高校3年生)」とっちゃんさんの話のメモ書き

この話は、動画2でも詳しくお話しされているエピソード。
とっちゃんさんが、高校3年生のとき、シャドーマンに遭遇したという話。

とっちゃんさんは、高校3年の後期、指定校推薦により周囲の生徒より一足お先に、進学する大学が決まっていた。
ほとんどの生徒は、その時期は受験勉強でピリピリモード。なので、休み時間などは、指定校推薦で大学が決まっている友人だけで、別の教室で集まって話をしたりしていた。
その場所のひとつに「進路指導室」という教室があった。
とっちゃんさんは、いつものように、休み時間に進路指導室に向かった。すると、天から頭の中に「今はまだ誰もいない」と声が聞こえた。
その言葉を無視し、誰かしらいるだろうと進路指導室のドアを開けた。
その時だった!

学校の教室に現れたシャドーマン

雨が降っている日で、電気も付いていない薄暗い教室の中に、影だけの何者かがいたのである。その影は不思議で、北側の窓から外のかすかな光がさしているにも関わらず、光とは反対方向(窓の方向)に濃く伸びた人型の影だった。

学校の教室に現れたシャドーマンが驚く様子

その影だけの存在が、私が教室に入るなり、驚いた様子でのけぞり、慌てふためいて教室内に置いてあった棚に隠れてしまった。
そして次の瞬間、その影は四方八方に放射線状に散らばるような形で分散し、消え去ってしまったとのこと。

シャドーマンが消える瞬間のイラスト

なんとも不思議な光景を目にしたとっちゃんさんは、その場に立ち尽くしてしまった。

それから月日が経ち、大人になってから「シャドーマン」という言葉(怪奇現象)を知った。そうか、自分が見たのは”シャドーマン”だったのかと、その時とっちゃんさんは思ったのだそう。
その影の正体は、いったい何なのだろうか。

その他の話

1歳の時の指輪飲み込み事件

「1歳の時の指輪飲み込み事件」とっちゃんさんの話のメモ書き

大人になって、とっちゃんさんは母親にある出来事を聞かされた。
それは、とっちゃんさんが1歳の時、母親の結婚指輪を飲み込んでしまったというエピソード。それを聞いたとっちゃんさんは、母親から詳細を聞く前に、当時の自分の行動を鮮明に思い出した。
1歳くらいの自分が、タンスをよじ登り、一番上の引き出しの中に保管されている指輪を取り出そうとしている光景が、少し上の目線から見た客観的な光景で蘇ってきた。それを母親に伝えると、その通りで、1歳のとっちゃんさんが、タンスの上の段に保管してあった結婚指輪をよじ登って取り出し、飲み込んでしまった。
急いで病院へ行くと、医師に「もし、お尻から出てこなかった場合は、お腹を切って(手術で)取り出すしかないですね。」と告げられたという。
幸いにも、後日お尻から出てきたのだそう。それはそれでよかったが、1歳の乳児が、タンスをよじ登って、上の段の指輪を取り出す、しかも飲み込んでしまうなんて、とっちゃんさん自身も首をかしげるエピソードだそうだ。その鮮明な光景(客観的に自分を見た)の記憶も不思議なのだそう。
この幼児期の自分を客観視した記憶については、前回の記事「友人Mの不思議体験談」の中でも似たエピソードがある。

9歳(小学3年生)頃の不思議な声

「9歳(小学3年生)頃の不思議な声」とっちゃんさんの話のメモ書き

とっちゃんさんが小学生の頃、いつも外から聞こえる声があった。
その声には2種類あって、一つは「キャーーーー」と1分間くらい一定の音程で続く声、もう一つは「おぎゃおぎゃ おぎゃおぎゃおぎゃ」を繰り返す声。(決まって「おぎゃ」×2回のあとに「おぎゃ」×3回、の繰り返し)
とっちゃんさんは当然、両親、妹たち、周囲の家の人も聞こえているものだと思っていた。
小学3年生だったある日、とっちゃん家に、近所の友人が遊びに来て、いつもその声が聞こえる部屋で妹も含めて三人でトランプしていた。
その時、またいつもの声が聞こえた。「キャーーーー」と1分間くらい続く声。
妹と友人はびっくりし、「何この声、怖い!」と言った。とっちゃんは「いつも聞こえるけど、妹も、友人も聞いたことないの?」と聞いた。すると友人も妹も今まで一切聞いたことのないと言うのだった。
その後、友人はそのことを学校で他の友人に言いふらし、一時、とっちゃん家に肝試しに来る友人が増えたとのこと。
後に、とっちゃんはその声の録音に成功するが、そのテープは残念ながら今は紛失してしまったという。

余談だが、私も幼少期、夕方必ず犬の遠吠え(複数の犬の遠吠え)が、家の中にいたのに聞こえていたのを思い出した。私が住んでいたのは、東京都豊島区内の大通り(明治通り)沿いで、池袋駅からも程近い比較的都会に位置し、車通りも激しく騒音もうるさい場所だった。当然どこかの犬の遠吠えなんだろうなと思っていたので、家族の誰にも言っていなかった。でも、そんな都会に犬ってそんなたくさんいたのかな?と、とっちゃんさんの話を聞きながら、疑問が湧いてしまった。もしかしたら、私だけが聞こえていたのかも、と少し思ってしまった。

小学生の頃の不思議な音

とっちゃんさんの不思議体験を、いつも両親は信じていなかった。
私もそうだったので、とても共感できる。
しかし、そんな両親も不思議な気持ちになる出来事が起きた。
とっちゃんさんが小学生だったある日、5人家族全員で、2階建ての一軒家の1階で、夕食を食べている時だった。天井から「ドスン!ドスン!ドスン!」と大きな音が3回響いたのだ。当然2階には誰もいない。
2階に行って確認するも、変なことは何も起きていなかった。
屋根に何か落ちたか?と思ったが、一階まで聞こえないだろうとなった。
その時だけは、両親も「不思議なこともあるものだね。」と言ったそうだ。

大学教授から聞いた不思議な話

「大学教授の話」とっちゃんさんの話のメモ書き

私が、「理系の方って、オカルトに興味ある人、意外に多いのでは?」と興味本位で質問すると、とっちゃんさんが卒業した理系の大学の教授から聞いた、不思議な話を二つ教えてくれた。

登山中の落石の話
その大学のある教授が、登山をしていた時の不思議な話。
教授がある山で登山中、突然、落石を知らせる叫び声が聞こえた。
自分は、右へ逃げるか、左へ逃げるか、一瞬迷い「右と左、どっちに逃げたらよいか?」と天に問うた。すると「右に逃げなさい。」とどこからともなく声が聞こえた。
その通り、右に逃げたことで、助かったという話。左に逃げていたら、落石に直撃していたらしい。この不思議な話を、その教授が当時学生によく話していたという。

男子トイレの鏡に映った女性の話
その大学の学長が、男子トイレを使用していた時の不思議な話。
ある日、学長が男子トイレで用を済まし、手洗い台で手を洗っているとき、目の前の鏡を見ると、自分の背後に黒髪の長い女性が立っていた。
すぐさま、「女子トイレは隣ですよ。」と、言いながら振り返えると、女性の姿はなく、消えてしまってどこにもいなかった。
その後、学長は怖くなってしまい、校内すべての男子トイレの鏡を取り外してしまった。

地震予知

とっちゃんさんは、学生のころ地震予知ができるようだった。予知というか、地震の起こるタイミングで自身の身にも何かをキャッチするという現象だ。
それは、国内の地震ではなく、海外の地震が多かった。
その現象は、地震が起こるタイミングで、自身の体が揺れるという現象だった。寝ているときにも起きた。
そんな現象(自身の体が急に揺れる)が起きた後、調べると必ず同時刻に海外のどこかで地震があった。
一番すごかったのは、学校の教室で、体が揺れすぎて椅子から転げ落ちてしまったことがあった。そのあと調べてみると、同時刻でイギリスのある地方で100年振りの地震、震度1というニュースがあった(笑)。とっちゃんさんは、さすがにこれは勘弁してくれと思ったそうだ。
それから何十年か経ち、地震予知もできなくなっていた2011年3日11日、東日本大震災は残念ながら予知できなかった。

この話を聞いて、私も寝ているときに体が揺れて地震かな?と思ったことが多々あったことを思い出した。その時は「きっと(自身の)心臓の鼓動だろう。」とか、東日本大震災の後だったということもあり「きっと地震のトラウマだろう。」とかいう気持ちで、地震予知かもしれないなんて思いもしていなかったので、その現象の同時刻で起きた地震など調べることもなかった。でも似た体験だなと思った。
あと、幼少期、兄弟三人でテレビを観ていたところ、2歳上の姉が先に寝てしまって、寝ていたと思うと急に上半身を起こし、目を閉じたまま上半身を大きく左右に揺らして「地震だ!」と言ったかと思うと、またすぐに寝てしまったことを思い出した。それを間近で見た私たち双子は大笑い。姉が夢見て寝ぼけたこと言ったのだと思ったが、とっちゃんさんの話を聞いて、「あれも地震予知だったかもしれない」と少し思った(笑)

余談だが、私は天才発明家ニコラ・テスラの自伝書「秘密の告白」を何度も読み返しているのだが、その中でニコラ・テスラがある振動数の共鳴実験をしている最中に、実験所のある(滅多に地震が起きない)ニューヨークのその地で大きな揺れが発生し、止まらなくなってしまいその装置を壊して止めたというエピソードの記述を思い出した。確か、地球の振動数と共鳴させたことが原因だったと思うのが、とっちゃんさんはその逆で、地震の周波数と共鳴してしまい、自身の体が揺れてしまった可能性があるなと思い、とっちゃんさんそれをに伝えた。

とっちゃんさんの出演動画

とっちゃんさんが電話出演した動画「ATLASラジオ」は、以下2本。
以上のような不思議体験を、詳細にお話しされているので、ご興味ある方はぜひご視聴ください♪

『ATLASラジオ29:激白!宇宙人にさらわれ○○を埋め込まれた男!』
https://www.youtube.com/watch?v=B-4LmRaEjX8

『ATLASラジオ3rd 018 大学進学を考えている?シャドーマン、人間の傷を治すイルカのヒーリング』
https://www.youtube.com/watch?v=mHHsrhSnli8

まとめ

とっちゃんさんとお会いして、お話しさせていただいた率直な感想は、素直な方だなという印象だった。永遠の少年のような、純粋な疑問を大切にしていらっしゃる方だと思った。
私も、共感する部分や共通する点が多々あったことに、驚いてしまった。
とっちゃんさんと私の共通点を以下に挙げる。

・不思議体験した時期
不思議体験は幼少期が多く、大人になったらほとんどなくなった。とっちゃんさんは20歳、私は25歳くらいまででほぼなくなった。

・信じてもらえないから、話したくない
両親はそのような体験を信じてもらえず、「何を馬鹿なこと言っているの?」という反応が多かったため、誰にも言えないことが多かった。

・身に覚えのない傷がある
身に覚えのない傷が体に複数ある。特に幼少期からある右腕の傷は、二人とも同じ個所にあったのには驚いた。

・「赤オレンジ色」に固執する
UFOの色とされる、「赤オレンジ」に固執する。

・オカルト、物理科学への興味
自身の体験から、オカルト番組や書籍、物理科学に興味を持つようになった。

・テレパシー
宇宙人からテレパシーを受信した。

・宇宙人からのメッセージ
宇宙人から同じようなメッセージを受け取った。とくに自然環境については完全に共通していた。

・宇宙人体験した時期
互いに宇宙人体験をした年代が近い。私は1982年ごろ、とっちゃんさんは1983~1986年ごろ。

・メッセージを受信する
とっちゃんさんは、幼少期に親戚の死を知らせるメッセージや、どこからか自分の頭にイメージや言葉が湧いてくることがあった。私も同様で、テレビに親戚が映る話など親族のなにかを受信することが多かった。

その他、細かい部分で共感できる点が多々あった。
上記の中でも特に右腕の傷、同じ個所に傷がある方は、初めてお目にかかった。そして宇宙人から受け取ったメッセージ、これも共通点があるし興味深い。
そして年代だ。とっちゃんさんが宇宙人とコンタクトしていた3年間は1983~1986年の約3年間、私が宇宙人遭遇したのは1982年ごろなので、年代が非常に近い。(→私が遭遇した宇宙人

甲府UFO事件の山畠さんとお会いしてお話しした時もそうだったが、やはり体験者同士というのは、お互いの話の理解が早く、スムーズにわかり合えるという、なんとも言葉では表現できない心地良さを感じた。

私の宇宙人遭遇体験やテレパシーなどの幼少期の不思議体験を、興味深く聞いてくださった。特にデジャブ体験をした時の手の傷の話を関心深く聞いてくれた。
しかも、とっちゃんさんとお会いした後、その傷を改めて見ると、なんと傷が対になっている(二つある)ことに気づいたのだ!

謎の手の甲の傷
(左手の甲にある謎の傷/2025年12月26日撮影)

写真右の人差し指側の傷は、デジャブ体験時にできた謎の傷。
写真左の薬指側の傷は、まったく身に覚えがない。念のため二つの傷の感覚を計るとちょうど3.5cmだった。
(追記:後日(2025年12月27日)、とっちゃんさんに再び会う機会があったので、この傷跡を見せると「私と同じですね、片方の傷の方が大きい。しかも間隔が3.5cmというのも同じです。私も3~4cmでした。」と仰っていた。)

最後にとっちゃんさんに、質問した。
「(とっちゃんさんは)お仕事も理系(最先端技術系)でしっかりされていて、きっとこういった体験も生かされていて、うらやましい。私は今のところ生かしきれていない。なので、あえて、こんな話(なかなか信じてもらえないような不思議体験談)を外でする必要もないのでは?」と。
すると、とっちゃんさんは笑いながら、
私が経験した様々な不思議体験を、どこにも言わないまま死ぬなんて、なんかそれってどうなだろう?って思っちゃうんですよ。それくらいインパクトの大きい体験だったので。」と言った。
この言葉、私も強く共感してしまった。なかなか信じてもらえないような不思議体験談を人に話す意味があるのか、いつも自問自答するのだが、結局はいつかきっと話す意味がある日が来るんじゃないかと、根拠もなく思ってしまうからだ。
今後も、とっちゃんさんとは交流を深めていきたいと思う。


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Nobuyuki Oshima(大嶋 信之)
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1995年ごろ、友人が東京・巣鴨上空で目撃したUFOが、天空の城「ラピュタ」ならぬ、古代インドのUFO「VIMANA(ヴィマーナ)」そっくり!?

私が、宇宙人話でYouTube番組に出演したところ、古くからの友人が、自分も昔UFOを見たことがあるので聞いてほしいと話をしてくれた。それが、少し変わったUFOなので紹介したい。

東京都豊島区巣鴨に住む友人が、高校生の時(1995年頃)のある日の夕暮れ時、帰宅しようと自転車で巣鴨駅付近を走っていた。
巣鴨駅の線路の陸橋に差し掛かった時、駒込駅方面(北東)の上空を見上げると、不思議な発光体(飛行体)を目撃。

「巣鴨駅」上空、駒込駅方面(北東)の実際の写真/2025年撮影
(現場「巣鴨駅」上空で北東の駒込駅方面の空の写真/2025年撮影

友人はその場所を通るたび、そこは空が広いため、いつも空を見上げる習慣があったが、そのような飛行物体を目撃するのは初めてだったため、驚きながらその場に立ち止まり、しばらく観察することにした。

反対方向の大塚駅方面の南西の空には太陽が沈む空の写真/2025年撮影
(反対方向の大塚駅方面の南西の空には太陽が沈む/2025年撮影

駒込駅の反対方面(大塚駅方面)の南西の空は、日没の夕焼け空。

天空の城のようなUFO
(友人の話をもとに作ったイメージ写真)

駒込駅方面(北東)の空に浮かんだ不思議な物体をよく見ると、宙に浮くお城のような物体だった。
まさに、天空の城「ラピュタ」を連想するような物体で、色は白色、周囲はピンク色がかった光に包まれており、空に浮いたまま動いていなかった。
空は、夕暮れ時の太陽(日没)とは反対側の空で、暗くなりかけていた。

と、その時だった!瞬間移動したと思ったら、また瞬間移動し、ジグザグに移動しはじめた。何度かジグザグに瞬間移動した末、突如消えてしまったという。

天空の城のようなUFOの瞬間移動の様子
(瞬間移動の様子のイメージ)

その友人は、後にも先にもUFO目撃はこの1回しかなく、今でも不思議な経験だという。
今でもその場所を通ることが多いが、そのようなものを見ることもないのだそう。

とまあ、なんとも不思議な話だが、この話はこれで終わらない。
私は話を聞いた直後、お城型のUFOの話は初めて聞いたし、なんとも信じられずにいた。
しかしその後、あるYouTube番組を偶然観て、驚いてしまった。
なんと、古代インドには、VIMANA(ヴィマーナ)と呼ばれる、空飛ぶUFOの言い伝えがあり、それが友人が目撃したUFOそっくりだったのだ!

古代インド人が建造した数々の仏殿と、「VIMANA(ヴィマーナ)」
(古代インドの仏殿と「VIMANA(ヴィマーナ)」/動画より)

古代インド人が建造した数々の仏殿と、「VIMANA(ヴィマーナ)」。
動画では、これら仏殿の形状は、古代のインド人が「VIMANA(ヴィマーナ)」を模して建造したのではないかと推測している。

古代インドのUFO「VIMANA(ヴィマーナ)」
(古代インドのUFO「VIMANA(ヴィマーナ)」/動画より)

「VIMANA(ヴィマーナ)」の予想図。
古代インドに伝わる空飛ぶ飛行物体で、神々が移動のために乗っていたとされる。

参考動画:『地球外生命体が文明を伝えたというデニケンの古代宇宙飛行士説を改めて考察する』古代の宇宙人 

※「VIMANA(ヴィマーナ)」については、動画の15:30あたりから。

【感想】

普段、目撃されているUFO(未確認飛行物体)の形状は、円盤型や球体型、葉巻型が多いが、このようなお城型もあるのではないかと思った。古代インドに言い伝えられているくらいなので、古くから様々な形状のUFOが地球を訪れている可能性が大きいと感じた。

そして、ジグザグに飛行した後消えるというのも興味深く、私の妻が、若いころ千葉県上空で目撃したというUFOも、同様にジグザグ移動したあと消えたと言っている。
また、私は以前、夕方にジョギングがてら近所の比較的広めの公園に立ち寄った際、10名程度の小学生(高学年)の男子たちが大騒ぎしていたので、「どうした?」と尋ねると、「(みんなで)UFOを見た、ジグザグに瞬間移動した後、突然消えた!」と興奮気味に教えてくれたことがある。遊んでいた最中にみんなで目撃したらしく、遊びをやめてどこにUFOが消えたか、薄暗い公園じゅうを移動し、空を見ながら探し回っていた。

また、光に包まれているというのも興味深い共通点で、世間で目撃されるUFOは、オレンジやピンク、青や緑といった何色かの光を帯びていることが多い。
おそらく、プラズマなどを利用して飛行(移動)してると考えられる。

以上から、「ジグザグに移動後に消える」、「(何色かの)光に包まれている」といったことも、UFOあるあるなのだと思った。UFOはきっとプラズマを利用し瞬間移動で長距離を移動していると考えられるので、(大きな)瞬間移動の前にそのような現象(光に包まれる、小さな瞬間移動)が起きても不思議ではない。

今後もリサーチを続行したい。


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【手相占い】仏眼相(ぶつがんそう)&神秘十字線、両手離れ型、指の反り方など-手相から見るスピリチュアル

手相の源流はインドで、仏教では手は「行(ぎょう)」と呼ばれ、行いの象徴であって生き方そのものを表す鏡とされるらしい。(参考動画02より)
なので、その人の手を見れば、その人の素質や生き方、未来がわかるというのだ。私の手を見本(モデル)に見ていきたい。

仏眼相(ぶつがんそう)
 ・仏眼相とは
 ・片手に仏眼相
 ・両手に仏眼相
 ・親指以外の指に仏眼相
 ・すべての指に仏眼相
 ・私の手
 ・二重仏眼相(にじゅうぶつがんそう)とは
 ・参考動画

神秘十字線(しんぴじゅうじせん)
 ・神秘十字線とは
 ・両手離れ型

指の反り方
 ・親指と人差し指の開く角度
 ・親指の反り方
 ・参考動画

まとめ

(写真・文/大嶋 信之)


仏眼相(ぶつがんそう)

仏眼相とは

仏眼相(ぶつがんそう)

仏眼相とは、手の指の第一関節のしわが二重で目のようになっていることを言う。
二重になったしわの両側が閉じて目のようになっている様を、仏教では”仏様の開いた眼”とたとえ表し「仏眼相(ぶつがんそう)」と言われる。
仏眼相は主に親指に現れやすく、稀に他の指にも現れる方もいる。
仏眼が出ている人は、霊感があると言われる。

片手に仏眼相

片手に仏眼相

もっとも多いのが、片手の親指に仏眼が現れるケース。
手相の世界では、左手は生まれつきもっている先祖代々の素質、右手は未来を意味するので、左手にある場合と、右手にある場合とで、少し意味合いが違ってきますが、霊感があり、死後の世界に興味を持っていたり、記憶力、直観力に優れていることが特徴です。

両手に仏眼相

両手に仏眼相

両手に仏眼相がある人は、ご先祖様と強固な絆で結ばれているだけでなく、神仏の守護も相まって、不幸な目に遭いにくいと言われている。
また、霊感が非常に強く、意識と無意識の境界を見通す力もあるとさえ言われる。
また、両手をすり合わせて念じるだけで、願いを叶えることができるという特質を持っているとされる。

親指以外の指に仏眼相

親指以外の指に仏眼相

稀ですが、親指以外に仏眼相が現れるケースがあります。
その場合、現れる指によって能力が異なってきます。(詳くは、参考動画01をご覧ください。)

すべての指に仏眼相

すべての指に仏眼相

非常に稀なケースで、すべての指に仏眼相がある人がいる。
すべての指に仏眼相がある人は、霊感が強すぎるあまり、日常生活に支障をきたすほどだと言われている。

私の手

それでは、私の手を見ていきます。

仏眼相(ぶつがんそう)-左手の親指

私の左手。
親指に仏眼相がある。

仏眼相(ぶつがんそう)-右手の親指

次に右手を見てみる。
右手の親指にも仏眼相がある。
両手に仏眼相がある人は、ご先祖様との絆が強固かつ、霊感が非常に強いとされている。(→両手に仏眼相

左手の手相

左手の全体を見てみる。

左手の小指ににある仏眼相

よく見ると、私の左手の小指に仏眼相があった。
小指に仏眼相がある人は、コミュニケーション能力に優れているのだそう。
親族とも良好な関係を築き、ご先祖様を大切にする傾向が強いらしい。

右手の手相

右手全体を見てみる。

右手の薬指にも仏眼相

よく見ると、私の右手の薬指に小さいながら仏眼相があった。
薬指に仏眼相がある人は、自己利益に対する直観力が優れているそう。
仕事やトレンド、富や名声といった嗅覚に優れていて、ご先祖様の名声にあやかることで、成功をつかむ可能性が高いという。

二重仏眼相(右手)

また、親指の付け根のしわに小さな仏眼相を見つけた。
これを仏眼と言っていいのかわからないが、親指の第一関節と第二関節に仏眼が現れることを「二重仏眼相(にじゅうふつがんそう)」と言うらしい。

二重仏眼相(にじゅうぶつがんそう)とは

二重仏眼相(にじゅうぶつがんそう)

二重仏眼相とは、親指の第一関節と第二関節の両方に仏眼が現れる非常に稀な手相で、仏眼が一つの場合の倍の霊感・直観力を持つと言われている。
また、ご先祖様のご加護も強く、不幸な目に遭いにくい。
その反面、霊感が強すぎることで、霊を引き寄せてしまう可能性もあり注意が必要とのこと。

両手に仏眼相がある場合で、二重仏眼相がある場合は、より稀な大吉相とされている。

その他の指に仏眼相が出ている場合や、仏眼相についての詳細は、以下の動画がわかりやすいので、ぜひ視聴してみてください♪

参考動画01

『【手相占い】五指にあらわれる仏様、仏眼相の意味10選』


神秘十字線(しんぴじゅうじせん)

神秘十字線とは

神秘十字線(しんぴじゅうじせん)

神秘十字線とは、感情線と頭脳線の間に現れる、十字(クロス)状のしわ(十字線)のことです。
仏眼相があるだけでも、スピリチュアルな能力に優れているのですが、この神秘十字線も加わると、その能力はますます強まると言われています。(ご参考:「手相の仏眼とは? 霊感を表す仏眼の見方【手相占い】」by マイナビウーマン

この相(仏眼相+神秘十字線)を持つ人は、第六感や霊感に非常に鋭いため、占い師やセラピストなどのスピリチュアルな職業に就くと、能力をいかんなく発揮できると言われています。また、慈愛の精神があるので、人助けの仕事にも向いています。

神秘十字線(左手の手相)

私の左手。
神秘十字線のようなものが見えます。

神秘十字線(左手の手相)

十字線が、三つ並んでいました。
左手に神秘十字線がある人は、生まれつき霊感が強かったり、直観力が優れていると言われています。三つもあったら、その能力も三倍?笑

右手の手相

私の右手。
右手には、十字線は見当たりませんでした。
私は、幼少期に不思議な体験をする体質だったのですが、手相にそのことがしっかり刻まれていることに驚きました。大人になるにつれ、体験しにくくなっていますので、左手(先祖からの生まれつきの能力)と右手(現在や未来の努力の末の能力)との違いにも納得してまった。

両手離れ型(りょうてはなれがた)

ちなみに、私の手(両手)は「頭脳線」と「生命線」(「感情線」も)が離れている手相をしているが、両手がそうなっている手相を「両手離れ型(りょうてはなれがた)」と言うらしい。片手だけでも珍しい手相なのだそうだが、両手となるとかなり希少らしい。
両手離れ型の確率は、1000人に1人(0.1%)らしい。

「両手離れ型(りょうてはなれがた)」の手相

両手離れ型の手相を持つ人の特徴は、何事にも好奇心旺盛で前向き、大胆な発想力と、強い独立心、非常に強い個性を持っていて、それを武器に人生を拡大していく人に多く見られる手相とのこと。
誰かの言いなりにならず、自分の道は自分で決めていく、その人にしかできないオリジナルの人生を歩むことができるという。
運気は、腹をくくった人から開けていくと言われていますので、自身の手相を受け入れ信じ、未来を明るいものにしていきたいものです。

実は私の妻も両手離れ型で、二人の息子のうち次男も両手離れ型、長男は片手のみ離れ型だ。手相は遺伝するのかな。うちの家族4人のなかに、1000人に1人の両手離れ型が3人もいるなんて!(驚)しかも、もう1人も離れ型(片手)。


指の反り方

仏教では、手の指の反り方で、その人の素質や生き方がわかるという面白い動画を見つけました。(→参考動画02
私の手を見本(モデル)に、解説していきます。
仏教では、左手は生まれつきの「宿命(前世の因縁)」を表し、右手は未来を表します。

親指と人差し指の開く角度

人差し指と親指の開きかたが、90度未満か、90度以上かによってその人の素性が判断できる。

人差し指と親指が開く角度(左手)

私の左手は90度以上に大きく開くことができる。
90度以上開く人は、行動的で、心の中に自由と挑戦する気持ちを持っている人。
新しいことに対し恐れよりワクワクする、指の間に空間があることで、周囲の意見を吸収しやすく、縁を紡ぐ力が高いのだそうだ。

人差し指と親指が開く角度(右手)

私の右手は、90度くらいの開きだった。
開きが90度未満の人は、慎重かつ内向的で、守りの人。
堅実に歩んでいくタイプなので、失敗が少ない。
その反面、目の前に訪れたチャンスを、逃しやすい傾向があるそうだ。

親指の反り方

親指の反りかたで、その人の意志と運命の形が分かるそうだ。

親指の反り(左手)

私の左手。
親指をグイッと外に大きく反ることができる。

親指の反り(右手)

右手も同様、大きく反ることができる。

親指が大きく反るタイプの人は、社交性があり、柔軟性に富み、わりと自由に生きる方が多い。どんな環境でも順応しやすく、斬新なアイデアを生む。人と違う角度で物事を見ることができるので、自然に人が集まりやすいそうだ。

ただその反面、
動く=形を保てない
ということから、時間にルーズになったり、お金の使い方が雑になったりしがちなのだそう。

親指が反らずまっすぐな人は、意志が非常に強い傾向があるという。自分を貫くという良い部分もありつつ、人の言うことをまったく聞かない頑固な一面もあるとのこと。
ご興味ある方は、ぜひ以下の動画を視聴してみてください♪

参考動画02

『親指の反り方で分かるあなたの意思と運命について【開運 / 金運 / 手相】』


まとめ

仏教においての手相の見方は、一般的な手相占いとは異なる点が多く、興味深いものを感じた。
特に、左手(ご先祖様からの生まれつきの特性)と、右手(未来を表す)は、今まで生きてきて本当に納得させられる内容だった。
これほどまで、自分の特性が手相に出るなんて!と驚いてしまった。
また、仏眼相においては、私は、祖父の代から同じ仕事をさせていただいている関係上、常に故人(祖父と祖母)のことを考えながら仕事をしているという一面があり、毎年二度のお彼岸には父母を連れて墓参はかかさない。そのような思考と行動が、手に出ているのだろうと、感銘深いものがありました。
先にも述べましたが、運気は腹を括った人から開けていくと言われているらしいので、自身の手相を信じ、未来を明るいものにしていきたいと思いました。

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屏風スケートボードエリア(杉戸スケートパーク)-平面(フラット)、ミニランプ、アールとサーフスケートにも最適な広いスケボーパーク(スケパー)!

昨日(2025年11月15日)、埼玉県北葛飾郡杉戸町屏風にあるスケートパーク(スケボーパーク・スケパー)「屏風スケートボードエリア」を訪れました。

/屏風スケートボードエリア(杉戸スケートパーク・スケボーパーク・スケパー)

長くアールが続くエリア。
サーフスケートで斜面を楽しんだり、ミニランプとして練習したりできる。

ボウル/屏風スケートボードエリア(杉戸スケートパーク・スケボーパーク・スケパー)

奥がボウルになっている。

/屏風スケートボードエリア(杉戸スケートパーク・スケボーパーク・スケパー)

アールの外側にも、長く続くゆるめのアール面がある。
ここもサーフスケートを楽しんだり、コーピングの技(トリック)の練習にも最適。
サーファーの私には、波にしか見えませんでした(笑)

/屏風スケートボードエリア(杉戸スケートパーク・スケボーパーク・スケパー)

とても広いフラットエリア。
オーリーの練習をしたり、自由に滑ることができる。

レールや縁石/屏風スケートボードエリア(杉戸スケートパーク・スケボーパーク・スケパー)

レールや縁石も置かれているので、スライドなどの練習もできる。

ライディング動画

今回、新しいデッキテープ(蓄光クリアタイプ)の試乗で本パークを訪れました。サーフィンのイメトレのスラロームライドですが、よろしければご覧ください。

閉場時間の17時ギリギリ、薄暗くなるのを待っての撮影。
蓄光の輝度グレードは、最上級の「JDグレード」と最も明るい超高輝度タイプで長時間発光、もう少し暗くなるともっと光るのだが、時間が足りませんでした、ちょっと残念。
蓄光クリアデッキテープにご興味ある方、ぜひご連絡ください♪ サーフィン用もあります!

■アマゾンで「スケートボード」を検索する。

まとめ

とても広いスケートパークで、ゆったりスケボー(スケートボード)を楽しむことができる。どのセクションも広くばらけているので、誰の邪魔をすることもなく練習に没頭できると思う。特に、私のようにサーフィンのイメトレ(イメージトレーニング)でスケボーを楽しむような方には、とても重宝するパークだと感じました。

屏風スケートボードエリア
埼玉県北葛飾郡杉戸町屏風
開場時間:8:30~17:00(※雨天禁止)
入場無料(2025年11月現在)


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千葉県市川市「石乃湯(いしのゆ)」-銭湯めぐり・昭和レトロ

仕事繋がりでもあり、銭湯仲間のINOUE氏(レトロ古銭湯フリーク)が、写真を送ってくれたので紹介したい。千葉県市川市国分にある銭湯「石乃湯(いしのゆ)」(千葉県市川市国分2丁目2−21)です。

昨日は市川市にある石乃湯に行ってきました。
銭湯では珍しく広い駐車場があり、今でもお湯を薪で沸かしているので山積みの薪が見れます。
浴室は綺麗で広い通常の湯と狭い薬湯。
お湯は丁度良い温度でした。

INOUE氏より

調べると、2023年の映画『アンダーカレント』のロケ地にも使用された銭湯とのこと。薪で沸かした昭和を感じられる昔ながらの銭湯、いいですね。

INOUE氏は、古い銭湯が好きなだけではなく、古い日本の靴も大好きで収集している古靴コレクターなのだ。革靴好き必見!同氏のインスタグラム→@japan_shoes_1870

石乃湯(いしのゆ)
千葉県市川市国分2丁目2−21


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銭湯「滝野川 稲荷湯(たきのがわ いなりゆ)」へ。裏の長屋で毎週木曜日に営業されている「かようびのおいなりさん」のご紹介。

昨日2025年9月4日(木)、仕事で近くに行く用事があり、滝野川「稲荷湯」(東京都北区滝野川6丁目27−14)へ。
本銭湯は、映画『テルマエ・ロマエ』の撮影場所にも使用された、昭和の佇まいが色濃く残る老舗で、昭和5年(1930年)築(それ以前は駒込で営業されていたとのこと)。先の大戦でも焼けずに残り、国の登録有形文化財(建造物)に指定されている。

滝野川「稲荷湯」
滝野川「稲荷湯」入り口

ここは、ぬる湯、普通、あつ湯があり、あつ湯はかなり熱い。
私は熱いお湯が好きなので、あつ湯によく入っている。私が知っている銭湯の中で今のところNo1の熱さ!なので気に入っている。いつも帰宅するまで体が冷めない(笑)

銭湯絵師中島盛夫氏による富士山の壁画(「ナカジマ」サインの絵)
(中島盛夫氏による富士山の壁画/写真は稲荷湯店主撮影)

立派な富士山の絵。「ナカジマ」サインのペンキ絵。
日本を代表する銭湯絵師、中島盛夫氏による富士山の壁画だ。(→中島盛夫 公式ホームページ
銭湯では浴室内の撮影は禁止されているため、
壁画の写真は、稲荷湯店主様より拝借させていただきました。感謝申し上げます。

滝野川「稲荷湯」長屋
滝野川「稲荷湯」入り口

銭湯裏(横)には、長屋を改装したこ洒落たお店がある。(→「稲荷湯長屋」インスタグラム
私はいつも風呂上りに立ち寄って、ここでビールなどを飲むことが多いのだが、昨日木曜日は「かようびのおいなりさん」という王子にあるお稲荷さん専門ショップが出店していた。(稲荷湯長屋では木曜のみ営業)ショップオーナーは私の古くからの友人なので、紹介したい。(→「かようびのおいなりさん」インスタグラム

かようびのおいなりさん-滝野川「稲荷湯」長屋
「かようびのおいなりさん」の看板

お店は、友人夫婦で営業されている。
長屋(木曜)以外は、月曜、火曜は王子で営業しているとのこと。(現在はすべて閉じて、稲荷湯近くの実店舗で営業中!)

かようびのおいなりさん、メニュー表-滝野川「稲荷湯」長屋
「かようびのおいなりさん」のメニュー

お稲荷さんと言えど、メニューが豊富で、どれも味には定評がある。
稲荷湯と長屋、ぜひ立ち寄ってみてください。

追記:「かようびのおいなりさん」は、2025年11月11日より実店舗で営業されます!

滝野川稲荷湯
東京都北区滝野川6丁目27−14


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YouTube番組「KARA×KARA 歌うまグランプリ 第1回 川崎編」に友人が出演しました。

高校の同級生(クラスメイト)が、音楽系YouTube番組に出演されたというので紹介したい。
番組は、八木亜希子さんが司会を務め、家庭用通信カラオケ「サウンドバーKARA×KARA」を使った出張式カラオケ大会を行い、街の“カラオケスター”を発掘する番組となっています。

動画:「KARA×KARA 歌うまグランプリ 第1回 川崎編」

友人の写真:

LunLun(るんるん)矢島留美子「KARA×KARA 歌うまグランプリ 第1回 川崎編」
(※写真は動画より)

私の友人は、2番目に登場する矢島留美子氏。
普段、LunLun(るんるん)という名前で歌手活動をしています。
「LunLun(るんるん)」のX
「LunLun(るんるん)」YouTobeチャンネル

歌の上手さはもちろん、迫力ある声量が特徴的です。よかったら応援してみてください♪


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スポーツトレーナーの友人が絵本を描いた 。「ほどよいマッチョになりたいんだ」(くるみ出版)上野 央(ウエノ ナカバ)著

高校の同級生(クラスメイト)で、同じラグビー部(私は1年だけ)だった友人が、ちょっと面白そうな絵本を作ったので紹介したい。

友人は、高校ではラグビー部、大学ではアメフト選手として活躍(日本一を経験)した後、就職先で社会人ラグビー選手を経て、現在は理学療法士としてフリーのパーソナルトレーナーをしています。
ある日、絵本作ろうと思ってるんだけど見てほしいと、私のもとに相談に来てくれた。喫茶店で内容を聞いて面白いと感じたが、登場人物が実際の高校のクラスメイトをモデルにしていた感じが、私個人的には面白い点だった(笑)

「ほどよいマッチョになりたいんだ」(くるみ出版)-上野 央(ウエノ ナカバ)著
「ほどよいマッチョになりたいんだ」(くるみ出版)/上野 央(ウエノ ナカバ)著

絵本の内容は、
スマホゲーム好きの冴えない小学生が、あるトレーナーの出会いから少しずつ努力するようになり、ほどよいマッチョになっていくというストーリー。実際に友人(著者)の息子さんの意見も参考にしたリアルな内容で、絵もストーリーも本人がオリジナルで描いたというから驚きでした。

ご興味ある方、Kindle版で価格もお手頃なので、ぜひ読んでみてください。(→Amazonで購入する



Nobuyuki Oshima(大嶋 信之)
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UFO?不思議な光を見た-2025年7月28日東京都板橋区上空(20時15分ごろ)

2025年7月28日(月)、板橋区上空で不思議な光を目撃したので、記録のために記事にしておきます。

上の写真は、加工ソフトで作ったイメージ写真です。
星だと思って見上げていたら、突然消えてしまったので、「え?え?」ってなってカメラに収めることができませんでした。

後から撮影した実際の写真です。
丸で囲った部分に、目立つ星があります。(後から調べた結果、こと座のα星で一等星の「ベガ」だと思われます。)

拡大写真です。
カメラのせいか、四角いのですが。

<ここからは、復元イメージです>

場所は板橋区前野町5丁目付近、時刻は20時15分、ジョギングをしていてふと頭上の空を見上げたところ、ずいぶん明るい星だなと思い、立ち止まって見ることにしました。

二つの星が並んで輝いていました。
北向きに立って、ほぼ真上に向かって見上げている状態です。
上下に二つの星が並んでおり、上(南側)に位置する星の方が、少し明るめでした。
最近、UFOをカメラに収めようと、コンパクトデジカメを常に携帯しているのですが、まさかその星(光)が消えるだなんて思ってもみなかったので、カメラはスタンバイしてませんでした。

すると、突然明るい方の上の星の一瞬光が強くなりました。

強く光った次の瞬間、少し薄くなりました。
「え?」となりました。

そして、そのまま徐々に薄くなっていくのです。
「ま、まさか・・」と思いました。今からカメラの準備は無理です。

みるみる薄くなり、消えてしまいました。

上の明かるかった星は完全に消えて、下の一つの星だけになってしまったのです。
その後、何度見ても消えてなくなっている。二つ並んでいた星が一つになってしまった。
その後ジョギング中、何度もその星を見上げましたが、そのままでした。
もちろん、飛行機やヘリコプターの音は聞こえませんでした。

<復元イメージはここまで>

検証1:飛行機の可能性
夕刻~夜間、飛行機が着陸時に点灯させるランディングライトを、遠くから手前に向かってくる飛行機を見た場合、飛行機の進行方向がずれると、光が急に消えるように見える現象があります。筆者も何度も見たことがあります。ただ、それは遠くの飛行機が正面を向いているときに見えるものであって、頭上で見えるものではありません。
飛行機が頭上を通過する場合は、音を立てながら動いていますし、翼の点滅等が見えるので、明らかに飛行機だとわかります。

検証2:ヘリコプターの可能性
ヘリコプターが地上に向けて光を照射していることがあります。ただ、その場合ヘリコプターの音はしますし、多少でも動いていると思いますので、明らかに違いました。一切音はしてなかったです。

検証3:人工衛星の可能性
この可能性が一番高いと思います。時間的にも7月28日の板橋区の日没時間は18時50分、日没から1時間25分、人工衛星が太陽光を反射する時間内だと思います。現に、その後、近くの公園でしばらく空を眺めていると、人工衛星を見つけることができました。ただ、筆者は今まで何回も人工衛星を見たことがありますが、人工衛星の特徴は一直線に動くというところです。
同じ場所で星のように輝いていて、一瞬強く光って、薄くなりながら消えていく発光体は、今まで見たことがありませんでした。

検証4:流れ星の可能性
もし、私のいた付近の頭上90度(直角)に近い角度で落ちてきた隕石(流れ星)があったなら、そういった光り方になるでしょう。
一瞬光が強くなって、徐々に消えていくのも納得できます。

翌朝、なんとも納得がいかず、星座早見盤を引っぱり出して、当時の空を調べました。

日時を合わせ、北向きに見上げ、頭上(天頂)より少し北西、東京の空で明るく見えるのは一等星なので、その星はおそらく「ベガ」です。

この辺りに、星のように輝く何ものかが見えたことになります。
ベガのやや南側で、ベガと天頂の間くらいでした。

以上ですが、同じようなものを見たという方がいらっしゃいましたら、ご連絡またはコメントいただけると大変嬉しいです。


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レジンアートとアクセサリー製作(友人の作品)

古くからの友人が、レジンアート製作とレジンアクセサリー作りを始めたというので、紹介したい。
レジンアートは、レジンと絵の具を使ったアートで、レジンのUV光などで硬化する特徴を利用した、平面的な絵画アートと比べ立体的なアートだ。

レジンアート

波打ち際に押し寄せる波の特徴をとてもよく表現できている。
波を描写するには、レジンアートが最適かもしれない。
波の気泡などは絵画で表現するのは難しい。
しかも絵画にはない立体感がとても良い点だ。

ドライヤーのような送風機を使って、白波の様子を描いていく。
筆では表現し難い、波の泡など白波の様子を表現することができる。


レジンアクセサリー

キーホルダー

レジンを使ったアクセサリー(写真はキーホルダー)。
とてもよくできている。
砂浜と海の感じが、VeryGoodだ。サーフボードとウミカメもかわいい!

ティッシュケース

砂浜に打ち寄せる波の様子が、とてもよく表現できている。
海の色もブルー(深いところ)からエメラルドグリーン(浅瀬)へのグラデーションで、リゾートチックな綺麗な海の様子がわかる。

砂浜に装飾された貝殻がかわいい。

私も、レジンアートに似た技法で波などを描写できる、「フルイドアート」というものにチャレンジしたいと思い、数年前に道具を買い揃えたのだが、まだ手を付けていない(笑)近いうち、絶対に挑戦したいと思いました。

→Amazonで「レジンアート」、「フルイドアート」の道具を見てみる。


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