銭湯「寿湯」(板橋区上板橋)で見つけた詩(田村隆一作)

よく行く銭湯(板橋区上板橋にある「寿湯」)で見つけた、詩。
こういうの好きだな。

銭湯をテーマにした詩/田村隆一
(銭湯をテーマにした詩/田村隆一)

 銭湯(せんとう)すたれば 人情もすたる
銭湯を知らない子供たちに
集団生活のルールとマナーを教えよ
自宅にふろありといえども
そのポリぶろは親子のしゃべり合う場にあらず、ただ体を洗うだけ。
タオルのしぼり方、体を洗う順序など、基本的ルールはだれが教えるのか。
われは、わがルーツをもとめて銭湯へ

詩人 田村隆一

調べると、田村隆一氏(1998年没)は、東京府北豊島郡巣鴨村(現在の東京都豊島区南大塚)出身の詩人。(Wikipedia>田村隆一

田村隆一氏の著書

私も、田村氏の出身地に比較的近い豊島区西巣鴨出身なのだが、幼少期に祖父と行った近所の銭湯がルーツで、銭湯が好きになった一面もある。銭湯には、現代には薄れてしまった人とのふれあいの良さが昔のまま残っている。

「花王石鹸」の昭和レトロなイラスト広告のうちわ
(「花王石鹸」のイラスト広告のうちわ)

脱衣所の休憩所に置かれたうちわ。
「花王石鹸」の昭和レトロな広告だが、見ると130年記念のもののようだ。
風情がある。

寿湯(ことぶきゆ)
東京都板橋区上板橋1-21-4



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カルガモ(軽鴨)の親子

先日、ある公園の池で見つけた、カルガモの親子。こども(雛)たちは、親の周りで遊んだり、水中をつついたり、愛らしい姿でした。

カルガモの親子 (C)NOB
カルガモの親子 (C)NOB

カルガモ(軽鴨)は、鳥綱カモ目カモ科マガモ属に分類される鳥類で、植物やタニシなどを食べる雑食なのだそうです。日本では本州以南に生息し、渡り鳥ではなく、季節に応じて移動する(冬季に南下する)程度らしいです。数年前、皇居のお堀に住むカルガモの親子が池を引っ越す(池から池に移動する)姿を、メディアが取り上げブームとなったことがあります。

池を泳ぐカルガモの親子 (C)NOB
カルガモの親子 (C)NOB

軽鴨(かるがも)という名の由来は、日本辞典によれば、万葉集に詠まれた「軽の池(かるのいけ)の鴨(※)」の「軽(カル)」に由来する説、「浮かぶ」が転じた説、「黒鴨(クロガモ)」が転訛した説、夏も残っている唯一のカモ「夏留鴨(カルガモ)」の意とする説などがあるそうです。

(※)万葉集で読まれた「軽の池(かるのいけ)の鴨」とは、万葉集390「紀皇女(きのひめみこ)」

軽の池の 浦廻行き廻る 鴨すらに 玉藻の上に ひとり寝なくに
(かるのいけの うらみゆきみる かもすらに たまものうへに ひとりねなくに)

意味としては、
「軽の池の岸辺を泳ぎまわる鴨ですら、藻の上で独り寝などしないのに、自分はこうしてひとり寝することか。」
と、一人寝の寂しさを詠ったものです。
軽の池(かるのいけ)とは、以前、奈良県橿原市大軽あたりにあった人工池のこと。



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信楽狸の八相縁起・八相縁喜(しがらきたぬきのはっそうえんぎ)、狸相八訓(たぬきそうはちくん)/信楽焼(しがらきやき)の狸(タヌキ)の置物(信楽狸たぬき)の縁起話

狸(たぬき)の置物-信楽狸
狸(たぬき)の置物

食事処や呑み処へ行くとよく目にする、狸(たぬき)の置物(焼き物)。滋賀県甲賀市信楽を中心に作られる伝統陶磁器である「信楽焼(しがらきやき)」による置物だ。実はこのたぬきの置物には、8つの縁起の意味があったことを知った。八相縁起(はっそうえんぎ)、八相縁喜とも呼ぶらしい。以下に解説したい。

信楽狸の八相縁起の解説イラスト
信楽狸の八相縁起

(※上の図は高槻新士さんのイラストを元に加工させていただきました。)

1、笠(かさ)
思いがけない悪事災難から身を守るために、普段から準備しておこう。

2、大きな目
周囲を見渡し、正しい判断ができるように。気配りも肝心。

3、笑顔
いつも笑顔を忘れず、お互い愛想よく。

4、大きなお腹
冷静さと大胆さを持ちあわせよう。

5、大福帳(だいふくちょう)、通い帳(かよいちょう)
信用第一、世渡りに欠かせない帳面。信用を積もう。

6、金袋
金運を身につけよう。
肝っ玉すえて精進しよう。

7、太い尻尾
終わり良ければすべて良し。
何事も大きく太く、しっかりした終わり方をしよう。

8、お酒(徳利/とっくり)
人徳を身につけよう。

その他にも縁起が隠されていた!

たぬき→他抜き→他を抜く(たをぬく)、群を抜くことを意味する。
→「八」という漢字は、下に向かって末広がりだから縁起がいい漢字とされる。
→∞(無限) 書き始めから終わりまで切れてなく繋がっていて、縁起の良い数字とされる。

最近の以上ですが、これだけ身につければ商売繁盛しますね(^^)
福を招く縁起の良いタヌキ、私も心にしっかり叩きこもうと思いました!
また、後日「狸相八訓」というのも見つけた。

その他参考(以下、Kotobankより)

八相(はっそう)とは?

占い用語集によると、
全身の雰囲気から、その人を判断する方法。普段の癖や行動傾向、心の善し悪しが、相に大きく影響すると考えられている。八相には、「貴相」・「福相」・「威相」・「寿相」・「貧相」・「孤相」・「悪相」・「夭相」がある。

デジタル大辞泉によると、
釈迦八相(しゃかはっそう)のこと。釈迦八相とは、観相で、人相を分類した威・厚・清・古・孤・薄・悪・俗の八つの相。

【追記】

勝浦の寿司店の前

千葉県勝浦市のお寿司屋さんの前で見つけた立派な信楽狸(信楽焼のたぬき)
信楽狸の八相縁起

2022年8月、千葉県勝浦市のお寿司屋さんの前で見つけた立派な信楽狸(信楽焼のたぬき)。
(関連記事:勝浦旅行で見つけた信楽狸

有楽町駅の地下構内

有楽町駅「ぽん太の広場」-信楽狸
「ぽん太の広場」有楽町駅

有楽町駅地下構内で見つけた「ぽん太の広場」。
調べると、滋賀県の信楽と東京の有楽町が交差するスポットということで、有楽町駅地下コンコースの一角に信楽焼の代名詞ともいえるたぬきの置物(信楽狸)がずらりと並ぶ。(参考サイト:滋賀区>「ぽん太の広場」

可愛らしいたぬきの置物
信楽狸

可愛らしいたぬきの置物(信楽狸)。

「狸相八訓(たぬきそうはちくん)」

「狸相八訓」と書かれた立札もあった。

「狸相八訓」-信楽狸の八相縁起・八相縁喜
「狸相八訓」

一、破れ笠
下見て暮らしつつ時に天を覗き大志を抱け

二、通帳
几帳面で無駄遣いせず信用を大切に

三、八徳利  
何事も八分目とし徳と利を兼ねよ

四、太鼓腹

小事にこだわらず大膽に決断せよ

五、金袋
金の玉を大切に蓄えて自在に活かせよ

六、目
偏見なく何事も正しく見るべし

七、尻尾  
尾の如く先太りの大成をはかれ

八、丸裸  
飾らず偽らず邪心を去って明るく暮らせ



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人を呪わば穴二つ(ひとをのろわばあなふたつ)/ことわざ

相手を討った自分が誰かに討たれるの図 イラスト(大嶋信之)-人を呪わば穴二つ(ひとをのろわばあなふたつ)/ことわざ
相手を討った自分が誰かに討たれるの図 イラスト(C)NOB

他人を呪って殺そうとすれば、自分もその報いで殺されることになるので、墓穴が二つ必要になる。人を陥れようとすれば自分にも悪いことが起こるというたとえ。(デジタル大辞泉より)

面白いことわざだと思う。相手(人)を殺そうとすれば、自分も殺される。すなわち、人を恨めば自分もだれかに恨まれることになる。人生って、人に嫌なことをすれば、その分必ず自分に跳ね返ってくるんですね。(ドキっ!笑) 逆に、人に良いことをすれば、廻りに廻って自分に良いことが回ってくるんだと思う。よって、人生は人に良いと思われるようなことをし続けることが、結果として自分の人生を幸せにしてくれるということなんですね。(^^)

また、人生は人のせいや環境・モノのせいにしてもいけないと、よく言われます。
他人や環境・モノのせいにしていると、人は成長できない、いや成長しないどころか、創意工夫を忘れるし、愚痴っぽくなるしで、自分を蝕むことになりかねない。

「人のせいにせず、政治のせいにせず、森羅万象のせいにせず、前向きに意欲を持つ事。」
ソフトバンク創業者 孫正義氏の言葉だ。

森羅万象(しんらばんしょう)とは、「新明解四字熟語辞典」によると、
”天地間に存在する、数限りないすべてのもの(万物)や事象。「森羅」は樹木が限りなく茂り並ぶ意で、たくさん連なること。「万象」はすべての形あるもの、有形のものの意。「万象(ばんしょう)」は「ばんぞう」「まんぞう」とも読む。”とある。
キリスト教徒であるイエズス会の『日葡辞書(にっぽじしょ)』には、「御主デウス(神、創造主)森羅万象ヲツクリタマウ」と記されている。
ということは、宇宙を含んだこの世に存在するすべてのものという意味だ。

以上より、人生は、
「人を恨むな、何のせいにもできない、前向きに生きることが大事」ということか!



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コンラート・ツァハリアス・ローレンツ(Konrad Zacharias Lorenz/1903-1989年)

コンラッド・ローレンツとも表記される。オーストリアの動物行動学者で創始者。刷り込みの研究者で、近代動物行動学を確立した人物のひとりとして知られる。息子はトマス・ローレンツで物理学者。
「刷り込み」の研究には、実際の動物をつかった実験をもとに多くの成果を残した。また「幼児図式」といわれる、なぜ親が子供を可愛がり育てるのかという本能的要因の理論を確立した。

刷り込み(すりこみ)

ハイイロガンという鳥をつかった実験で、雛が誕生し親を認識する一定の法則を発見した。頭に刷り込むように親を認識し、一度刷り込むとほぼ一生消えない様から「刷り込み」と名付けられた。

幼児図式(ようじずしき)

ベビー図式とも呼ばれる。私たち人間を含む哺乳動物の親が、幼体を保護し養育したくなるのは、私たちの中に『可愛い』という感情や養護反応が解発されるため。その要因は幼児が持つ容貌の視覚刺激にあるというもの。

幼児図式の特徴を表した、コンラッド・ローレンツによるスケッチ
幼児図式の特徴を表した、コンラッド・ローレンツによるスケッチ

視覚刺激の特徴

・身体に比して大きな頭
・前に張り出た額をともなう高い上頭部
・顔の中央よりやや下に位置する大きな眼
・短くて太い四肢
・全体に丸みのある体型
・やわらかい体表面
・丸みをもつ豊頬

これら特徴により、親は子供を「可愛い」と認識し養育したくなる、ということだ。大きな頭に、おでこが広く出ていて、目が大きくて、手足が短く、体全体が丸々していて柔らかい・・・確かに、子供を持つ親なら誰もが納得でしょう(^^)私もそのとおりだと思います。また、これは子供に限った話ではなく、普段テレビや漫画で見るキャラクターの多くは、この幼児図式を取り入れているのがわかります。

著書

「ハイイロガンの動物行動学」「ソロモンの指環 動物行動学入門」「動物行動学」「ヒトと動物」「攻撃 悪の自然誌」「人イヌにあう」「人間性の解体」など多数。

コンラート・ローレンツの書籍をアマゾンで検索
Amazon>本>コンラート ローレンツ

【余談】
ローレンツとは関係ありませんが、「刷り込み」という現象は、鳥だけでなく一部の哺乳動物でも同じような実験結果がでたという話があります。それでは、人間(赤ちゃん)にも刷り込みはあるのでしょうか?私は多少でもあるのではないかと思っています。→赤ちゃんと刷り込み



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赤ちゃんと刷り込み

「刷り込み(すりこみ)」とは、動物の生活史のある時期に、特定の物事がごく短時間で覚え込まれ、それが長時間持続する学習現象の一種。イギリスの博物学者ダグラス・スポルディングで、後にドイツのオスカル・ハインロートが再発見した。ハインロートの弟子であるオーストリアのコンラート・ローレンツが研究を続け、彼の著書で大衆化した。著書にはハイイロガンという鳥の雛と、ガチョウの親鳥を使った実験が記されている。(Wikipedia>刷り込みより)

人間の赤ちゃんと鳥の雛の写真
(人間の赤ちゃんと鳥の雛)

ローレンツの著書により、鳥の雛が卵からふ化した直後に初めて見た動くものを親と認識する、という現象は周知の通りかと思います。
その後も、いろいろな方が同様の実験をし、同じような結果が出ているようです。
中には哺乳類のある動物でも同じ結果が得られたという話も。

<ここから先は、ブログ管理人である私の経験にもとづいた仮説です。>

この「刷り込み」という現象、人間の赤ちゃんにも当てはまるのではないだろうか・・。
仮に人間の赤ちゃんにも「刷り込み」という現象があるとするならば、生まれた直後の赤ちゃんを、お母さんが抱っこし、顔を合わせ微笑みかけ話しかけ、おっぱいを飲ませる。
できれば(いや必ず)お父さんも立ち会わせ、お母さんと同様抱っこし微笑みかけ話しかける。
生まれたばかりの赤ちゃんは目がまだ見えないとも言われているが、私が二人の息子の出産を間近で経験しましたが、赤ちゃんは目が見えない感じはなかった。少なくても電気の光や、近くのものは見えていそうでした。そして、人の顔をよく見ようとします。(声や匂いのする方向を向こうとしていたのかもしれません。) とにかく、生まれたばかりの赤ちゃん(息子二人)は、五感をフル活用し、すぐに自分の親を探し、親を認識しようとしていたように見えました。

まず長男の時の話・・・
私たち夫婦が出産に利用した病院は、母乳育児とカンガルーケア(生まれたばかりの赤ちゃんを裸のまま、母親が抱っこする)を推奨していましたが、私たちは深夜の時間外の出産になってしまったため、カンガルーケアはできず、生まれた赤ちゃんの体を助産師さんが一度シャワーで洗い、服を着せてから、母親に抱っこさせ、おっぱいをくわえさせました。最初はなかなかおっぱいは出てこなかったようですが、赤ちゃんがくわえて吸っていると、少しずつ出てくるようになったそうです。
ある程度おっぱいを飲むと、赤ちゃんは落ち着いて、安心したかようにママのお腹のうえで抱っこされていました。赤ちゃんが落ち着いたところで、パパも分娩室に入りましたが、初めての赤ちゃんだったので、落としてしまいそうで、怖くてうまく抱っこできませんでした。

次男の時の話・・
引っ越してしまったため、長男とは違う病院を利用しました。カンガルーケアは行なっておらず、特に母乳育児が推奨でもありませんでした。生まれた赤ちゃんは、助産師さんがシャワーで洗い、服を着せて、母親に抱っこさせました。「ママも疲れているし、ちょっと時間をおいて、ママが休んでからおっぱいをあげましょうね」と助産師さん。この時(出産後)、分娩室に入った私(パパ)は、ママのお腹のうえで抱っこされた、生まれたばかりの次男が、落ち着く気配もなく、あたふたと目をつぶったまま口をガオガオと動かしていることに気が付きました。「きっとママのおっぱいを探しているに違いない!」と私は思いました。そこで助産師さんに「もう、おっぱいをくわえさせていいか?」と聞きました。すると「ママが大丈夫ならいいですよ~」とのことでしたので、早速おっぱいをくわえさせました。次男は、すぐにおっぱいをくわえ吸い始めました。しばらくおっぱいくわえると、落ち着き始め、目を開き、周りを見始めました。「こんどは、自分の親を認識しようとしている!」と思い、ママとパパで交代で抱っこし声をかけ、笑いかけました。これを30分程度続けました。

私が「刷り込み」について考え始めたのは、長男が生まれた後でしたので、次男誕生の時は、刷り込みを意識し、出産直後私(パパ)も思いぞんぶん抱っこし、顔を近づけ声をかけ微笑みかけました。そのせいか、長男(5才)は断然ママっ子なのに対し、次男(1歳9ヶ月)はママとパパ両方にベタ甘えの子になっています。長男は、1歳前後の人見知り期から、男の人になかなかなつきませんでしたが、次男はまったくの逆で、男の人大好きという状態で成長しています。
(長男、次男で環境が違いますから、因果関係は「刷り込み」だけではないと思いますが・・・)

以上より、私が思ったことは、
「出産直後の赤ちゃんは、五感をフル活用して、自分の親を探し認識しようとしている。」ということです。目で見えなければ、匂い、匂いがわからなければ声、のように、五感を使ってです。これは、鳥の赤ちゃん(雛)の「刷り込み」にかなり近い現象と言えます。
ですから、この時(出生時)、両親の顔や声、匂い、ぬくもりをしっかり覚えさせることは、その後の赤ちゃんの発育にとって非常に重要なことなのではないかと私は思うのです。
生まれた直後の赤ちゃんは目もよく見えないですし、お腹の中から急に環境が変わるのですから、大きな不安の中にいると思います。この時、できるだけ早く安心させてあげることが重要だと思うのです。安心させられる一番はママです。できることならママに抱っこされおっぱいをくわることができれば赤ちゃんは安心します。そうしてあげる事だけで、安心し、泣き止み、落ち着き、もう甘えてくるのです。そして、ママのことををしっかり自分の母親だと認識した赤ちゃんは、きっとママの言うことを聞く子に育つと思うのです。同様に、この時、パパを”父親だ”としっかり認識させれば、将来パパの言うことも聞く子になると思うのです。結果、子育てもしやすくなるでしょう。

出産後、ママは疲れていて大変かと思います。また、すぐにはおっぱいが出ない場合もあると思います。それでも、生まれてあまり時間が経たないうちに、ママが抱っこし微笑みかけおっぱいをくわえさせるといいと思います。この時、赤ちゃんが五感をフルに使って得た感覚は、一生体に残るのではないかと思うからです。

池を泳ぐカモの親子
池を泳ぐカモの親子

動物の子供は、親に育てられているほんの数ヶ月の間に、生きていくのに必要なものをほとんどすべて吸収し、その学習と遺伝的に伝えられた本能で、 一生、生活していくそうです。

人間では「三つ子の魂百まで(みつごのたましいひゃくまで)」という言葉があります。
幼時の性格は、年をとっても変わらないということのたとえ。

これらは、動物も人も、出生後のほんの短い間に吸収するものごとが、どれだけ重要かという事を言っているのだと思います。

また余談ですが、私の経験上、赤ちゃんは生まれてからすべてを吸収し始めるのではなく、すでにお腹の中から学習していると強く思います。お腹の中にいる時の親の生活習慣などが、子供の性格に影響すると思うのです。長男の時は、初めての子でしたので、生活習慣も悪く、食べ物も栄養バランスがよくありませんでした。次男の時は、すでに長男がいたおかげで、子供に合わせ、かなり生活習慣が改善された妊婦生活をママは送ることができました。
現在の息子ふたりの性格は、落ち着きのない長男、まったり落ち着いた次男です。笑
この落ち着きの差は「安心」の差かもしれません。

出産後はもちろん、妊娠中からできるだけ規則正しい生活と食事を心がけ、両親が声掛けし、愛情を伝えることは、赤ちゃんの性格形成に影響することだと思うのです。
元気で愛情豊かな赤ちゃんを産むには、お母さんは無理をせず適度に休みながら穏やかに優しい気持ちで妊娠生活を送ることが重要なのではないかと思います。そのためにも、パパを含む周りの大人が妊娠中のママをサポートしなくてはなりません。



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午後(夕方/夜)に靴を履きおろす時のおまじない・・・。

先日、5才の息子と午後散歩に出るとき、夕方にもかかわらず気温が高く暑かったので、夏用に買っておいた息子のサンダル型シューズを新しく履きおろした。
日本では、「新しい靴は、朝・午前中に履きだすもので、午後や夕方・夜におろしてはいけない。」との迷信がある。午後に新品のまま履き下ろすと、転んだり災難が降りかかるかもしれない、というものだ。だから、今回は靴底にマジックペンで”×”(バツ/ばってん)と書いてから、息子に履かせた。こうすることで、新品ではなくなるらしい。

新しい靴の靴底をマジックペンで汚す
新しい靴底にマジックペンで×と書く

でも、この迷信はいったいなぜあるのだろう?
インターネットで調べたところ、
1、新しい靴は、人も神様も羨むものなので、新しい靴だとわからないために汚れをつける。
とか、
2、「亡くなった人は夜に新しい履物を履かせて玄関から出す」という習慣があったため、縁起が悪い。
といった理由があるようだ。

2の、「亡くなった・・・」は北枕(きたまくら)や一本箸(いっぽんばし)と同等の意味だろう。亡くなった人と同じことはしないほうが良いということだ。
これは靴で言えば、「新しい靴をおろす際、家の中で履いてそのまま脱がずに外へ出てはいけない」 という習慣がある。
新しい靴を家の中で履いた場合は、一度脱いで、玄関で履き直して外出しなくてはいけないというもの。

よっておそらくは、1の「人も神様も羨む・・・」という理由が正しいのではないかと私は推測する。
「新しい靴を汚す」という習慣は、日本独特の習慣らしいし、
日本はもともと下駄・ぞうり文化で、靴は西洋から入ってきた異文化だったはず。
(以下写真:日本で初めて革靴を履いたとされる坂本龍馬の写真。左の写真はの足元は短靴、右の写真ではブーツのような靴を履いている。「靴のパラダイス>紳士靴まるわかりガイド」より抜粋。)

革靴を履く坂本龍馬
革靴を履く坂本龍馬
(写真:「靴のパラダイス」より)

もしかすると、過去の日本では、新しい靴をおろすことで、周囲から羨まれ、災いを受けたという時代があったのかもしれない。
だから、新品に見えぬよう履き下ろす前にわざと汚してしまえ!という感じだったかもしれない。
その名残が、この迷信なのではないだろうか? あくまで推測ですが・・・。
それでは、なぜ午前ならよく、午後はダメなのだろうか?
それは、別の機会に追って調べてみようと思う。

どちらにせよ、迷信にすぎないので特に気にする必要はないと思うが、もしも子供が転んだり何かあったら嫌なので、これからも午後に靴をおろすときは、迷信どおり汚して(靴底を汚して)から履き下ろすことにします。(^^)

追記:
昔の路面は今みたいに良くなかったうえ、靴底も滑りやすかったため、新しい靴で夜道を歩く前に、転ばないように、わざと靴底に傷をつけて滑りにくくしたのかもしれない。参考は以下ページ。

午後(夕方や夜)に新しい靴をおろす時のおまじない。靴底(ソール)をわざと汚したり傷つける。

もうひとつ、先日(2025年6月18日)、YouTubeで見つけた、以下動画がわかりやすかった。
仏教には、「点浄(てんじょう)」という、僧侶が身に付ける袈裟(けさ)という布をおろす(新品で着始める)際、墨やペンで印を付ける(汚れを付ける)行為があるそうです。それは、その布を清浄なものとして区別し、袈裟としての使用を明確にするための儀式的な行為とのこと。汚れを付けることで、一つ気の流れを作り、悪い気が入ってきたらそれを祓って、良い気を循環させるという意味があるだそう。

「丸儲け住職 -ブッダの教えで人生好転-」YouTubeチャンネル
群馬県前橋市「天明時」鈴木 辨望(すずき べんもう)住職のお話。
(「点浄」については動画の4:50あたりから)

動画より一部抜粋(動画の5:18~):
(住職)
新しい靴をおろす時には、例えば、そこ(底)に名前をわざと書き入れるとか、あとは少し使用感を出させるというのは、古くの日本人が多くやっていた行為なんですよね。

(聞き手)
昔、サッカーをやっていた時に、おろしたての靴を踏まれて、「これでもう怪我しない」みたいな、そういう事言われた事がありましたね。

(住職)
これは、点浄(てんじょう)と同じ考え方で、あえて汚すという事がすごく大事なんですよね。



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「凡眼(ぼんがん)には見えず、心眼(しんがん)を開け。好機は常に眼前(がんぜん)にあり。」藤田 田(ふじた でん)

輸入雑貨販売店「藤田商店」、「日本マクドナルド」、「日本トイザらス」創業者・副会長、藤田 田氏の名言。

ウィキペディア>藤田 田
によれば、
”会社の便箋(びんせん)に印字し毎日眺めた彼自身による言葉。”
とある。
また、田(でん)という名前は、
”母親がキリスト教徒だった事から、「口」に「十字架」で、よい言葉を語るように、という意味で「田」という名前になったとされている。”
”「デンと発音して下さい」というフレーズでの自己紹介が有名であった。名刺や新聞広告などで自らが登場した際には、名前のところに「デンと発音して下さい」と必ず明記していた。”
とある。さすがだ。

凡眼(ぼんがん)とは、凡人の眼。平凡な眼識。
心眼(しんがん)とは、心の目によって目に見えない真実を見抜く力のことである。
好機(こうき)とは、物事をするのにちょうどよい機会。チャンス。
眼前(がんぜん)とは、目の前。ごく身近な所。まのあたり。目前(もく ぜん)。

「実際の目では見えない、だが心の目を開いて見れば、好機(商機やチャンス)はいつも目の前にあるものだ」
という意味になる。
心の目を鍛えるためには、視覚以外の感覚や、イメージする想像力、感受性に富んだ感性も磨かなくてはならない。また情報収集力も重要。
好機が見えたなら、それをとりのがしてはならない。「好機逸すべからず」だ。

以下、藤田田著の書籍。中でも「ユダヤの商法」は、ソフトバンク創立者の孫正義氏がまだ高校生の時、読んで強く感銘を受け、面識もない藤田氏に会いに行った話は有名。孫氏は藤田氏に「これからの時代はコンピューターだ」と助言を受けたとされる。
Amazon>本>藤田田



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