お稲荷様(お稲荷さん)・稲荷神(いなりのかみ)は宇宙人?

お稲荷様(お稲荷さん)

私は最近、宇宙人とお稲荷様には、深い関係があるのではないかと思ってきた。
そのきっかけについてお話ししたい。

はじめに
 ・お稲荷様(お稲荷さん)とは
お稲荷様と宇宙人の関係
 ・ぶっち・ぎりお氏の動画
 ・「広大な宇宙ラジオ」さんの動画
 ・私の遭遇した宇宙人と類似事件との共通点
私のエピソード
 ・18歳から5年間務めた会社
 ・銭湯「稲荷湯(いなりゆ)」
 ・きつね塚通り商店街
 ・公園でのUFO撮影
 ・その他のエピソード
お稲荷さんにまつわる動画
その他の関連情報
まとめ

(文/大嶋 信之)


はじめに

お稲荷様(お稲荷さん)とは?

お稲荷様(お稲荷さん)とは、稲荷神(いなりのかみ)を指し、五穀豊穣や商売繁盛、家内安全など生活全般を守る神様。本来は穀物(稲)の神様だが、その使いとされる狐(キツネ)が、神使(しんし)として広く信仰されている。稲荷神社の数は、全国に約3万社以上とされ、日本で最も多い神社のひとつ。総本宮(そうほんぐう)は京都の伏見稲荷大社。


お稲荷様と宇宙人の関係

ぶっち・ぎりお氏の動画

私が、お稲荷様と宇宙人の関係について考察したいと考えるようになったきっかけは、私が以前出演したYouTube番組のチャンネル「デイトナインターナショナル公式」に、先日出演されていた、京都のカフェ店主で作家のぶっち・ぎりお氏の以下の動画を観たことだ。

ぶっち氏は、この動画の前に自身が体験したUFO宇宙人体験を語った動画も配信されている。(→ぶっちぎりお氏の動画2

【霊能者】「見えないものが視える人」が本気で薦める「伏見稲荷大社の謎の力」

本動画の中でぶっち氏は、以前見たUFOはお稲荷さん(が姿を現したもの)だった、とか、若いころから自身が経験した不思議体験のほとんどが、今になってお稲荷さんの仕業だったことが分かったと語っている。
私も若いころから、お稲荷様に何かとご縁を感じていたので、共感する部分が多かった。
また、ぶっち氏の経営するカフェは、なんと全国の稲荷神社の総本宮である伏見稲荷大社の表参道前!ということから信憑性を感じざる得ない。また、ぶっち氏は自身の不思議体験を綴った本(書籍)「伊奈利CAFE物語: 神様と白狐と前世の記憶」を出版している。非常に興味深い内容だ。

「広大な宇宙ラジオ」さんの動画

次に見た動画で、私の気持ちは確信に近いものに変わった。
私が以前電話出演したYouTube番組のチャンネル「愛宇宙博」さんに、以前出演されていた、広大な宇宙ラジオさんの以下の動画だ。

緊急生電話!未だ誰も知らない「稲荷」の正体がヤバすぎた…【広大な宇宙ラジオさん】

動画内で、広大な宇宙ラジオさんは「稲荷はキツネじゃなく宇宙人、というか地底人」と語っている。古くから人類に関わっているのだそう。

この二つの動画を観て、私は自身の体験も含め、なるほどと納得してしまう部分が多かった。
そして、極めつけは以下だ。

私の遭遇した宇宙人と類似事件との共通点

まず、私が1982年に遭遇した宇宙人はこちら

私が1982年ごろに茨城県水戸市(姫子)で遭遇した宇宙人の絵画-Nobuyuki Oshima(大嶋信之)
(イラストは2025年5月YouTube出演にあたり、改めて描き直したもの。)

身長は120cmくらいと低く、頭が大きく、目も大きい、特徴的なのは耳で、大きく上に尖っていた。手足は異様に細かった。(詳細:私が見た宇宙人

埼玉県毛呂山町で起きたUFO誘拐事件(1981年)の宇宙人

先日(2025年12月12日)、山口敏太郎のATLASラジオに電話出演した流れで、山口敏太郎祭り(2025年12月27日)に参加した際、会場で知り合った怪談師のレムリアmanaさんから「大嶋さんの宇宙人によく似ているから観てみて!」と教えてもらった動画。

動画:「埼玉県でUFOに拉致され催眠術で記憶回復」(日本テレビ/1981年11月深夜放映)
前編
本編

この事件は、1981年埼玉県毛呂山町で畑仕事をしていた男性が、UFOを至近距離で目撃した事件。
UFOを目撃した男性に退行催眠をかけたところ、UFOに攫われていたことが判明し、目撃した宇宙人を思い出すといった内容の番組。
私の遭遇体験(1982年)と年代が非常に近く(1981年)、宇宙人の容姿も背が小さく、耳が大きいというところなどが似ているだけでなく、本人もUFOを見て眠くなって寝てしまったというところも似ていたことに驚いた。
しかし、この宇宙人は、犬っぽいというかキツネっぽいのだ。
宇宙人の容姿は、身長70cmくらい、二足歩行、手の指が二本、大きな耳(犬のように尖っている)、大きな目、鼻はなし、毛は生えていない、骸骨のよう、何かナイロンのようなウェットスーツを着ていた。

埼玉県起きたUFO誘拐事件(1981年)の宇宙人のイラスト
(退行催眠によって描かれた宇宙人の姿/画像は本編動画より)

UFO遭遇者が、退行催眠によってUFOに誘拐(アブダクション)されたことを思い出し、描いた宇宙人の姿。当事者は、退行催眠中「殺される!」と恐怖心をにじませていた。

琵琶湖大橋で起きたUFO誘拐事件(1977年)の宇宙人

次の動画は、琵琶湖大橋で起きたUFO遭遇事件。
1977年1月3日、4人のスタントマンたちが、車で琵琶湖大橋を渡ろうとしたときに、UFOに遭遇。スタッフ全員に記憶に空白があることから、当事者の一人に退行催眠をかけて当時の記憶を呼び戻す内容の番組となっている。

動画:「11PM 矢追純一UFO取材 琵琶湖でUFOに拉致催眠術で記憶呼び戻す」(日本テレビ/1983年11月 深夜放映)
前編
後編

後編動画では、退行催眠によって宇宙人の容姿が思い出される。
身長120cmくらい、頭は大きく、大きな目(目の玉がない)、耳が大きく尖っているところが、私の見た宇宙人に似ている。指が二本というところが、毛呂山町の事件と似ている。

琵琶湖で起きたUFO誘拐事件(1977年)の宇宙人のイラスト
(画像は後編動画の34:15あたりから)
琵琶湖で起きたUFO誘拐事件(1977年)の宇宙人のイラスト2

退行催眠にかかった遭遇者が、宇宙人の姿を思い出しながら描いているとき、「口元がモコッとしている」と何度か言っているところが、非常に興味深かった。
犬っぽいというか、キツネっぽいというか、お稲荷様そのものだと思ってしまった。

しかも琵琶湖大橋は、全国の稲荷神社の総本宮、伏見稲荷大社のすぐ近くだ。また、冒頭のぶっちぎりお氏の不思議体験も伏見稲荷大社(お稲荷様)と大きく関わっている。これらは関連があると感じざる得ない。今後もリサーチを続けたい。


私のエピソード

私とお稲荷様との不思議なご縁や、その他のエピソードを紹介したい。
私は、豊島区西巣鴨で生まれ育ち、のち北大塚へ引っ越し、現在は板橋区に住んでいる。
たが、1997年(19歳の時)初めて就職した北区滝野川6丁目に不思議なご縁を感じていた。そこに、お稲荷様が関係していると今になって気づいたのだ。

19歳から5年間務めた会社(1997~2002年)

私は、高校時代どっぷりサーフィンにハマってしまい、高校卒業後サーフィンとバイトといった生活を約1年間過ごした。後半には、千葉県九十九里沿いのホテルに短期だが住み込みバイトをし、そのバイト代を元手に運転免許を静岡県御前崎市の合宿で取得した。両方ともサーフボードを持参して、バイトの合間にサーフィン、免許の講習の合間にサーフィンといった具合だった。
(サーフィン関連記事:【不思議体験】17歳のとき阿字ヶ浦へサーフィンに行った時に親子の何かを感じた日私が描いたサーフィンや海の絵画

そして東京に戻り、地元のある会社に就職した。
当時、私はサーフショップで働きたいと思っていたところ、家からほど近い場所(北区滝野川6丁目)にスケボー(スケートボード)を飾ってる会社を発見。入り口に「バイト募集」と貼り紙してあったので、飛び込んだ。

その会社は、サーフィンやスケボーショップではなく、ジェットスキー(水上バイク)のパーツをアメリカから輸入して全国のジェットショップに卸している小さな商社だった。
「仕入れ元のアメリカ(サンディエゴ)へ年1回は行くよ。」と社長。サーファーの私は「(サーフィンの本場の)西海岸に年1回行けるなら面白そう。」と思い、すぐに「ここで働きたい。」となった。バイト期間1カ月を経て正社員として雇用された。

そして、5年間のあいだで4回、ロサンゼルス~サンディエゴ(カリフォルニア州)、ジェットスキーの年一の世界戦を行うレイクハバス(アリゾナ州)に行くことができた。サーフィン好きの私のために社長の計らいで、道中にカリフォルニア州「オーシャンサイド」というサーファーにとっては魅力的な町に寄ってレンタルボードでサーフィンさせてくれたり、「ハンティントンビーチ」という世界サーフィン大会のメッカの海岸に観光で立ち寄ってくれたりもした。社長には感謝でしかない。
レイクハバス(アリゾナ州)への道は、拠点のサンディエゴ(カリフォルニア州)から砂漠の中を車でひたすら走っていくのだが、ついでにラスベガス(ネバダ州)に一泊したり、フェニックス(アリゾナ州)で一泊してグランドキャニオン(アリゾナ州)を観光したりした。今考えると、UFOで有名な「エリア51」のあるネバダ州や、「フェニックスの光」でも有名な町にも立ち寄った貴重な体験であった。そういえば、一度だけ夜中の3時に不思議な飛行体を見たこともあった。(当時社長には報告した。)

そんな会社のあった場所のすぐ近くに「きつね塚通り商店街」という商店街があった。偶然にもそのきつね塚通り商店街内に親戚の営むお煎餅屋さんもあった。当時は、そこまで気にも留めていなかったが、今になってその場所周辺が、自分にとってなぜか縁があることに気づいた。

銭湯「稲荷湯(いなりゆ)」

きつね塚通り商店街のある地区内(滝野川6丁目)にある銭湯。国の登録有形文化財(建造物)に指定されている。

以前の会社を辞め、月日は20年近く経過したある日、その会社近くに住む叔父と話していたところ、銭湯好きの私に「あそこの稲荷湯さん(きつね塚商店街と同じ地区にある)に一度行ってみるといいよ。」と勧められた。私が「古い銭湯で、熱いお湯が好き。」と言ったからだ。「お湯はすごく熱いよ。」と叔父。私は、今住んでいる板橋区内の銭湯はほぼモーラしていたが、稲荷湯は以前から知っていたものの一度も行ったことがなかった。
後日、さっそく稲荷湯へ。叔父の言う通り、稲荷湯は古い宮造りの建物のままで情緒があり、お湯(数ある浴槽のうち「熱湯」)は私の銭湯の中で一番熱く、今でも私のお気に入りの銭湯の一つなのだが、ここで私にとっては驚きの偶然が起こる。しかも、初めて行った日から!

以前勤めていた会社の社長との再会

初めて稲荷湯へ行った日のこと。
脱衣所で服を脱ぎ、浴室のカランの前に座り、浴槽に目をやると、なんと、5年務めた以前の会社の社長がお湯に浸かっているではないか!
会社を辞めて、はじめのうちは何回か会う機会はあったものの、10年以上は会っていないかった。「なんて偶然なんだ!」私はそう思い、社長に話しかけた。
そこで、久しぶりに会話を交わし、その後、一緒に飲みに行ったりして、今もゆるく交流を再開できたのである。当時の取引先のサンディエゴの社長とも帰国のタイミングに合わせ再会することができた。
そうだ、社長も昔から銭湯好きって言ってたのを思い出した。

友人Tとの再会

稲荷湯には、建物の脇の裏に”長屋(ながや)”という、昔の従業員を寝泊りさせていた部屋があり、そこを改装した古民家カフェのようなお店(スペース)があった。私が稲荷湯に行きだした当初、そのお店が完成してすぐだったこともあり、物珍しげに、お風呂上りにそこで一杯飲むのがルーティンになっていた。そのお店はイベントなどに貸し出ししたりしている。
そんなある日、いつも通り稲荷湯に行くと、入り口前に古くからの友人Tがいるではないか!10代後半~20代前半まで、一緒にサーフィンに行ったり、飲みに行ったり頻繁に遊んでいた仲の良い友人だった。お互い結婚して10数年会っていなかった。誰かと携帯で話しているところだったのが、その電話相手も同様の古い友人Hだった!その友人Hは、当時稲荷湯近く(実家)に住んでいたため、私が近くの会社で勤めていたころは、しょっちゅう会って、きつね塚通り商店街にあった中華屋や焼き鳥屋で頻繁に飲んだり遊んだりした。(関連記事:友人Hとの不思議体験「服同士のあいさつ」
友人Tは、稲荷湯にお風呂に入りに来ていたわけでなく、稲荷寿司の専門店をやっていて、たまたま長屋のお店をポップアップストアとして週一で間借りしていたところだった。
「稲荷湯で、お稲荷さん?」なんというご縁なんだと、思ってしまった。のち友人Tは、2025年11日11日、この稲荷湯近く(滝野川6丁目)にお稲荷専門店の実店舗を構えた。(→お稲荷さん専門店「かようびのおいなりさん」
このようなことがあって、私はこのきつね塚通り商店街周辺(滝野川6丁目)に何かと縁を感じざる得ないと感じるようになった。

2025年11月11日オープンした、お稲荷さん専門店「かようびのおいなりさん」
(2025年11月11日にオープンした、お稲荷さん専門店「かようびのおいなりさん」

きつね塚通り商店街

きつね塚通り商店街(北区滝野川6丁目)
きつね塚通り商店街(北区滝野川6丁目)

どこにでもあるような、地元の小さな商店街。
しかし、この名前、”きつね”が気になり調べてみると、やはり稲荷社が関係していた!
しかも二つ!
この商店街を抜けたところに、二つの稲荷社があることがわかった。
一つ目は「重吉稲荷神社(しげよしいなりじんじゃ)」、二つ目は「伏見稲荷大明神(ふしみいなりだいみょうじん)」、どうやらこの二つは、この土地の古い資料からすると夫婦塚らしい。(ご参考:古墳なう>東京都北区「狸塚(重吉稲荷神社)」

重吉稲荷神社(東京都北区滝野川6丁目76−1)
重吉稲荷神社(東京都北区滝野川6丁目76−1)
伏見稲荷大明神(東京都北区滝野川5丁目39)
伏見稲荷大明神(東京都北区滝野川5丁目39)

「重吉稲荷神社」は、もともと狸(タヌキ)塚があった場所に建てられ、「伏見稲荷大明神」にはもともと狐(キツネ)塚があった場所なのだそう。
ちなみに、きつね塚通り商店街の名前の由来は「伏見稲荷大明神」の方らしい。
今まで私は、その二つの稲荷社の存在自体も知らず、お参りしたこともなかったが、最近になって、その周辺に行くことがあれば参拝するようにしている。
それにしても、狐(キツネ)も狸(タヌキ)も、人を化かす動物の代表格なところが興味深い。

昨年(2025年)、たまたま高校の後輩Sが、きつね塚通り商店街内に飲み処(日本酒Bar)を出店した。(→日本酒バル「S16(シズクイロ)」)もともと、私の住まい(板橋区)の近くにお店があったが移転したかたちだ。

(日本酒バル「S16(シズクイロ)」)

ある日、稲荷湯の後にそのBarに立ち寄った日、偶然その近く(同じくきつね塚通り商店街内)にあるフランスのアート店「MAISON PETIT RENARD(メゾン プティ ルナール)」に高校同級生でクラスメイトTが仕事で来ていたことが判明。私も絵を描くので、そのお店は気になっていたが、店員さんやお客さんは外国人が多いため、お店に入るのをいつも躊躇していた。だが、後日その同級生Tにそのお店とフランス人の店長を紹介してもらった。(店長は日本語ペラペラなのでご安心を。)

(フランスのアート店「MAISON PETIT RENARD」)

このお店の名前「MAISON PETIT RENARD」はフランス語で、日本語では”小さなキツネの家”という意味なのだ。まさにきつね塚(稲荷社)にあやかったいい名前!と思ってしまった。

またその後、ひょんなご縁をいただき、その同級生Tとデュエットで、カラオケYouTubeに出演することになった。(→2026年1月16日『第4回 KARA×KARA 歌うまグランプリ』に出演しました。

その他、きつね通り商店街には、かつて私の親戚の営む煎餅屋があり、以前の会社勤めの時によく行って大好きだった「仙華(せんか)」という中華料理店があり、友人Hとしょちゅう飲みに通った「たぬき」という焼き鳥屋などがあった。(今気づいたが、「たぬき」の名前の由来は狸塚だった「重吉稲荷神社」に違いない。お店はもうないが、のれん分けした分店が少し離れた場所にあるので、今度行ったら確認してみようと思う。)特に、中華料理店「仙華」は大好きすぎて、会社勤めの時は、昼飯でしょっちゅう、夕食でしょっちゅう、お世話になった。最高一日3回(昼飯、夕飯、店出たら友人Hに偶然会ってしまい飲みにまた同店に戻る)行ったこともあるほど(笑)

ちなみに、稲荷湯のマスターに銭湯名の由来を聞くと、このきつね塚通り商店街の由来の「伏見稲荷大明神」ではなく、稲荷湯の横に違う稲荷社があったことが由来なのだそう。(現在、この稲荷社は敷地建物の建て直しのため、一時的に氏神様の神社に保管されているそうです。)この地区、どんだけお稲荷様と関係しているんだと、驚いてしまう。

公園でのUFO撮影

私が最近挑戦しているUFO撮影。
今まで、「多分、写真には収まらないだろう。」と、UFOの写真を撮ろうなんて思ってもみなかったが、昨年(2025年)5月に私の動画出演をきっかけに、同年7月に甲府UFO事件の遭遇体験者の山畠克博さんとお会いしてから、山畠さんに感化されて始めた。
山畠さんは、小学生のときのUFO宇宙人遭遇から、頻繁にUFOを目撃することが多くなり、多数を写真にも収めている。なので、「よし、私も挑戦てみよう!」となった。(→私のUFO写真撮影

前の会社に勤めていた時、昼食後の一服でしょっちゅう来ていた、稲荷湯からほど近い場所(滝野川6丁目)にある小さな公園があった。最近、稲荷湯に来るがてら、その場所で空に向けて写真を撮ると、高確率で何かわからないものが映ることがあった。
他の場所でもたくさん撮っているが、このような物体が映ることはないので、カメラの仕業ではないと思っている。
その写真を紹介したい。

■最初に撮った写真(2025年6月15日)

東京都北区滝野川上空のUFO写真(2025年6月15日)

緑色がかった丸い球体の横に、無数の小さな子機のような球体が輪っかを形成しているように見える。
詳細はこちら

■次に撮った写真(2025年9月5日)

東京都北区滝野川上空のUFO写真(2025年9月5日)

2機のUFOが高速で通り過ぎたよう。
詳細はこちら

■次に撮った写真(2025年11月1日)

東京都北区滝野川上空のUFO写真(2025年11月1日)

最初(2025年6月15日)の写真にそっくり。
詳細はこちら

興味深いことに、3枚ともどれも同じ場所に出現しているのだ。
「なんか、不思議だな。」そう思っていたところで、冒頭のぶっち氏の動画を観て、ピーンときてしまった。
動画内で、ぶっち氏が「自分にしか見えていなかった、若いころ見た、ものすごい速さで街中を移動する半透明の球体は、後から”お稲荷様が一度だけ姿を現したもの”だったことがわかった。」と言っているのを聴いて、「もしかして、あの公園でしか映らないあの不思議な物体は、お稲荷様なのかもしれない。」と私も思ってしまった。
今後もリサーチを続けたい。

その他のエピソード

大塚北口商栄会(2006年)

大塚北口商栄会のきつねのマスコットキャラクター

写真は、かつて私の父の店(靴屋)があった大塚北口商栄会の、”きつね”のキャラクター。
2006年、もともとあったキャラクターデザインを、私がイラストレーターで描き起こして、季節に合わせて何個かアレンジさせていただいた。(→私の制作実績
なぜ、大塚北口商栄会のマスコットキャラクターが”きつね”なのかというと、北大塚3丁目にある出世稲荷神社が由来なのだそう。奇遇にも、その北大塚3丁目内に今の私の実家がある。
実は、私が今住んでいる家(板橋区)の氏神様も、偶然にも稲荷神社なのだ。

氏神様のお稲荷さん
私の住まい(板橋区)の氏神様の神社のお稲荷さん

親戚Sのお父様のお稲荷信仰

私の親戚Sのお父様は、数十年前に仕事の関係から心の病で苦しんだ経験があった。家族で支え、今は何とか乗り越えたのだが、その時、心の安泰のきっかけとなったのが、なんとお稲荷さん信仰だったという。当時、心が不安定なSのお父様は、家を出て帰らなかったり、心療内科に入院したりした。
そんなある日、急にお稲荷さんを信仰するようになり、その日を境に人が変わったように落ち着きを取り戻し、今に至っているというのだ。当然、現在でもお稲荷さん信仰は続いている。
Sに何度も確認したが、新興宗教とか、何かの団体に属しているわけでもなく、単独で信仰しているという。
そのお父様はどうやって稲荷信仰に行きついたのか、何があったのか、Sが聞いても話さないという。非常に興味深いお話。


お稲荷さんにまつわる動画

その他、お稲荷さんにまつわる動画をご紹介したい。

【怖い話】伏見稲荷大社にまつわる不思議な話…失くした大切なものが…稲荷神の存在を確認【伊山亮吉】【ナナフシギ】

動画内で、怪談師の伊山亮吉氏が、お稲荷様の総本宮の伏見稲荷大社(京都)での不思議なエピソードを語っている。伊山氏は「お稲荷さんは絶対いる」と確信したという。

ぶっち ぎりお氏の動画2

【宇宙人】消えていた“UFOの記憶”が数十年後に突然よみがえった男

伏見稲荷大社の秘密。ご利益が出るお稲荷様の参拝方法!!


その他の関連情報

怪談師のレムリアmanaさんのお言葉

後日(2026年1月22日)、怪談師のレムリアmanaさんに「宇宙人とお稲荷様には、なにか深い関係があるのかもしれないので、今後調べたいと思う。」と伝えると、

お稲荷さんとの関連も、もしかしたらあるかも知れません。と言うのも、ある物理学者さんにお会いした際、神様として祀られている存在に宇宙人もいる、と話していたからです。

という、興味深い返答をいただいた。今後もリサーチを続けたい。


まとめ

日本では昔から「狐(キツネ)につままれる」とか「狐(キツネ)に化かされた」という言葉がある。キツネが人間を騙す、キツネに騙されたなどという意味だが、もしキツネがお稲荷様で、お稲荷様が宇宙人、というか地球人を昔からコントロールしている(文明の発展を仕向けている)高次元意識体であるとしたら、そのような伝承は迷信ではあるものの、あながち嘘ではなかった(本当にあった話だった)のではと思ってしまうのである。

そんなこんなで、私は「宇宙人とお稲荷様には、なにか深い関係があるのかもしれない。」と思うに至った次第だ。今後もリサーチを続けたい。



Nobuyuki Oshima(大嶋 信之)
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山口敏太郎祭りを訪れました。(at A・F・R Yokohama)

2025年12月27日(土)、オカルトイベント「山口敏太郎祭り」を訪れました。
会場は横浜・桜木町にあるA・F・R Yokohama(AFR横浜)で開催され、テレビやYouTubeでお馴染みの山口敏太郎さんほか、山口敏太郎タートルカンパニー所属の怪談師の方やタレントさんたち中心に、実話怪談などの持ちネタを披露またフリートークで、会場は終始賑わいを見せました。

オープニングの開催宣言-山口敏太郎祭り2025

オープニングの開催宣言。
写真左から、山口敏太郎さん、中沢健さん(UMA研究家)、幽玄姉妹さんお二人。
今回のステージは、学校の文化祭をイメージされたそう。

怪談師のレムリアmanaさん-山口敏太郎祭り2025

怪談師のレムリアmanaさん。(@lemuria.mana.room
得意の東南アジアの実話怪談をされた。ゾッとする内容でした。
後列は写真左より、桂子さん(@yoyohatamura)、近藤啓二さん(@ZePUNK)、線六本さん(@xianliuben)、福島のゴンベッサさん(写真が切れてしまい申し訳ないです。)も実話怪談を披露されました。どの怪談も非常に興味深い内容でした。

オカルトライターのおかゆうさん-山口敏太郎祭り2025

主に月刊ムーなどの記事を書いている、オカルトライターのおかゆうさん。(@o_ka_yu_u
今回は、1972年(昭和47年)9月に高知県高知市東部の介良地区で起きた謎のUFO事件「介良事件(けらじけん)」について、最新の独自の取材内容とともに自身の考察をお話ししてくれた。

介良事件(けらじけん)のUFOのイラスト-山口敏太郎祭り2025

介良事件で捕獲されたUFOのイラスト。
当時作られていた灰皿(実物も見せてくれた。)に似ているのだが、実は様々な証言から今でも謎は深まるばかりなのだ。

山口敏太郎さんと占い師のあーりんさん-山口敏太郎祭り2025

山口敏太郎さん(写真左/@bintarou.yamaguchi)と占い師のあーりんさん(写真右/@arinn110)のクロストーク。
あーりんさんの占いについての考え方や今後の抱負についてお話ししてくれた。

UMA研究家の中澤健(なかざわ たけし)さんとホラー映画監督で怪談家の住倉カオスさん-山口敏太郎祭り2025

UMA研究家の中沢健さん(写真左/@takeshigodzilla)と、ホラー映画監督で怪談家の住倉カオス(写真右/@sumikurakaoss)さん。
UMA(未確認生物)への情熱や、お二人でのテレビ出演のときの楽しいエピソードをお話ししてくれた。なお、中沢健さんの作った「ミニ図鑑:未確認生物 UMA図鑑」は現在マクドナルドの景品になっている!

株式会社カチモード代表の児玉和俊さん-山口敏太郎祭り2025

株式会社カチモード代表の児玉和俊さん。(@kachimode_kodama
事故物件のお化け調査専門会社ならではの、実際に体験した怖い話というか不思議な話をお話ししてくれた。
とてもリアルで聞き入ってしまった。

ファンキー中村さん-山口敏太郎祭り2025

ファンキー中村さん。(@ghost_contents_official
以前、怪談イベントのためにある地を訪れたときに体験した、怖く奇妙な体験談をお話ししてくれた。また山口敏太郎さんとの思い出話でも盛り上がった。
写真右は、現役高校体育教師で怪談師のうえまつそう(植松創/@uematsusou)さん。なんと、渋谷のモヤイ象の所有者とのこと!(調べたると、うえまつさんのご祖父さまが渋谷のモヤイ象を作ったとのこと。)これまた、興味深い怪談を披露されました。

出演されたタレントさん全員の記念撮影-山口敏太郎祭り2025

出演されたタレントさん全員の記念撮影。
写真には撮れていませんが、そのほか、奇談ライター穂積昭雪さん(@hodumiakiyuki)による怪奇事件談と脳トレクイズ、福島でUFOを目撃したというシンガーソングライター水木ノアさん(@mizukinoah)の歌唱、スピリチュアル鑑定士ちかみつさん(@chikamitsulab)のZOOM出演など、盛りだくさんの約5時間でした。
私は、ちかみつさんにZOOMで「宇宙人が今後大衆の前に現れる可能性は?」的な質問をしてみました。すると、ちかみつさんから「すでに接触しているし、なんなら人間の姿になってもう混じっている。だから、すでに現れている。」と興味深い返答をいただきました。

山口敏太郎さんと私(大嶋信之)-山口敏太郎祭り2025
(山口敏太郎さんと私)

イベント終了後に、山口敏太郎さんと記念撮影させていただきました。
つい先日、ATLASラジオに電話出演させていただいたのですが、初めてお会いすることができました!ありがとうございました。

山口敏太郎さんと私(大嶋信之)-山口敏太郎祭り2025
(中沢健さんと私)

UMA研究家の中沢健さんと記念撮影♪ありがとうございました。

児玉和俊さん(カチモード代表 )と私(大嶋信之)-山口敏太郎祭り2025
(カチモード児玉さんと私)

(株)カチモード代表 児玉和俊さんと記念撮影♪ありがとうございました。

A・F・R Yokohama
神奈川県横浜市中区花咲町1丁目38 ビル M2


追記:

後日(2025年1月15日)、山口敏太郎祭りに参加されていた、香川県の”オカルト好きなおじさん”による山口敏太郎祭りの感想メールの中で、私のことも少し紹介いただきました。ありがとうございます。

ATLAS:山口敏太郎祭りの率直な感想/ウォシュレット奇談

動画8:08~9:00、オカルトライターのおかゆうさん登壇時のエピソード内にて。

”オカルト好きなおじさん”さん、私のこと書いてくださりありがとうございます。
香川県からお越しになっていたのですね。またお会いすることがあれば、ぜひUFO話しましょう!



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私の子ども(長男)の胎内記憶

私の長男が3~4歳くらいのとき、よく言っていた生まれる前の記憶をお話したい。
そんな長男は、もう大学生になる。

(イラスト・文/大嶋信之)


次男が生まれ、休日になると私と長男二人で出かけることが多くなった。
生まれたばかりの次男と妻を家に残し、私たち二人は、当時長男の好きだった電車を見に行ったり、その電車に乗ってどこかの公園や商業施設に行ったりして遊んで夕方まで過ごした。帰りに二人で銭湯に寄って帰ることもしばしば。

小象の上に乗って山から降りてきたイラスト-私の子供(長男)の胎内記憶

そんな時、私は興味本位で「生まれるとき、どこから来たの?」とか、「生まれる前の記憶ってある?」といった質問を会話の中でしてみることがよくあった。
すると4歳の長男は、決まって「子どもの象さんに乗って山から降りてきた。親の象さんも一緒にいて、僕を降ろすと、象さん親子は山に帰っていった。」と答えていた。3歳くらいから同じことを言っていた記憶がある。
帰り道、近所の木々の生えた斜面を見ると、「あの山から降りてきたんよ。」と教えてくれることもあった。

山から降りたところで子象から降りて、象の親子は山へ帰っていったイラスト-私の子供(長男)の胎内記憶

山を下り、子象から降りると、親子の象は山に戻っていったそうだ。

長男(子ども)の生まれたイラスト

そして、ママから生まれたという。
なんとも不思議な話だ。
まあ、象は仏教やヒンドゥー教では、特に神聖な動物とされているので、そういうこともあるだろうなと思ってしまう。お釈迦様の母は、白象が胎内に入る夢を見た後、懐妊したという伝説もあるくらいだ。

象の親子の置物
象の親子の置物

当時、おもちゃ屋で見つけて思わず購入した、象の親子の置物。
長男と関係しているであろうと思い、15年経った現在でもリビングに飾っている。



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ある男性T(とっちゃん)さんの不思議体験談(心霊現象/UFO宇宙人アブダクション/シャドーマン)

ある男性T(とっちゃん)さんの不思議体験談

今月(2025年12月)の12日、私の宇宙人遭遇体験談で、オカルト界巨匠の山口敏太郎さんのYouTube番組「ATLASラジオ」に私が電話出演したのを聴いてくださり、ある男性Tさん(以下「とっちゃんさん」とする)から連絡をいただいた。

とっちゃんさんは、過去に二度ほど同じATLASラジオに電話出演しており、私の動画を観て共感いただき、連絡をくれたのであった。
連絡を取り合うと、偶然にも私の住まいの最寄り駅近くに1年前に越してきたと言うので、先日(2025年12月20日)、近くの喫茶店で会って話すことになった。

とっちゃんさんの不思議体験談のメモ書き
とっちゃんさんの話を聞いて取ったメモの一部

とっちゃんさんは、年齢は私より6歳上の1971年生まれの54歳、静岡県出身、理系の大学を出て、理系(科学技術系)のお仕事に就いてらっしゃって、とても真面目な印象の方だった。兄弟は、下に妹が二人いる。

胎内記憶(0~1歳)
寝ている間だけの別世界(0~4歳くらい)
UFOとの出会い(12歳、中学1年生、1983年ごろ)
宇宙人との交信と人体実験(13~15歳、中学1~3年生、1984~1986年)
 ・宇宙人による人体実験
 ・宇宙人との交信
宇宙人との別れ(15歳、中学3年生のおわり頃、1986年)
宇宙人からのメッセージとその後
シャドーマンと遭遇(18歳、高校3年生)
その他の話
 ・1歳の時の指輪飲み込み事件
 ・9歳(小学3年生)頃の不思議な声
 ・小学生の時の不思議な音
 ・大学教授から聞いた不思議な話
 ・地震予知
とっちゃんさんの出演動画
まとめ
番外

(イラスト・文/大嶋 信之)


胎内記憶(0~1歳)

「胎内記憶(0~1歳)」とっちゃんさんの話のメモ書き

とっちゃんさんの不思議体験の中で、特徴的な体験のひとつが胎内記憶だ。
動画でもお話しされているが、胎内記憶というよりは、生まれる前の世界の鮮明な記憶があると言う。

その記憶があるのに気がついたのは、なんと0~1歳の時というから驚いてしまう。
普通、その時期の記憶がある人は少ないと思う。
とっちゃんさんは、自分が生まれた病院に、出生後何度か連れていかれるうち、病院の壁にその病院の航空写真が飾ってあるのを見つけた。

その瞬間だった!
この空から見た病院の光景、見たことあるぞ。」と不思議な感覚に陥った。
なぜ見たことあるのか、記憶をたどると、芋づる式に、その光景を見るに至った記憶が蘇ってきたという。これが実に興味深い。

自分がなぜ、この写真の光景を見たことがあるのか頭を巡らすと、病院を上から見下ろすに至った記憶が蘇ってきた。
そうだ、自分は、雲の上にいたんだ。

胎内記憶の雲の上の世界

とっちゃんさんは、生まれる前に、雲の上の世界にいたという。
その雲は「パーソナルスペース」と呼ばれる一人一つの小さめの雲だった。キント雲のようなものだろうか。
隣にも同様の雲があり、その上に一人の人間(自分のような存在)がいた。
その世界は、明るくて、楽しいことのみの場所だった。

その場所を仕切っているのが、二人の老人だった。
二人とも白い衣服を着ていて、白い髭を生やし、杖を持っていて、旧約聖書の預言者モーゼのような風貌であった。

ある時、その二人の老人の元へ呼ばれた。
お前は、もう行く時期だ。
そう告げられると、前世の親戚たちのような方々がいる場所に挨拶しに行き、「とうとう、呼ばれてしまいました。」とその親戚たちに告げた。この世界では、肉体という概念がないため、「会いたい」と思った瞬間に、その人に会いに行けるらしい。これも興味深く、複数の臨死体験をされた彗星ハンターの木内鶴彦氏(故人)も、ある動画で同様のことを言っていた。臨死体験中は、「会いたい」と思った瞬間にその人の元へ移動できたという。

次に、老人の元へ再び戻ると、呼ばれた者たちで長い列ができていた。
みな、残念そうな暗い顔をしていたという。

モーゼのような風貌の老人二人の様子-胎内記憶の雲の上の世界

とうとう、自分の番がきた。
二人の老人は、それぞれ分厚い本を持っていて、バン!っと同時にページを開いた。
開いたページには、人の情報が書き込まれていて、
お前は、この人と、この人の間に生まれる子供だ!
と命令されたという。

すると、黒い門の前に移動し、門の扉が少しづつ開いた。
その門が完全に開くと、自分はその門を出て、雲から降りるように降下していった。

雲の上の世界から地球に落ちていく様子-胎内記憶

1週間くらい長い時間をかけて降りていくと、小さな地球が見えてきた。
地球がだんだん大きくなり、陸地も見えてきた。
そうして自分の生まれた病院が見えてくる。
ここだ!(航空写真は)この記憶だ!
そして、病院の中に降りて、間もなくして母親から生まれたという。

病院の壁になにげなく飾られた、病院の航空写真。
その写真を見た0~1歳のとちゃんさんが、このような体験の記憶を蘇らせるなんて、なんとも不思議で仕方がない。
ただ、先日友人Mの不思議体験談を聞いていて、共通点だなと思ったのが、不思議体験をされる方は、幼少期の記憶力がすごい点だ。Mもそうだったし、私も多少だが1歳ごろの不思議な記憶がある。

私は、動画であらかじめこの話を聞いていたので、以前購入した絵本「胎内記憶図鑑」(のぶみ著)の内容に似ていると感じ、とっちゃんさんに見てもらった。
この絵本は、1999年より胎内記憶について研究をしている池川明先生(池川クリニック医院長)監修で、実に6000人にのぼる胎内記憶をもった子供たちからヒアリングした内容をまとめた絵本になっている。

絵本「胎内記憶図鑑」のぶみ著
絵本「胎内記憶図鑑」のぶみ著

雲の上での生活、髭を生やした老人など、絵本の内容と似た点はいくつもあったが、とっちゃんさんが過ごした世界とは少し違ったようだった。しかし、私にとっては、雲の上での生活や、髭を生やした長老などが、興味深い共通点だと感じた。

寝ている間だけの別世界(0~4歳くらい)

「寝ている間だけの別世界(0~4歳くらい)」とっちゃんさんの話のメモ書き

鮮明な胎内記憶の話だけでも、非常に興味深い話だが、とっちゃんさんの不思議体験は終わらない。
これも動画でお話しされているが、とっちゃんさんは、0~4歳くらいまで寝ている間だけ別世界で過ごしていたという。夢というよりは、別世界。のちに「パラレルワールド(平行世界)」という言葉を知って、その言葉が一番しっくりくると思ったという。その内容もとても興味深いのだ。

とっちゃんさんは、寝ている間(あえて夢と言わないようにする。)だけ、ある工場で働いていた。別世界では自分は0~4歳の子供ではなかった。仕事が終わると、いつも帰る風呂なしアパートもあった。その世界の女性の容姿は、その時代に流行っていた容姿と同じ(服装も髪型も同じ、山本リンダのような容姿)だったので、時代は同じ感じだったという。

その工場では、人の肉(人肉)を解体し、ある特殊な方法でパッキングするといった、センセーショナルな工場だった。ただ、それが食べるためなのか、何なのか不明だったとのこと。その世界では売られていなかったし、食べたこともなかったという。
人肉の材料は、なぜかすべて女性で、工場内の大きな冷蔵庫には、たくさんの女性の体(裸体)がカチコチに凍っていた。なので、とっちゃんさんは、工場に行くたび、心配でその冷蔵庫に母親や祖母がいないか、確認していたという。

体をカットし、部位ごとに、パッキングされていく。
パッキング方法も特殊で、水の中でコンニャクのようなものでパッキングされていたという。パッキング前に、カットされた部位を、油のような細かい気泡がある液体にさらすのだという。何のためかは不明だった。
とっちゃんさんは、働きながらその工程を学んだ。流れ作業でシステム化された工場だった。初めて見る光景だった。

そんな夢というか寝ている間だけの体験する別世界を4歳ごろまで経験した。
その後、小学校5年生くらいになり、社会の授業でコンベアシステムによる流れ作業を学んだ時に、びっくりしてしまった。自分が見た光景そのものだった。「自分は授業で学ぶはるか前から、このシステムを知っている。というより、そういった工場で働いていた。」そう思ったという。

その驚きはそれで終わらなかった。その後の小学校の社会科見学で、自動車組み立て工場を訪れた時のこと。
流れ作業で組み立てられていく自動車を目の前にし、自分が別世界で働いていた工場そっくりだったことに、再びびっくりしてしまった。
内容は「人肉」と「自動車」と大きく異なるが、流れ作業で製品が出来上がっていくその様は、自分がかつて働いていた別世界の工場そのものだった!

とまあ、不思議な話なのだ。
0~4歳という幼少期に、それだけの鮮明な記憶があることに驚いてしまう。
とっちゃんさんは、後から雑誌月刊ムーで、「人食いパラレルワールド」の記事を見て、再度びっくりしたという。

UFOとの出会い(12歳、中学1年生、1983年ごろ)

「UFOとの出会い(12歳、中学1年生ころ)」とっちゃんさんの話のメモ書き

とっちゃんさんが中学生になる1983年ごろ、小学生時代にそういった不思議体験を多く体験し、自分でも説明できないし、親や友人、妹たちにも当然信じてもらえず、苦悩していた。
そんな時、テレビでUFO特番を見て、「そうか!UFOなら、科学的に説明ができるかもしれないし、心霊体験より面白そうだ。」と直感したという。

早速、本屋に行って、UFOの本を探すもなかなか見つからず(同じような書籍が2冊だけあったので購入。)、図書館へ行くも見つけることができず、古本屋に行ってようやく何冊か購入することができた。
本を読み進めると、UFOは赤オレンジ色に発光していることが多いという記述を見て、「赤オレンジ色?」と疑問がわいた。
赤オレンジとは聞き慣れない言葉だったし、一体どんな色なのか、赤とオレンジのあいだの色だなんて、なかなか想像できなかったという。

その後、UFOなどオカルト情報を発信する雑誌「月刊ムー」の発売日を知り、発売日に本屋へ行ってムーを購入した帰り道に、なんとUFOに遭遇した!

UFOに遭遇したイラスト

場所は、静岡県浜松市、時間は20時半ごろだった。
周囲は畑の田舎道、暗くなり自転車を漕いで自宅へ帰る途中に、目の前の上空にまさに赤オレンジ色をした球体が現れた。
大きさは、星よりも明らかに大きく、といっても月の大きさの5~6分の1程度の大きさだった。

光は動いておらず、一定の高さに留まっていて、自転車を降りてしばらく観察することにした。10分間くらい目の前上空にその球体は留まっていた。
曇りだして、他の星は見えなくなり、小雨が降り始めた。それでもその球体ははっきり見えた。よく見ると、赤オレンジ色している球体は、赤オレンジではなく、赤とオレンジのマーブル模様が高速で回転していた。

赤とオレンジのマーブル模様の光が高速で回転しているUFOのイラスト

その時だった。自分の背後から軽トラックが来るのが分かった。
道の端に避けようと、自転車のハンドルを持って道の端に移動するために、一瞬地面を見た。軽自動車が通過し、再び空を見上げるも、その球体はすでに消えてしまっていたとのこと。

この初めてのUFOとの出会いが、今後の3年間にわたり、とっちゃんさんは何者かとコンタクトできるようになった、ことの始まりだった。

余談:
私は、この話を聞きながら、ちょっと気になった点があったので、それをとっちゃんさんに伝えた。
それは、UFOは赤っぽくオレンジ色っぽい発光をすることは多いと以前から聞いているが、それはおそらくプラズマもしくは核融合が関係していると思われる。
1975年に発生した甲府UFO事件で、UFO宇宙人に遭遇した山畠克博氏もUFOが眩いばかりのオレンジ色の光に包まれた後消えたと言っている。核融合の代表例は太陽だが、太陽も同様の色をしている。甲府事件でもUFO着陸現場に原子炉由来の人工的な放射線物質が発見されている。
それはそれでさて置き、私が驚いたのは、とっちゃんさんがこの「赤オレンジ」に着目し興味がわいた点だ。
私は、宇宙人に遭遇したことはあるが、赤オレンジ色のUFOは見たことがない。
しかしだ、幼少期から、なぜかこの「赤オレンジ」という色が気になってしょうがなかったからだ。絵も好きでよく描くが、この赤オレンジ色の表現が難しく、いつも納得いかなかった。まさに、私もこの「赤オレンジ色」に固執しているのだ。
幼少期は、太陽がその色に一番近い(特に日没間近の太陽の色)と思い、それを見ると何かを感じる気持ちなり、その赤オレンジ色になった夕日をずっと眺めたり、その夕日や空の絵を描いて再現しようとしたりしたが、納得がいく色がなかなか表現できないでいた。大人になってタバコを吸うようになったときは、タバコの火の色がその理想色に一番近いなと思ったくらい、なぜか、この「赤オレンジ色」を追ってしまうのだ。
これは、不思議だと思った点だった。

夕日の空の写真

追記:先日(2026年1月)、千葉県某所で撮った夕日の空の写真。
私は、このような赤オレンジ色に固執するところがあり、昔からこのような夕空の絵画をいくつも描いてきた。(→私が描いたサンセットの絵画

宇宙人との交信と人体実験(13~15歳、中学1~3年生、1984~1986年)

「宇宙人との交信と人体実験(13~15歳、中学1~3年生)」とっちゃんさんの話のメモ書き

とっちゃんさんは13歳のUFO遭遇体験以降、3年間(1983~1986年)にわたり不思議な体験を経験することになる。

宇宙人による人体実験

まずは、宇宙人との交信に伴う人体実験。
それらは、主に寝ているときに起きた。

まず最初に起こるようになったことは、寝ているときに、頭を銃のようなもので打ち抜かれる感覚で目が覚めることが、頻繁に起き始めた。
おでこ(額)の中央から何かが打ち込まれ、後頭部に抜けていく感覚で、「死ぬ!!」と思ってしまうほどのインパクトがあったという。

次に、寝ているときにふと目が覚めると、手足が縛られいる感覚で身動きが取れない状態(首から上は動く)で、頭になにか電波のようなものを当てらることがしばしば起こるようになった。その電波は、3種類(3本)あって、同時に当てられたという。
その時は、息は乱れ「はあ、はあ」といった苦しい感覚だった。

身に覚えのない傷

そういったことが起こるたび、翌朝には、見知らぬ傷が、体のあちこちにできるようになった。その傷は、10年以上残った。今は、30年経っているので、かなり薄れてしまっているというが、見せていただいた。

知らない間にできた体の傷-UFOアブダクション(人体実験)か。

左腕にできた当時の傷跡。
不思議と、傷はいつも二つ同時できたという。
写真の傷のもう片方は数年前に消えてしまった。

知らない間にできた体の傷の当時の再現イメージ-UFOアブダクション(人体実験)か。

当時の再現イメージ。
必ず二つ、対に同時にできた。
その間隔を定規で計ると、必ずぴったり1.0cmだった。
どこにできた傷も同様に、決まって1.0cm間隔だったことに、とっちゃんさんは「宇宙人も、人間と同じメートル法を使用しているのか!?」と驚いたという。

知らない間にできた体の傷(手のひら)-UFOアブダクション(人体実験)か。

手のひらに、いきなり現れた切り傷。
この傷ができた時は、まったく身に覚えのないうえ、手のひらだったこともあり、大変驚いたという。

知らない間にできた体の傷(手のひら)の詳細-UFOアブダクション(人体実験)か。

今でも鮮明に傷が残っている。

知らない間にできた体の傷(右腕)-UFOアブダクション(人体実験)か。

右腕の傷。
この傷には、私は驚いてしまった!!
なんと、私も物心ついた時から、同じ場所に、同じような傷があるからだ!

知らない間にできた体の傷(私の右腕)-UFOアブダクション(人体実験)か。

私の右腕の傷。
48歳になった今は、だいぶ薄くなってしまったが、幼少期はとっちゃんさん同様、はっきりした傷だった。

知らない間にできた体の傷(私の右腕)イメージ-UFOアブダクション(人体実験)か。

私は、幼少期この傷を見て、いつできたかわからず、いつも不思議だなと思っていた。

知らない間にできた体の傷(とっちゃんさんの右腕と私の右腕に同じ傷)-UFOアブダクション(人体実験)か。
とっちゃんさんの右腕と私の右腕に同じ傷があった!

とっちゃんさんの傷と、私の傷。
右腕のほぼ同じ場所にある。

とっちゃんさんは、このような二点の傷(1.0cm幅)が、腕だけでなく、お腹など、様々な場所に出現。
その傷とは別に、白の斑点のような傷も出現しはじめたという。
それも2点の対の丸型で、片方が大きく、片方が小さく、間隔は3~4cmだった。
周りの皮膚より明らかに白く目立つため、お腹にできた時は、プールで多くの友達に「なにそれ?」とひやかされたという。
今は消えて残っていないが、両腕にも出現した。
決まって、寝ているときの不思議体験の翌朝に出現した。
当時、UFOとその乗員とコンタクトしたというビリー・マイヤーの書籍を読んで、自身の体験が似ていることに気づいたという。

宇宙人との交信

そのような、人体実験とおぼしき不思議体験と同時に、とっちゃんさんは宇宙人らしき存在から、メッセージを受信できるようになったという。
その内容は、複雑な数式だったり、曼荼羅だったり、ただの言葉だったりした。
主に寝ている最中に受信し、内容の詳細は起きると忘れてしまうことが多かった。
今考えると、ノーベル賞に匹敵するような高度で優れた数式もあったという。

受信方法は、言葉とテレパシーで、3種類あった。
一つ目は、一瞬で受け取れる方法。映像(イメージ)と言語などの情報が、一瞬で送られてくる、光のようなものだったという。
二つ目は、朗読型。言葉で朗読するように情報を伝えてくる。
三つ目は、映像。情報を映像(イメージ)として送ってくる。
とっちゃんさんは、一つ目の一瞬で受け取る方法で、主に受け取っていたという。

宇宙人から教えてもらったテレパシー送信方法-黒板をイメージする

宇宙人らしき存在は、とっちゃんさんに、情報の受信だけでなく、送信方法も教えてきた。
その方法というのが、非常に興味深い。
送信には右脳を使い、頭の中に黒板のようなボードを想像し、そこに送りたいメッセージを書いたら、そのボードの右横にある(青と紫に光る)球体に意識を集中させ、青から紫に点灯させる。その(右脳で作り上げた)イメージを、右脳から後頭部へ移動させ、後頭部から前に押し出すように集中すると、メッセージが送れるのだそうだ。

宇宙人から教えてもらったテレパシー送信方法-右脳でイメージし後頭部へ送って飛ばす

とっちゃんさんは、その方法は最初は難しかったが、慣れてくるとスムーズに行えるようになったという。うまく送信できると、後日、送信したメッセージに対する返信がくるようになった。情報を受け取るのは簡単だったが、送信する方が難しかったという。

宇宙人との別れ(15歳、中学3年生のおわり頃、1986年)

「宇宙人との別れ(15歳、中学3年生のおわり頃)」とっちゃんさんの話のメモ書き

そんな、宇宙人らしき意識体との交信が3年続いた。交信する頻度も多くなり、睡眠の障害(交信)、体にできる傷など、とっちゃんさんの負担が限界に達していた。
そんなある日、もう交信を打ち切ろうと決断し、そのメッセージ(交信を終わりにしようという旨)を送信した。

勝手に体が起きあがったら宇宙人がたっていた様子のイラスト-宇宙人遭遇体験

その数日後の夜中、寝ていると目が勝手に開き、身動きが取れないまま、上半身が勝手に起き上がり、目の前にグレイ型の宇宙人が立っていた。
暗がりの中だったが、容姿がしっかり見えた。頭は大きく、大きな目、耳や鼻や口は見当たらなかった。肌の色はグレー(灰色)で、しわなどはなかった。目には瞳があり、瞳が光っていた。その光り方は、猫やフクロウのような夜行性動物特有の反射して光っている目という感じだった。そのわずかな光で、部屋の中が少し照らされうっすら見えるくらいだった。

遭遇した宇宙人のイラスト

そのグレイ型宇宙人は、自分の足元に立っており、上半身から下は半透明だった。
頭のある位置の高さは1.0mくらいだった。

その後、宇宙人の姿が消えると、普段の部屋の暗がりに戻った。
通信手段の、いつもの黒板ボードを想像してみると、送信するための右上にある光の部分がロックされており、送信できない状態になっていた。
とっちゃんさんは、「最後の別れに、きっと姿を現したのだ。」と確信したという。

その日以降、宇宙人からの受信もなくなり、黒板ボードもロックされたままでメッセージを送信できない状態が続いた。
その後、平穏な日々を過ごすことができた。

宇宙人からのメッセージとその後

「宇宙人からのメッセージとその後」とっちゃんさんの話のメモ書き

宇宙人からのメッセージ

私が、どんな内容の交信をしたか、また宇宙人から受け取ったメッセージがあるか尋ねると、大別すると以下の三つあると言う。

・環境を大切にしなさい。
・神社やお寺には近づくな。(神社やお寺で、自分の願い事を願うことはやめなさい。)
・二酸化炭素(CO2)排出量を減らしなさい。

この三つだと言う。
私は、びっくりしてしてまった。
一つ目の「環境を大切にしなさい」と三つ目の「二酸化炭素(CO2)を減らしなさい」は、私が宇宙人から受けたメッセージと一緒だからだ。私の場合は、「自然(特に植物)を大切にしなさい。」というメッセージだった。植物をお粗末にすれば、食べ物にも困るし、二酸化炭素も増える。まさに同じ意味だ。
とっちゃんさんは、この教えを今でも守っているとのこと。今までもこれからも自動車を買うことはないという。二酸化炭素を排出するからだ。移動は電車と自転車と決めている。
二つ目の神社とお寺への参拝だが、交信当時は神社とお寺に行くのは避けていたらしいが、最近ではある一定のルールを守ったうえでたまに参拝するという。そのルールとは、「自分の願い事を願うことはしない。」というルール。他人の幸福を願うことはOKらしい。
これも興味深くて、私も誰に教わったわけではないが、幼少期からこの考えがあった。
不思議な共通点である。
また、何千件ものアブダクション経験者を調査した、コンピュータ研究者でUFO研究者のジャック・ヴァレという研究者は、宇宙人などの高度意識体のアブダクションの目的は、古い信仰システムを破壊しつつそれに代わる新しいシステムを構築することだと述べている。(参考:ウィキペディア>ジャック・ヴァレ
まさに、二つ目の「神社とお寺に近づくな。」だ。

また、宇宙人の目的は何なのか尋ねると、
宇宙人は、争いをなくすために、感情をなくしたから、それ(感情)を復活させるために、人間の喜怒哀楽を調査しに来ている。」と、とっちゃんさんは答えてくれた。
これも、強く納得してしまった。その理由は、別の機会にお話ししたいと思う。

その後

宇宙人と決別できた中学3年生以来、とっちゃんさんは宇宙人とのコンタクトはなくなった。しかし、25歳の時、たまたま矢追純一氏のUFO特番をテレビで観ていると、宇宙人にさらわれた人のアブダクション内容が紹介されていた。それを観て久しぶりに恐怖心が蘇ってきた。その翌朝、起きると昔のような傷が両腕にできているのを発見、また恐怖に陥ったという。ただ、その後は何事もなかったそう。

とっちゃんさんは、大人になった今でも、あれ(中学生の時の宇宙人体験)は何だったのだろうと興味を持ち続け、たまにだがUFOコンタクティの武良信行(むら のぶゆき)氏のUFOを呼ぶイベントなどに参加することもあるとのこと。

シャドーマンと遭遇(18歳、高校3年生)

「シャドーマンと遭遇(18歳、高校3年生)」とっちゃんさんの話のメモ書き

この話は、動画2でも詳しくお話しされているエピソード。
とっちゃんさんが、高校3年生のとき、シャドーマンに遭遇したという話。

とっちゃんさんは、高校3年の後期、指定校推薦により周囲の生徒より一足お先に、進学する大学が決まっていた。
ほとんどの生徒は、その時期は受験勉強でピリピリモード。なので、休み時間などは、指定校推薦で大学が決まっている友人だけで、別の教室で集まって話をしたりしていた。
その場所のひとつに「進路指導室」という教室があった。
とっちゃんさんは、いつものように、休み時間に進路指導室に向かった。すると、天から頭の中に「今はまだ誰もいない」と声が聞こえた。
その言葉を無視し、誰かしらいるだろうと進路指導室のドアを開けた。
その時だった!

学校の教室に現れたシャドーマン

雨が降っている日で、電気も付いていない薄暗い教室の中に、影だけの何者かがいたのである。その影は不思議で、北側の窓から外のかすかな光がさしているにも関わらず、光とは反対方向(窓の方向)に濃く伸びた人型の影だった。

学校の教室に現れたシャドーマンが驚く様子

その影だけの存在が、私が教室に入るなり、驚いた様子でのけぞり、慌てふためいて教室内に置いてあった棚に隠れてしまった。
そして次の瞬間、その影は四方八方に放射線状に散らばるような形で分散し、消え去ってしまったとのこと。

シャドーマンが消える瞬間のイラスト

なんとも不思議な光景を目にしたとっちゃんさんは、その場に立ち尽くしてしまった。

それから月日が経ち、大人になってから「シャドーマン」という言葉(怪奇現象)を知った。そうか、自分が見たのは”シャドーマン”だったのかと、その時とっちゃんさんは思ったのだそう。
その影の正体は、いったい何なのだろうか。

その他の話

1歳の時の指輪飲み込み事件

「1歳の時の指輪飲み込み事件」とっちゃんさんの話のメモ書き

大人になって、とっちゃんさんは母親にある出来事を聞かされた。
それは、とっちゃんさんが1歳の時、母親の結婚指輪を飲み込んでしまったというエピソード。それを聞いたとっちゃんさんは、母親から詳細を聞く前に、当時の自分の行動を鮮明に思い出した。
1歳くらいの自分が、タンスをよじ登り、一番上の引き出しの中に保管されている指輪を取り出そうとしている光景が、少し上の目線から見た客観的な光景で蘇ってきた。それを母親に伝えると、その通りで、1歳のとっちゃんさんが、タンスの上の段に保管してあった結婚指輪をよじ登って取り出し、飲み込んでしまった。
急いで病院へ行くと、医師に「もし、お尻から出てこなかった場合は、お腹を切って(手術で)取り出すしかないですね。」と告げられたという。
幸いにも、後日お尻から出てきたのだそう。それはそれでよかったが、1歳の乳児が、タンスをよじ登って、上の段の指輪を取り出す、しかも飲み込んでしまうなんて、とっちゃんさん自身も首をかしげるエピソードだそうだ。その鮮明な光景(客観的に自分を見た)の記憶も不思議なのだそう。
この幼児期の自分を客観視した記憶については、前回の記事「友人Mの不思議体験談」の中でも似たエピソードがある。

9歳(小学3年生)頃の不思議な声

「9歳(小学3年生)頃の不思議な声」とっちゃんさんの話のメモ書き

とっちゃんさんが小学生の頃、いつも外から聞こえる声があった。
その声には2種類あって、一つは「キャーーーー」と1分間くらい一定の音程で続く声、もう一つは「おぎゃおぎゃ おぎゃおぎゃおぎゃ」を繰り返す声。(決まって「おぎゃ」×2回のあとに「おぎゃ」×3回、の繰り返し)
とっちゃんさんは当然、両親、妹たち、周囲の家の人も聞こえているものだと思っていた。
小学3年生だったある日、とっちゃん家に、近所の友人が遊びに来て、いつもその声が聞こえる部屋で妹も含めて三人でトランプしていた。
その時、またいつもの声が聞こえた。「キャーーーー」と1分間くらい続く声。
妹と友人はびっくりし、「何この声、怖い!」と言った。とっちゃんは「いつも聞こえるけど、妹も、友人も聞いたことないの?」と聞いた。すると友人も妹も今まで一切聞いたことのないと言うのだった。
その後、友人はそのことを学校で他の友人に言いふらし、一時、とっちゃん家に肝試しに来る友人が増えたとのこと。
後に、とっちゃんはその声の録音に成功するが、そのテープは残念ながら今は紛失してしまったという。

余談だが、私も幼少期、夕方必ず犬の遠吠え(複数の犬の遠吠え)が、家の中にいたのに聞こえていたのを思い出した。私が住んでいたのは、東京都豊島区内の大通り(明治通り)沿いで、池袋駅からも程近い比較的都会に位置し、車通りも激しく騒音もうるさい場所だった。当然どこかの犬の遠吠えなんだろうなと思っていたので、家族の誰にも言っていなかった。でも、そんな都会に犬ってそんなたくさんいたのかな?と、とっちゃんさんの話を聞きながら、疑問が湧いてしまった。もしかしたら、私だけが聞こえていたのかも、と少し思ってしまった。

小学生の頃の不思議な音

とっちゃんさんの不思議体験を、いつも両親は信じていなかった。
私もそうだったので、とても共感できる。
しかし、そんな両親も不思議な気持ちになる出来事が起きた。
とっちゃんさんが小学生だったある日、5人家族全員で、2階建ての一軒家の1階で、夕食を食べている時だった。天井から「ドスン!ドスン!ドスン!」と大きな音が3回響いたのだ。当然2階には誰もいない。
2階に行って確認するも、変なことは何も起きていなかった。
屋根に何か落ちたか?と思ったが、一階まで聞こえないだろうとなった。
その時だけは、両親も「不思議なこともあるものだね。」と言ったそうだ。

大学教授から聞いた不思議な話

「大学教授の話」とっちゃんさんの話のメモ書き

私が、「理系の方って、オカルトに興味ある人、意外に多いのでは?」と興味本位で質問すると、とっちゃんさんが卒業した理系の大学の教授から聞いた、不思議な話を二つ教えてくれた。

登山中の落石の話
その大学のある教授が、登山をしていた時の不思議な話。
教授がある山で登山中、突然、落石を知らせる叫び声が聞こえた。
自分は、右へ逃げるか、左へ逃げるか、一瞬迷い「右と左、どっちに逃げたらよいか?」と天に問うた。すると「右に逃げなさい。」とどこからともなく声が聞こえた。
その通り、右に逃げたことで、助かったという話。左に逃げていたら、落石に直撃していたらしい。この不思議な話を、その教授が当時学生によく話していたという。

男子トイレの鏡に映った女性の話
その大学の学長が、男子トイレを使用していた時の不思議な話。
ある日、学長が男子トイレで用を済まし、手洗い台で手を洗っているとき、目の前の鏡を見ると、自分の背後に黒髪の長い女性が立っていた。
すぐさま、「女子トイレは隣ですよ。」と、言いながら振り返えると、女性の姿はなく、消えてしまってどこにもいなかった。
その後、学長は怖くなってしまい、校内すべての男子トイレの鏡を取り外してしまった。

心霊体験-男子トイレの鏡に映った女性のイラスト

地震予知

とっちゃんさんは、学生のころ地震予知ができるようだった。予知というか、地震の起こるタイミングで自身の身にも何かをキャッチするという現象だ。
それは、国内の地震ではなく、海外の地震が多かった。
その現象は、地震が起こるタイミングで、自身の体が揺れるという現象だった。寝ているときにも起きた。
そんな現象(自身の体が急に揺れる)が起きた後、調べると必ず同時刻に海外のどこかで地震があった。
一番すごかったのは、学校の教室で、体が揺れすぎて椅子から転げ落ちてしまったことがあった。そのあと調べてみると、同時刻でイギリスのある地方で100年振りの地震、震度1というニュースがあった(笑)。とっちゃんさんは、さすがにこれは勘弁してくれと思ったそうだ。
それから何十年か経ち、地震予知もできなくなっていた2011年3日11日、東日本大震災は残念ながら予知できなかった。

この話を聞いて、私も寝ているときに体が揺れて地震かな?と思ったことが多々あったことを思い出した。その時は「きっと(自身の)心臓の鼓動だろう。」とか、東日本大震災の後だったということもあり「きっと地震のトラウマだろう。」とかいう気持ちで、地震予知かもしれないなんて思いもしていなかったので、その現象の同時刻で起きた地震など調べることもなかった。でも似た体験だなと思った。
あと、幼少期、兄弟三人でテレビを観ていたところ、2歳上の姉が先に寝てしまって、寝ていたと思うと急に上半身を起こし、目を閉じたまま上半身を大きく左右に揺らして「地震だ!」と言ったかと思うと、またすぐに寝てしまったことを思い出した。それを間近で見た私たち双子は大笑い。姉が夢見て寝ぼけたこと言ったのだと思ったが、とっちゃんさんの話を聞いて、「あれも地震予知だったかもしれない」と少し思った(笑)

余談だが、私は天才発明家ニコラ・テスラの自伝書「秘密の告白」を何度も読み返しているのだが、その中でニコラ・テスラがある振動数の共鳴実験をしている最中に、実験所のある(滅多に地震が起きない)ニューヨークのその地で大きな揺れが発生し、止まらなくなってしまいその装置を壊して止めたというエピソードの記述を思い出した。確か、地球の振動数と共鳴させたことが原因だったと思うのが、とっちゃんさんはその逆で、地震の周波数と共鳴してしまい、自身の体が揺れてしまった可能性があるなと思い、とっちゃんさんそれをに伝えた。

とっちゃんさんの出演動画

とっちゃんさんが電話出演した動画「ATLASラジオ」は、以下2本。
以上のような不思議体験を、詳細にお話しされているので、ご興味ある方はぜひご視聴ください♪

『ATLASラジオ29:激白!宇宙人にさらわれ○○を埋め込まれた男!』
https://www.youtube.com/watch?v=B-4LmRaEjX8

『ATLASラジオ3rd 018 大学進学を考えている?シャドーマン、人間の傷を治すイルカのヒーリング』
https://www.youtube.com/watch?v=mHHsrhSnli8

まとめ

とっちゃんさんとお会いして、お話しさせていただいた率直な感想は、素直な方だなという印象だった。永遠の少年のような、純粋な疑問を大切にしていらっしゃる方だと思った。
私も、共感する部分や共通する点が多々あったことに、驚いてしまった。
とっちゃんさんと私の共通点を以下に挙げる。

・不思議体験した時期
不思議体験は幼少期が多く、大人になったらほとんどなくなった。とっちゃんさんは20歳、私は25歳くらいまででほぼなくなった。

・信じてもらえないから、話したくない
両親はそのような体験を信じてもらえず、「何を馬鹿なこと言っているの?」という反応が多かったため、誰にも言えないことが多かった。

・身に覚えのない傷がある
身に覚えのない傷が体に複数ある。特に幼少期からある右腕の傷は、二人とも同じ個所にあったのには驚いた。

・「赤オレンジ色」に固執する
UFOの色とされる、「赤オレンジ」に固執する。

・オカルト、物理科学への興味
自身の体験から、オカルト番組や書籍、物理科学に興味を持つようになった。

・テレパシー
宇宙人からテレパシーを受信した。

・宇宙人からのメッセージ
宇宙人から同じようなメッセージを受け取った。とくに自然環境については完全に共通していた。

・宇宙人体験した時期
互いに宇宙人体験をした年代が近い。私は1982年ごろ、とっちゃんさんは1983~1986年ごろ。

・メッセージを受信する
とっちゃんさんは、幼少期に親戚の死を知らせるメッセージや、どこからか自分の頭にイメージや言葉が湧いてくることがあった。私も同様で、テレビに親戚が映る話など親族のなにかを受信することが多かった。

その他、細かい部分で共感できる点が多々あった。
上記の中でも特に右腕の傷、同じ個所に傷がある方は、初めてお目にかかった。そして宇宙人から受け取ったメッセージ、これも共通点があるし興味深い。
そして年代だ。とっちゃんさんが宇宙人とコンタクトしていた3年間は1983~1986年の約3年間、私が宇宙人遭遇したのは1982年ごろなので、年代が非常に近い。(→私が遭遇した宇宙人

甲府UFO事件の山畠さんとお会いしてお話しした時もそうだったが、やはり体験者同士というのは、お互いの話の理解が早く、スムーズにわかり合えるという、なんとも言葉では表現できない心地良さを感じた。

私の宇宙人遭遇体験やテレパシーなどの幼少期の不思議体験を、興味深く聞いてくださった。特にデジャブ体験をした時の手の傷の話を関心深く聞いてくれた。
しかも、とっちゃんさんとお会いした後、その傷を改めて見ると、なんと傷が対になっている(二つある)ことに気づいたのだ!

謎の手の甲の傷
(左手の甲にある謎の傷/2025年12月26日撮影)

写真右の人差し指側の傷は、デジャブ体験時にできた謎の傷。
写真左の薬指側の傷は、まったく身に覚えがない。念のため二つの傷の感覚を計るとちょうど3.5cmだった。
(追記:後日(2025年12月27日)、とっちゃんさんに再び会う機会があったので、この傷跡を見せると「私と同じですね、片方の傷の方が大きい。しかも間隔が3.5cmというのも同じです。私も3~4cmでした。」と仰っていた。)

最後にとっちゃんさんに、質問した。
「(とっちゃんさんは)お仕事も理系(最先端技術系)でしっかりされていて、きっとこういった体験も生かされていて、うらやましい。私は今のところ生かしきれていない。なので、あえて、こんな話(なかなか信じてもらえないような不思議体験談)を外でする必要もないのでは?」と。
すると、とっちゃんさんは笑いながら、
私が経験した様々な不思議体験を、どこにも言わないまま死ぬなんて、なんかそれってどうなだろう?って思っちゃうんですよ。それくらいインパクトの大きい体験だったので。」と言った。
この言葉、私も強く共感してしまった。なかなか信じてもらえないような不思議体験談を人に話す意味があるのか、いつも自問自答するのだが、結局はいつかきっと話す意味がある日が来るんじゃないかと、根拠もなく思ってしまうからだ。
今後も、とっちゃんさんとは交流を深めていきたいと思う。

番外

今回、とっちゃんさんとお話ししたのは、ある有名チェーン店のカフェなのだが、話している最中、やや高齢の見知らぬ女性が急に私たちに話しかけてきた。とっちゃんさんがTVタックルなどに出演されていた物理学者の大槻義彦教授の話をしている時だったと思う。
「うんうん、そうね。そうね。」と話しかけてきたのだ!
思わずとっちゃんさんは「あれ?(大嶋さんの)お知り合い?」と言ってきたので、「いいえ。」と答えた。
その女性は、会話に入ってきたが、話が長くなりそうだったので、申し訳ないが軽く受け流した。しばらくすると、自分の席に戻っていった。
私は、「なにか、こういう不思議体験談をしていると、共鳴してこういうことが起こるんだよな。」と心の中で思った。
またしばらくして、その女性は帰り際また私たちの席に来て、会話に入ろうとした。再び軽く受け流し、女性は「またね。じゃ、帰ります。」と言って帰っていった。

その数日後、私はとっちゃんさんを誘って、オカルトイベント「山口敏太郎祭り」に一緒に行くことにした。
会場で、スピリチュアル鑑定士のちかみつさんがZOOM出演された際、会場の参加者から質問を受けるという場面があったので、私は挙手して「宇宙人が今後大衆の前に現れる可能性は?」と質問をしたところ、ちかみつさんは「すでに接触しているし、なんなら人間の姿になってもう混じっている。だから、すでに現れている。」とお返えになった。
その瞬間、とっちゃんさんが私の顔を見て「こないだの、あの女性は、もしかして(宇宙人)?」と言ってきたので、私も「たしかに。」とお互い顔を見合わせた。



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友人Mの不思議体験談(幽霊心霊/UFO/幽体離脱)

友人Mの不思議体験談(幽霊心霊/UFO/幽体離脱)のイラスト

私が、今年(2025年)の5月、自身の宇宙人遭遇体験談であるYouTube番組に出演させていただいた後、動画を観たという小学校からの友人Mから「俺も不思議体験をたくさんしているから、聞いてほしい。」と連絡をもらった。聞くと、偶然にも現在の住まいも比較的近かったため、2025年8月30日、お互いの住まいからほど近い喫茶店でその話を聞いた。

ある友人Mの不思議体験談のメモ書き
友人Mの話を聞いて取ったメモ

友人Mと会うのは、実に20年振りだった。小学校、中学校が同じで、高校1年生くらいまでは一緒に遊んだりした。中学2、3年の夏休みには、Mのお父さん関連の出版会社で、単発(数日間)のアルバイトもさせてもらった。(中学生は原則バイト禁止だったが、Mのお父さんが「子供たちに社会経験をさせたい」とその会社に説得してくれてOKになった。)朝8:30から夕方17:00まで、Mと友人と三人で単純作業のアルバイト、日当は一人6000円だった。良い経験になったし、当時の中学生にとっては良いお小遣いになった。そのお父さんも数年前に他界したと、その時聞かされた。Mは現在、建築関係の会社に勤めており、家族も持っている。

小学生の時見たUFO
祖母(おばあちゃん)の葬儀時の話
昼寝の時の幽体離脱
中学生の時の変な体験
高校生の時の不思議な話
夢でしか見ない場所
その他の話
まとめ

(イラスト・文/大嶋 信之)


小学生の時見たUFO

小学生の時見たUFOのメモ書き

Mが小学5,6年生の頃(1988~89年ごろ)、友人数人でUFOを目撃した話。
当時テレビではUFO番組がたまに放映されていて、その影響もあったかと思うが、いつもある友人の住むマンションの屋上に行き、男子6人くらいで輪になって手をつなぎ、UFOを呼ぶ儀式をしていたという。
Mはその儀式に信之(私)もいたと言うが、私は全く覚えていない。双子の弟かもしれないと私が言うと、Mは「双子で参加していたと思うよ。」と言うのだが、本当に思い出せない。(今度、双子の弟に確認しようと思う。)
マンションの場所は、東京都豊島区北大塚、高台に位置する見晴らしの良い場所だった。

そんなある日、UFOが出現した!
いつものように輪になり、6人で手を繋ぎ、UFOを呼ぶ儀式をしていた。
時間は夕方。そのうちの一人が「UFOだ!」と叫んだ。
その子が指さす先、比較的地平線に近い空の向こうに、点滅する光が見えた。
6人全員で目撃。その点滅する光は複数(5,6個)あり、動いておらず、それぞれが点滅していた。
しばらくの間(10分くらい)、その場で点滅を繰り返し、突如消えてしまったという。

突如現れたUFOのイラスト(東京都豊島区上空)

飛行機なら移動してしまうが、10分という長い時間その場にとどまるなんて、私も不思議だなと思った。
Mほか友人たちは、何日か儀式を繰り返した結果、UFOが応答してくれたのだと確信したという。
ただ、その後も同じ儀式をしてみるも、後にも先にもUFOが出現したのは、その一回だったそうだ。
私も同時期に一人でUFOを呼んで、現れたということがあったので(→私の見たUFO)、まあ、そういうこと(呼べば姿を現すこと)はあるものだろうなと思った。

関連記事→2020年頃、同じく豊島区上空で私の姪っ子が似たUFOを目撃した!

祖母(おばあちゃん)の葬儀時の話

祖母(おばあちゃん)の葬儀時の話のメモ書き

Mが小学5年生(10歳)の時、一緒に住んでいたMの父方の祖母が亡くなった。
85歳だった。生前、祖母の世話をしていたのは、同居していたMの母だった。
葬儀を終え、M宅に戻り、身内6人くらいで少しお酒を飲みながら世間話をしていた時、急にMの父の妹(叔母)が亡くなった祖母に憑依(ひょうい)したという。

父の妹夫婦は、普段違う場所に住んでいて、葬儀のためにM宅に来ていた。
その他身内の大人6人で輪になり、話をしていた。Mは子供だったため、同じ部屋にいたものの、輪には入っていなかった。

話を始めて5分後くらいに、父の妹(叔母)の様子がおかしくなりはじめた。
皆で心配すると、急に父の妹(叔母)が泣き出し、祖母の世話をしていたMの母にすり寄り、「ありがとう、お世話になった。本当にありがとう。」と言い出したというのだ。
まるで祖母が乗り移ったような表情で、感謝の言葉を繰り返したという。

周りはびっくりし、どうすることもできなかった。
さすがのMも子供ながらにびっくりして、その大人の輪に近づいた。
10秒間くらいそんな状態が続き、ついに父の妹(叔母)の旦那が、叔母の頬っぺたをひっぱたき「いい加減にしろ!」と怒鳴った。
すると、叔母は正気に戻り、「え?私、何してた?何か言った?」と言った。
そして、その後は普段の叔母に戻ったという。

とまあ、不思議な話ではあるが、
仏教では、死後四十九日間は、故人の魂が現世とあの世をさまようというので、そんなことがあってもおかしいことではないなと思った。あと、叔母の旦那さんが「いい加減にしろ!」と怒鳴ったということは、その叔母の方は、もしかしたら、普段から憑依癖があるかもしれないとも少し思った。

昼寝の時の幽体離脱

昼寝の時の幽体離脱のメモ書き

Mが小学生から中学生になるころ、幽体離脱を経験したという。
その内容がちょっと面白い。
私も当時、M本人から聞いて、この話は覚えていた。

ある日、昼寝していると、金縛りのような感覚で目が覚めた。
すると、自分の体が宙に浮いた。そのまま天井まで浮かんでいき、天井が目の前数センチくらいまで迫ったところで、ピタッと止まった。体は身動きがとれず、振り返ることができなかった。

昼寝中に幽体離脱してしまったイラスト

数秒間その状態(目の前に天井)が続き、「やべ、戻らなきゃ。」と思ったら、戻ることができたという。なんとも不思議な話だ。

中学生の時の変な体験

中学生の時の変な体験のメモ書き

この話も、当時Mから聞いて、私は覚えていた。
中学生の時のちょっと怖い話だ。
ある夏の日の夜、1Fにあった部屋でMが寝ていた。
両親や妹は別の部屋で寝ていた。
暑い日で、窓を少し開け、扇風機をつけていた。

Mはある異変で目が覚めた。
なんと、Mの体に覆いかぶさるように、男の人が乗っかていたのだ!
頭はアフロヘアのようなもしゃもしゃで、汗臭かった。
Mは驚き、恐怖のあまり声も出せなかった。

就寝中に何者かが覆いかぶさってきた心霊現象イラスト

暗い部屋の中、Mは身動きがとれないため、恐る恐る、手でその男の腕をさがしたが、腕は見当たらなかった。頭を触り、顔を触ったが、顔に目や鼻や口はなく、のっぺらぼうのようだった。

就寝中に覆いかぶさってきた何者かはのっぺらぼうだった心霊現象イラスト

次にその男のお尻から足を触ったが、足は途中からなかったという。
Mはどいてほしいため、男のお尻を叩いた。
すると、男はスーといなくなったので、Mは慌てて立ち上がり、両親の寝ている部屋へ急いだ。

お父さん、誰かいる!!
Mは大声で叫んだ。
寝ていた両親はびっくりして起き上がり、父親がMの寝ていた部屋へと急いだ。
Mと一緒にその部屋に戻ると、誰もいなかった。
窓は少し開いたまま。扇風機もついていた。

玄関は、鍵がかかっており、何者かが侵入したなら、窓しか考えられなかった。
しかし、窓は寝る前に少し開けた状態のままだった。
父親は「変な夢でも見たんじゃないか?」と言った。
ただ、部屋には、その男の汗の臭いが少し残っていたという。
Mは、今でも不思議でしょうがないと言っている。

高校生の時の不思議な話

高校生の時の不思議な話のメモ書き

Mが高校生の時、自分の部屋を与えられた。
私も当時その部屋に何度も遊びに行った経験がある。
部屋は、古い木造のアパート(風呂なし共同トイレ)の一室で、広さは6畳くらい、扉には鍵がかけられるようなつくりだった。

その部屋は、もとは他人に貸していて、高齢のお婆さんが一人で住んでいたそうだ。
お婆さんが出ていき、Mが自分の部屋として使用することになった。

部屋を使い始めてしばらくして、不思議な現象がたびたび起きるようになったという。
帰宅し、部屋の鍵を開けようとすると、部屋の中からコンポ(ラジカセ)のカセットテープの音楽が勝手に流れていたことが何度もあったという。そして、いつも鍵を開けて扉を開けると、音が止まる。
そんなことが、日常的に起きていた。

また、同様にテレビが付いている音がして、部屋を開けると消えている、そんなこともあった。

後から知ったらしいのだか、
元にその部屋に住んでいたそのお婆さんは、よそに引っ越してすぐ亡くなったと聞かされたのだっだ。なのでMは、おそらく、お婆さんの霊魂が、長く住んだその部屋を訪れて、いたずらというか、Mがいない間に音楽を聴いたり、テレビを観てたりしたのではないかと推測しているという。

ちなみに、そのアパートは、新しく建て直され、現在は存在しない。

余談だが、建て直される前の3階建ての母屋に、寝ているときも不思議な体験をしたという。24か25歳ごろだった。
いつも同じ部屋である方角で寝ていると、「お兄ちゃん、遊ぼうよ。」と耳元で聞こえ、目が覚めることがしばしばあったという。その声は聞き覚えのある声で、親戚の女の子の声だった。ただ、必ずある方向で寝ているときのみで、違う方向を向いて寝ている時は聞こえない。その部屋は、その子たちが来ると、遊び部屋として使っていたので、不思議だったが、なんとなく腑に落ちるところがあったという。ただ、同じ方角で寝ている時のみ聞こえるという点が不思議だとMは言う。

夢でしか見ない場所

夢でしか見ない場所のメモ書き

この話は、ちょっと不思議な話だった。
Mは、いつも夢でしか見ない同じ建物があると言う。
それは、14階くらいの白いマンションで、渡り廊下のある2棟のつくりだそう。
いつも夢の中で、そのマンションのエレベーターに乗り、10階や14階まで行き、渡り廊下を渡って隣の棟に移り、そして再び、エレベーターに乗って、1階に降りるといった夢だそう。
なにが不思議かって、この夢、私も見るのだ!!話を聞いている最中、鳥肌が立ってしまった。
イラストは、私が見る夢のとおりに描いたもので、Mもこんな感じだと言う。

いつも夢で出てくる渡り廊下のある二棟のマンション

私も、夢の中で、Mと同じで、エレベーターに乗り込み、上層階まで行き、渡り廊下で隣の棟に移り、エレベーターに乗って1階に戻ってくるという、まったく同じ内容の夢を何度か見たことがあった。
二人で不思議なこともあるもんだね、と顔を合わせた(笑)

その他の話

その他、Mが話してくれた不思議な話。

3歳の時の記憶

3歳の時、幼稚園に初めて預けられた日の記憶。
Mの母親が、先生にMを預け、母親が去ろうとし、Mがわんわん大泣きの図。
この光景を頭上から傍観する自分の記憶が鮮明に残っているという。

入院中の不思議な話のメモ書き

Mが高校一年の時、ある整形外科的手術で入院したときの不思議な話。
4人部屋で寝ていた深夜、「コツコツコツ」と廊下を誰かが歩く音で目が覚めてしまった。
足音から看護婦さんだろうと思った。すると、部屋に入ってきた。
ライトを持った何者かが、カーテン越しに見えた。
Mのベッドの周囲を歩き、そのまま部屋を出て行った。
翌朝、看護婦さんに確認すると、その時間(深夜)にそのような行動は誰一人としてしていないと言う。
誰だったのか不明で、今でも不思議だと言う。看護婦さんの霊だったのではないかとMは言う。

まとめ

Mは左利きで、昔から、少し変わった話をするタイプだった。
私は右利きだが、同じようなタイプ(不思議体験体質)だったため、昔から話が合った。(→私が体験した不思議体験
それぞれ、48歳といういい大人になった今、こういう体験ってなんなんだろうねという話になった。

私も幼少期に体験した不思議体験から、その原因をずっと追っている。
なので、その話をした。

原因として考えられる一つは、脳波だ。

脳波のイラストメモ
脳波をイメージしたイラスト

脳波とは、脳から発せられる電気信号で、その時の感情によって周波数の異なる信号になる。リラックスして落ち着いているときは周波数は下がり、怒りや興奮状態では周波数が上がる傾向がある。就寝時は最も周波数が下がる。周波数帯によって、デルタ波(δ)、シータ波(θ)、アルファ波(α)、ベータ波(β)、ガンマ波(γ)などと呼ばれている。

脳波が周波数を伴った電気信号であるということは、この周波数に共鳴させることで、情報を伝達できる可能性があると私は思っている。
ラジオやテレビを受信するのと同じ原理だ。

たとえば、世の中に溢れる様々な人々の脳波と共鳴することで、自分が見ていないもの(他人が見たもの)が見えたり、感じたりできるのではないか。私は、幼少期にテレビに親戚が映るという不思議体験を多くしたが、その原因はこれではないかと思っている。(親戚の発した脳波に共鳴し、私は視覚として受信したイメージ。)
その他でも、幽霊や、テレパシーなど、これで説明がつくような気がする。

アカシックレコードのイラストメモ
アカシックレコードをイメージしたイラスト

あともう一つは、アカシックレコードの存在だ。
アカシックレコードとは、この世のどこかにこの世の情報がすべて書き込まれた領域があって、この世はその領域から投影された世界、つまりフォログラフィーだという物理仮説だ。フォログラフィック宇宙論とも呼ばれている。
ちなみに、アカシックレコードは二次元情報の可能性があるという。

これが本当なら、何かの力が働き、目に見えないものが見えたり、存在しないものが見えたりしてもおかしくない。UFOや幽霊だって何かの情報の投影の産物ということになる。



Nobuyuki Oshima(大嶋 信之)
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【不思議体験】デジャブが連発した日-虫刺されによるアナフィラキシーか!?

まえがき

私は、4年前(2021年)のある日、デジャブ(※)が連発した不思議な体験がある。
記録のために、以下に記しておきます。

※デジャブ(dejavu)とは、初めての体験なのに、過去に経験したような記憶があることを言います。例えば、初めて来た土地なのに過去に訪れた記憶があったり、今この瞬間の感覚が過去に夢で見た気がする、初めて会う人なのに過去に会ったことのあるような気がする(これは、スピリチュアル的に言えば、前世で会っているか、ソウルメイトという魂レベルでの知人を意味することが多いようだが。)など。

(文・イラスト・写真/大嶋 信之)


『デジャブが連発した日』(2025年12月14日著)

私は、幼少期からデジャブはけっこう多く体験する体質なのだが、ある日、それが連発する異様な出来事があった。

時は2021年10月のある日の夕方のこと。
仕事を終え、ジョギングに出かけ、帰り道に筋トレをしようと、ある公園の鉄棒で懸垂をし、鉄棒近くのベンチで腕立て伏せをし、ベンチの前でスクワットをしている最中に起こった。

急に、デジャブの感覚に襲われたのだ。
今この瞬間を、夢で見たのか、すでに知っている。
とふと感じた。

通常のデジャブなら、一度か二度で終わり、すぐに素に戻るのだが、この日だけは違った。スクワットを終え、再び懸垂をしようと鉄棒へ移動した瞬間も、「この光景、知っている。」と感じ、その後の行動も、またその後の行動も、「この瞬間を知っている。」という連続した感覚に襲われ、デジャブが止まらなくなったのだ!

気を反らそうと、公園の木々などに目を移しても「この光景をすでに知っている。」という感覚に。確かにその公園で筋トレをするのは初めてではなかった。数年間、何回も訪れていた。
しかし、そういった過去の記憶とはまったく違う感覚で、説明しにくいのだが「ごく最近夢で見た光景と感情」というのが最も近い感覚かと思う。この今の感覚を、今朝、または昨日か、夢で見たような感覚。いつ見た夢なのか、なぜ記憶にあるのか、思い出そとしたのだが、その行為自体も「すでに知っている。」という感覚になってしまった。

今この瞬間にやることなすこと、すべて記憶がある。
こんな初めての感覚に陥り、私は急に怖くなってしまった。

「きっと、今日という日は、なにか、特別な日なのかもしれない。」そう思い始め、筋トレを中断し、家に帰ろうと公園を後にすることにした。
公園を後にし、家路に向かい歩き始めても、デジャブはまったく収まらない。
歩く道、光景、こうして帰ろうとした自分とこの感情、すべてがすでに記憶にある感覚で、なんと、直後に起こる出来事の予測もできるようになっていた

路地から出てくる女性のイラスト-デジャブで予想した光景が現実になった体験談

「この記憶(デジャブ)が正しければ、あの先の路地からこういう格好の女性が出てくるはず。」と思った瞬間、案の定記憶と同じ女性が路地から出てきた。

「この先の角を曲がったら、こういう人とすれ違うはず。」とその角を曲がると、またその通りになった(記憶通りの人とすれ違った)。

私は、ますます怖くなってしまい、心臓がバクバクし始めた。
この帰り道さえ、すでに記憶がある、「今日という日が、二度目の可能性があるな。」そう確信した私は、
もしかしたら、未来の自分が、この日に起きた不運な出来事をやり直そうと、この日のこの瞬間に戻ってきて、過去を変えようとしているのかもしれない。」と思い始めた。その不運な出来事とは何か、急に家族の安否が心配になりはじめた。
私はジョギング中は、スマホを携帯していないので、妻に電話することもできす、足早に家に向かった。

家に着くと、妻はいつも通り夕食の支度をしていて、少しホっとした。
二人の子供たちは、習い事のサッカーで不在。長男は中学生で隣りの区のクラブチームで練習中、小学生だった次男は近くの小学校校庭で練習中だった。
外はすでに暗くなっていたので、次男を迎えに行くことにした。

「ちょっと、心配だから、次男を迎えに行ってくるよ。」
そう妻に伝えると、いつも子供たちは自分たちで帰ってくるのが日常だったので、
妻は驚きつつ「大丈夫だと思うけど。」と答えた。
そして、妻は、私の手を見てまた驚いて言った。

なに?その手!血まみれじゃない!

左手から出血するイラスト

見ると、私の左手の甲の一部からひどく出血しているではないか!
私は、左手のそこがかゆくて右手でかき続けながら歩いて帰ってきた記憶はあった。
デジャブの連発で気にも留めず、「きっと公園で、蚊にでも喰われたのだろう。」程度に軽く考えていた。
妻に言われるまで、左手は見ておらず、まさか出血しているとは思ってもいなかった。「こんなにかきむしっているとは!」と、その手を見て自分でもびっくりしたくらいだ。
出血していたのは、左手の甲のちょうど人差し指の下のあたりだった。
手を洗って、ひとまず絆創膏を貼って、次男を迎えに行くことにした。

次男は、サッカーの練習がちょうど終わったところで、練習場の学校に向う途中の交差点で会うことができ、そのまま一緒に帰ることができた。その時は、徐々にデジャブ現象も落ち着いてきた。

帰宅し、まだ心臓がバクバクしていたため、横になり長男が帰ってくるまで待った。
ほどなくして、長男も帰宅。家族全員の安全を確認したが、心拍数が上昇したままだったので、体を温めつつ、温かいお茶を飲み、横になったままでいた。
家族は何もなかった。もしかしたら、自分がここで死ぬのか?
バクバクが収まらない心臓から、そう思い始めた。

「死ぬわけにはいかない。」と思い、自分を落ち着かせ、横になって安静にしていると、だんだん元に戻ってきた。
心拍数も元に戻り、デジャブも収まった。

この日は、お茶漬けを食べて、お風呂に温まり、寝ることにした。
落ち着きを取り戻し、布団に入っていつも通り就寝することができた。
翌朝、目が覚めると、何事もなかったように日常に戻った。

とまあ、なんとも不思議な経験だったのですが、その傷が思いのほか深く、4年経った今でも鮮明に残っている。

虫に刺されたような右手の傷跡の写真

人差し指の下、ちょうど太い血管の上あたり。

虫に刺されたような右手の傷跡の拡大写真

傷の跡。

後から考えると、蜂やアリかわからないが、何かの虫に刺されたアナフィラキシーショックだったのかもしれないと思っている。
公園からの帰り道、この部分がかゆくてかゆくてたまらなかったこと、意識が薄れてデジャブが連発したこと、心拍数が上がって不安に襲われたこと、がそう思う理由だ。

しかも、公園のその鉄棒は、その後ほどなくしてフェンスに覆われ、立ち入りができなくなり、今は新しい鉄棒に入れ替えられたのだ。その場所に、蜂やアリなどなにか人を刺す虫の巣とかがあったのかもしれない。なので、被害者は私だけじゃないかもしれない。

ただ、アナフィラキシーで、デジャブが連発し、直後に起こる出来事の予知もできるようになったことは、なんとも不思議な点だ。
もしかして、UFOにアブダクションされたか?まさかだが(笑)

現場の写真

デジャブが連発した日の現場写真。(2025年12月撮影)
後日、現場を訪れてみる。その後も同じ場所で同様の筋トレをすることもあるが、後にも先にもデジャブが連発するようなことはない。

懸垂した鉄棒-デジャブが連発した公園の現場写真

懸垂をした鉄棒。
現在(2025年12月撮影時)は、新しい鉄棒になっている。私がデジャブ体験した1カ月後くらいに、古い鉄棒はフェンスで囲われ使用できなくなり、新しい鉄棒へ入れ替え工事が行われた。
入れ替え前の当時(2021年10月)の鉄棒は、写真同様の三連で、手前の鉄棒はもう少し高さがあり、大人がぶら下がれるくらいだった。

腕立て伏せをしたベンチ-デジャブが連発した公園の現場写真

懸垂後、腕立て伏せをしたベンチ。
当時のままだ。ベンチに手をついて腕立てをした。
ここで、変わったアリに喰われてもおかしくない。

スクワットしていた場所-デジャブが連発した公園の現場写真

スクワットをした場所。
丸(矢印)の場所で、樹木に向かってスクワットしていた途中に、デジャブが連発しはじめた。
もし虫刺されだとしたら、ベンチに手をついて腕立てをしているときに、アリなどに喰われたか、鉄棒で懸垂中または樹木の前でスクワットしているときに、蜂などに刺されたかだと推測している。ただ、刺されたときの痛みは全く感じなかった。そこがちょっと不思議な点だ。


追記:2025年12月26日
UFO・宇宙人アブダクションなど数多い不思議体験の経験を持つ、ある男性「とっちゃんさん」とお会いする機会があり、お会いした後、その傷を改めて見ると、傷が対になっている(二つある)ことに気づいた!(→とっちゃんさんの不思議体験談

謎の手の甲の傷
(左手の甲にある謎の傷/2025年12月26日撮影)

写真右の人差し指側の傷は、デジャブ体験時にできた謎の傷。
写真左の薬指側の傷は、まったく身に覚えがない。念のため二つの傷の感覚を計るとちょうど3.5cmだった。



Nobuyuki Oshima(大嶋 信之)
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2025年12月7日、「愛・宇宙博」さんのYouTube番組のライブ配信動画に、電話出演させていただきました。宇宙人遭遇体験談やUFO目撃談など。オカルト好き必見!

2025年12月7日、「愛・宇宙博」さんのYouTube番組のライブ配信動画に、電話出演させていただき、UFO宇宙人やその他オカルト話をお話させていただきました。ご興味ある方、ぜひご視聴いただけると嬉しいです。

出演動画(2025年12月7日):
https://www.youtube.com/watch?v=ilbrR_lJXFQ

【緊急生電話】宇宙人にアブダクションされた人の話しがヤバすぎる!

(動画9:50~2:00:25)

切り取り編集動画(2025年12月18日):
https://www.youtube.com/watch?v=uVMDczI3N68

UFOに拉致された男性の体験談!双子の弟の証言がヤバすぎる!記憶を消された可能性?数々の事件の不可思議な“共通点”とは【ホプキンスビル事件/メン・◯ン・ブラック/リト◯グリーンメン/ステ◯ッチ】

番組の中でお話した内容:

私が見た宇宙人(1982年ごろ/茨城県水戸市)
https://www.nobuyukioshima.com/2022/07/1982.html

私が見たUFO(1988年ごろ/ 東京都豊島区上空)
https://www.nobuyukioshima.com/2022/10/15-ufo.html

私の双子の弟のUFO誘拐(アブダクション)体験談(1999年頃/東京都豊島区)
https://www.nobuyukioshima.com/blog/20251122masa-ufo




関連記事:
2025年5月、デイトナインターナショナルさんのYouTube番組に出演しました。
2025年12月、山口敏太郎さんのYouTubeチャンネル「ATLASラジオ」に取り上げられ、電話出演しました!



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【手相占い】仏眼相(ぶつがんそう)&神秘十字線、両手離れ型、指の反り方など-手相から見るスピリチュアル

手相の源流はインドで、仏教では手は「行(ぎょう)」と呼ばれ、行いの象徴であって生き方そのものを表す鏡とされるらしい。(参考動画02より)
なので、その人の手を見れば、その人の素質や生き方、未来がわかるというのだ。私の手を見本(モデル)に見ていきたい。

仏眼相(ぶつがんそう)
 ・仏眼相とは
 ・片手に仏眼相
 ・両手に仏眼相
 ・親指以外の指に仏眼相
 ・すべての指に仏眼相
 ・私の手
 ・二重仏眼相(にじゅうぶつがんそう)とは
 ・参考動画

神秘十字線(しんぴじゅうじせん)
 ・神秘十字線とは
 ・両手離れ型

指の反り方
 ・親指と人差し指の開く角度
 ・親指の反り方
 ・参考動画

まとめ

(写真・文/大嶋 信之)


仏眼相(ぶつがんそう)

仏眼相とは

仏眼相(ぶつがんそう)

仏眼相とは、手の指の第一関節のしわが二重で目のようになっていることを言う。
二重になったしわの両側が閉じて目のようになっている様を、仏教では”仏様の開いた眼”とたとえ表し「仏眼相(ぶつがんそう)」と言われる。
仏眼相は主に親指に現れやすく、稀に他の指にも現れる方もいる。
仏眼が出ている人は、霊感があると言われる。

片手に仏眼相

片手に仏眼相

もっとも多いのが、片手の親指に仏眼が現れるケース。
手相の世界では、左手は生まれつきもっている先祖代々の素質、右手は未来を意味するので、左手にある場合と、右手にある場合とで、少し意味合いが違ってきますが、霊感があり、死後の世界に興味を持っていたり、記憶力、直観力に優れていることが特徴です。

両手に仏眼相

両手に仏眼相

両手に仏眼相がある人は、ご先祖様と強固な絆で結ばれているだけでなく、神仏の守護も相まって、不幸な目に遭いにくいと言われている。
また、霊感が非常に強く、意識と無意識の境界を見通す力もあるとさえ言われる。
また、両手をすり合わせて念じるだけで、願いを叶えることができるという特質を持っているとされる。

親指以外の指に仏眼相

親指以外の指に仏眼相

稀ですが、親指以外に仏眼相が現れるケースがあります。
その場合、現れる指によって能力が異なってきます。(詳くは、参考動画01をご覧ください。)

すべての指に仏眼相

すべての指に仏眼相

非常に稀なケースで、すべての指に仏眼相がある人がいる。
すべての指に仏眼相がある人は、霊感が強すぎるあまり、日常生活に支障をきたすほどだと言われている。

私の手

それでは、私の手を見ていきます。

仏眼相(ぶつがんそう)-左手の親指

私の左手。
親指に仏眼相がある。

仏眼相(ぶつがんそう)-右手の親指

次に右手を見てみる。
右手の親指にも仏眼相がある。
両手に仏眼相がある人は、ご先祖様との絆が強固かつ、霊感が非常に強いとされている。(→両手に仏眼相

左手の手相

左手の全体を見てみる。

左手の小指ににある仏眼相

よく見ると、私の左手の小指に仏眼相があった。
小指に仏眼相がある人は、コミュニケーション能力に優れているのだそう。
親族とも良好な関係を築き、ご先祖様を大切にする傾向が強いらしい。

右手の手相

右手全体を見てみる。

右手の薬指にも仏眼相

よく見ると、私の右手の薬指に小さいながら仏眼相があった。
薬指に仏眼相がある人は、自己利益に対する直観力が優れているそう。
仕事やトレンド、富や名声といった嗅覚に優れていて、ご先祖様の名声にあやかることで、成功をつかむ可能性が高いという。

二重仏眼相(右手)

また、親指の付け根のしわに小さな仏眼相を見つけた。
これを仏眼と言っていいのかわからないが、親指の第一関節と第二関節に仏眼が現れることを「二重仏眼相(にじゅうふつがんそう)」と言うらしい。

二重仏眼相(にじゅうぶつがんそう)とは

二重仏眼相(にじゅうぶつがんそう)

二重仏眼相とは、親指の第一関節と第二関節の両方に仏眼が現れる非常に稀な手相で、仏眼が一つの場合の倍の霊感・直観力を持つと言われている。
また、ご先祖様のご加護も強く、不幸な目に遭いにくい。
その反面、霊感が強すぎることで、霊を引き寄せてしまう可能性もあり注意が必要とのこと。

両手に仏眼相がある場合で、二重仏眼相がある場合は、より稀な大吉相とされている。

その他の指に仏眼相が出ている場合や、仏眼相についての詳細は、以下の動画がわかりやすいので、ぜひ視聴してみてください♪

参考動画01

『【手相占い】五指にあらわれる仏様、仏眼相の意味10選』


神秘十字線(しんぴじゅうじせん)

神秘十字線とは

神秘十字線(しんぴじゅうじせん)

神秘十字線とは、感情線と頭脳線の間に現れる、十字(クロス)状のしわ(十字線)のことです。
仏眼相があるだけでも、スピリチュアルな能力に優れているのですが、この神秘十字線も加わると、その能力はますます強まると言われています。(ご参考:「手相の仏眼とは? 霊感を表す仏眼の見方【手相占い】」by マイナビウーマン

この相(仏眼相+神秘十字線)を持つ人は、第六感や霊感に非常に鋭いため、占い師やセラピストなどのスピリチュアルな職業に就くと、能力をいかんなく発揮できると言われています。また、慈愛の精神があるので、人助けの仕事にも向いています。

神秘十字線(左手の手相)

私の左手。
神秘十字線のようなものが見えます。

神秘十字線(左手の手相)

十字線が、三つ並んでいました。
左手に神秘十字線がある人は、生まれつき霊感が強かったり、直観力が優れていると言われています。三つもあったら、その能力も三倍?笑

右手の手相

私の右手。
右手には、十字線は見当たりませんでした。
私は、幼少期に不思議な体験をする体質だったのですが、手相にそのことがしっかり刻まれていることに驚きました。大人になるにつれ、体験しにくくなっていますので、左手(先祖からの生まれつきの能力)と右手(現在や未来の努力の末の能力)との違いにも納得してまった。

両手離れ型(りょうてはなれがた)

ちなみに、私の手(両手)は「頭脳線」と「生命線」(「感情線」も)が離れている手相をしているが、両手がそうなっている手相を「両手離れ型(りょうてはなれがた)」と言うらしい。片手だけでも珍しい手相なのだそうだが、両手となるとかなり希少らしい。
両手離れ型の確率は、1000人に1人(0.1%)らしい。

「両手離れ型(りょうてはなれがた)」の手相

両手離れ型の手相を持つ人の特徴は、何事にも好奇心旺盛で前向き、大胆な発想力と、強い独立心、非常に強い個性を持っていて、それを武器に人生を拡大していく人に多く見られる手相とのこと。
誰かの言いなりにならず、自分の道は自分で決めていく、その人にしかできないオリジナルの人生を歩むことができるという。
運気は、腹をくくった人から開けていくと言われていますので、自身の手相を受け入れ信じ、未来を明るいものにしていきたいものです。

実は私の妻も両手離れ型で、二人の息子のうち次男も両手離れ型、長男は片手のみ離れ型だ。手相は遺伝するのかな。うちの家族4人のなかに、1000人に1人の両手離れ型が3人もいるなんて!(驚)しかも、もう1人も離れ型(片手)。


指の反り方

仏教では、手の指の反り方で、その人の素質や生き方がわかるという面白い動画を見つけました。(→参考動画02
私の手を見本(モデル)に、解説していきます。
仏教では、左手は生まれつきの「宿命(前世の因縁)」を表し、右手は未来を表します。

親指と人差し指の開く角度

人差し指と親指の開きかたが、90度未満か、90度以上かによってその人の素性が判断できる。

人差し指と親指が開く角度(左手)

私の左手は90度以上に大きく開くことができる。
90度以上開く人は、行動的で、心の中に自由と挑戦する気持ちを持っている人。
新しいことに対し恐れよりワクワクする、指の間に空間があることで、周囲の意見を吸収しやすく、縁を紡ぐ力が高いのだそうだ。

人差し指と親指が開く角度(右手)

私の右手は、90度くらいの開きだった。
開きが90度未満の人は、慎重かつ内向的で、守りの人。
堅実に歩んでいくタイプなので、失敗が少ない。
その反面、目の前に訪れたチャンスを、逃しやすい傾向があるそうだ。

親指の反り方

親指の反りかたで、その人の意志と運命の形が分かるそうだ。

親指の反り(左手)

私の左手。
親指をグイッと外に大きく反ることができる。

親指の反り(右手)

右手も同様、大きく反ることができる。

親指が大きく反るタイプの人は、社交性があり、柔軟性に富み、わりと自由に生きる方が多い。どんな環境でも順応しやすく、斬新なアイデアを生む。人と違う角度で物事を見ることができるので、自然に人が集まりやすいそうだ。

ただその反面、
動く=形を保てない
ということから、時間にルーズになったり、お金の使い方が雑になったりしがちなのだそう。

親指が反らずまっすぐな人は、意志が非常に強い傾向があるという。自分を貫くという良い部分もありつつ、人の言うことをまったく聞かない頑固な一面もあるとのこと。
ご興味ある方は、ぜひ以下の動画を視聴してみてください♪

参考動画02

『親指の反り方で分かるあなたの意思と運命について【開運 / 金運 / 手相】』


まとめ

仏教においての手相の見方は、一般的な手相占いとは異なる点が多く、興味深いものを感じた。
特に、左手(ご先祖様からの生まれつきの特性)と、右手(未来を表す)は、今まで生きてきて本当に納得させられる内容だった。
これほどまで、自分の特性が手相に出るなんて!と驚いてしまった。
また、仏眼相においては、私は、祖父の代から同じ仕事をさせていただいている関係上、常に故人(祖父と祖母)のことを考えながら仕事をしているという一面があり、毎年二度のお彼岸には父母を連れて墓参はかかさない。そのような思考と行動が、手に出ているのだろうと、感銘深いものがありました。
先にも述べましたが、運気は腹を括った人から開けていくと言われているらしいので、自身の手相を信じ、未来を明るいものにしていきたいと思いました。

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オーストラリア在住の17歳学生との会話-「不気味の谷現象(ぶきみのたにげんしょう)」(物理工学)、「がん細胞とT細胞と樹状細胞」(医学)、「夢でよく見るドラゴン」(スピリチュアル)

先日(2025年9月30日)、オーストラリアに住む古くからの友人が家族で一時帰国し、彼の17歳の息子(仮にG君とする)と話す機会があり、細胞や免疫、AI(人工知能)などの話題で盛り上がり、いくつかおもしろい話を聞いたので紹介したい。

「不気味の谷現象」(物理工学)
がん細胞とT細胞&樹状細胞(医学)
夢でよく見るドラゴン(スピリチュアル)
【番外】「Violet Crumble」オーストラリアのお菓子


「不気味の谷現象(ぶきみのたにげんしょう)/Uncanny Valley phenomenon」(物理工学)

G君が描いたイラスト。
AI(人工知能)を進化させるにあたり、はじめは(人として認識でき)好感度は上がっていくが、ある程度リアルに達すると一気に「気持ち悪い(人じゃない)」と感じる特異点に反転し、その後進化を続けると、再び(人として)より好感度が上昇していく軌道に戻るという。

その特異点(軌跡・グラフ)を「不気味の谷現象(又は 不気味の谷理論)」と呼ぶというのだ。
確かに、AI(人工知能)搭載のロボットが、人間に近づくこと自体は好感度が持てるが、ある一定のレベルを超えてリアルすぎた場合、気持ち悪くて拒絶反応がでてしまうのはわかる。そして、そのレベルを超越すると再び好感度が持てるのもわかる。そこがシンギュラリティ(人工知能が人間の知能を超える時点)なのかもしれない。

調べると、「不気味の谷現象」とは、1970年にロボット工学博士で東京工業大学(現 東京科学大学)名誉教授だった森政宏氏(故人)が提唱した現象で、ロボットの外観や動作が人間らしく作られるようになるにつれ、好感的、共感的になっていくが、ある時点で突然強い嫌悪感に変わり、人間の外観や動作と見分けがつかなくなると、再びより強い好感に転じ、人間と同じような親近感を覚えるようになると予想した理論。

G君が言うには、これはAIやロボットだけに当てはまるわけでなく、様々な物事にも当てはめて考えることができるというのだ。
例えば、人形やキャラクター。なぜか、完成度の高い人形やキャラクターでも、ヒットしないものは、この「不気味の谷」にはまっている可能があるという。
また、映画やゲームも。とてもリアルで良くできた作品でも、なぜかヒットしなかった作品は、もしかしたら同様にこの「不気味の谷」に当てはまってしまった可能性が高いという。

私の生まれる前の、今から50年以上前に、このような理論が日本人から提唱されていたことに驚くと同時し、オーストラリアに住みながら、この理論を17歳にして勉強しているG君に感銘を受けた。主に、YouTubeなどで知識を深めているという。私は、「不気味の谷現象」という言葉をこの時初めて知ったので、今後も深堀りしていきたいと思った次第だ。


がん細胞とT細胞&樹状細胞(医学)

次の話題は免疫と癌細胞。
私は、以前より自然界のありとあらゆるところに存在する「菌糸」の振る舞いは、体内に存在する「免疫」と似ていると感じていた。その話をしたところ、G君はT細胞(免疫)とがん細胞についておもしろい話を教えてくれた。

G君が言うには、がん細胞(イラストA)には窓があって、T細胞(イラストB)はその窓からがん細胞を攻撃する。そのT細胞とがん細胞を繋ぐ役割のあるさわさわした形状の細胞(イラストC)があるという。
私は、がん細胞を攻撃するキラーT細胞のことは知っていたが、このさわさわした形状の細胞のことは知らなかった。後で調べると、このさわさわした細胞(C)は「樹状細胞(じゅじょうさいぼう)」と言うらしい。
G君が言うには、この樹状細胞が、がん細胞(の窓)を見つけ出し、T細胞にその情報を伝え、T細胞にがん細胞を攻撃させる役割があるという。

キラーT細胞だって発見されたのは比較的最近(1986年 谷口克氏により発見)だし、こういった樹状細胞とのコンビネーションでがん細胞を攻撃しているなんて、とてもホットな情報だと感銘を受けた。きっと、どんな癌でも当たり前に治る日は、そう遠くないと改めて確信した。G君はまだ17歳、この先の将来に大いに期待したい。


夢でよく見るドラゴン(スピリチュアル)

この話は余談だが、G君と話をするにあたり、私のメモ帳を広げたのだが、そこに下のような私が先日描いたイラストがでてきた。

このイラストは、つい先日(2025年9月16日)に夢に出てきた、不思議な飛行物体のメモだ。(→夢で見た飛行体

G君が「この絵は何?」と興味ありげに聞いてくれたので、「ちょっと前に夢で見たんだよ。眼の部分がカメラとセンサーになっていて、頭の部分にAI(人工知能)が搭載されている。投げて飛ばすと、あとは勝手な意志で自由に飛び回るんだ。」と伝えたところ、「僕も同じようなもの、夢でよく見るんだ。」とイラストを描いてくれた。

空を飛ぶドラゴンのような、生き物いうかロボットなのだそうだ。
よく夢に出てくるらしいが、何なのかわからないとのこと。
なんとなく、私のイラストに似ているとのこと。

普通、ドラゴンなら手足があるが、夢に出てくるのは、手足がないそうだ。
自由に空を飛び回るそう。

私は、恐竜にも似ているなと思った。
恐竜は、小型の一部は、鳥類として現代に生き残ったとされているが、
私はほとんどの恐竜が空を飛んでいた、もしくは翼を持っていた可能性が大きいと思っている。その話は、また別の機会でお話したい。

夢は本当に不思議で、つい先日、小学校からの友人より20年ぶりに連絡をもらってお茶したところ、私と友人とでほぼ同じ夢を何度も見ていた話になった。
いつも夢に出てくる建物(特徴あるビル)、構造、自身の行動、すべてが一致したのだ。聞きながら、鳥肌が立ってしまった。
この話もまた、別の記事にしたいと考えている。

【番外】「Violet Crumble(バイオレットクランブル)」オーストラリアのお菓子

お土産にいただいた、オーストラリアのチョコレート菓子「Violet Crumble(バイオレットクランブル)」MINT(ミント)。

通常はバー(棒)状が一般的らしいのだが、今回はブロックタイプをと。蜂蜜(ハチミツ)と蜂の巣(ハニカムトフィー)を混ぜたものをチョコレートでコーティングしたもので、めちゃめちゃ甘いお菓子だから、少しづつ食べて慣らしたほうが良いとのこと。G君は、ちゃんと勉強したい時の勉強前に、頭を回転させるために食べると言う。

甘党かつチョコミント好きの私にはぴったりで、美味しくいただきました!
コーヒーのお供に最適でした。



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植物同士のコミュニケーション

(文・イラスト/大嶋信之)

私が高校生の頃(1993年ごろ)に知り合ったHというおもしろい友人がいた。
彼は、洋服同士があいさつ(コミュニ―ケーション)しているとか、その他いろいろなスピリチュアル的考えを持っていて、不思議体験体質の私と馬が合い、その後濃い付き合いになった。お互い家庭を持った今でも、ゆる~く交流を続けている。

その中で、当時Hが話していたことで面白いなと思ったのが、実は植物同士は、目に見えない何かで交信していて、話しているんだというのだ。

植物同士の会話(草木のコミュニケーション)している様子のイラスト絵-Nobuyuki Oshima(大嶋 信之)
Hが言うイメージ

Hが言うイメージはこんな感じだった。
人間の目には見えない何か、テレパシーのようなもので、植物同士がコミュニケーション(情報交換)しているという。

いも虫などに葉っぱを食べられると、同じ仲間に何かしらの手段で、その危険を伝える。

私は、地中では根っこが繋がっていて、情報をやりとりしているのではないかと考えた。

そもそも植物は、蜂や蝶などの昆虫などの力を借りて受粉させ(それと引き換えに昆虫には甘い蜜を提供している)、種を忍ばせたおいしい実をつけ、鳥がその実を食べ遠地で糞をすることで、自分たちの種を遠くの地で繁栄できるように進化してきた。そのような進化を見ると、植物同士このようなコミュニケーションがあっても当然おかしくない。

当時Hが言っていたことは、可能性はあるものの、証明は難しいなと当時は思った。
しかしだ、ここ最近の研究で、30年前にHの言っていたことが、現実味を帯びてきた。
2020年ごろから、様々な最新の研究結果より、植物には互いが情報交換している可能性が大きいことがわかってきたのだ。最新の機械装置を使って植物を調べると、コミュニケーション方法がわかってきたというのだ。
以下に紹介したい。

2023年『[NHKスペシャル] 植物たちには「おしゃべり」をする能力が!?| 超進化論 | NHK

『[NHKスペシャル] 植物たちには「おしゃべり」をする能力が!?| 超進化論 | NHK』

2022年『植物が会話する!? 匂いが伝えるコミュニケーション | ガリレオX 第150回

『植物が会話する!? 匂いが伝えるコミュニケーション | ガリレオX 第150回』

・朝日新聞GLOBE+(2025年2月15日)「天敵から身を守れ 植物同士で交わされる「会話」 最新の研究でわかってきたこと

・京都大学(2023年2月28日)『植物間コミュニケーションの仕組みを解明―受容した香りを防御物質に変える遺伝子発見―

・ナショナルジオグラフィック(2023年4月21日)『植物は「会話」している、ストレスで超音波を出すことも判明

などなど、「植物 コミュニケーション」などで検索すると、様々な記事がヒットするので、興味あれば検索してみてください。

以上だが、Hのその他の話のひとつに「洋服同士のあいさつ」がある。実話をもとに少しファニーな話に仕上げたので、よかったら読んでいただける幸いです。
またHは、先日私が出演したオカルト系YouTube番組を観てくれてすぐに、「俺も不思議な体験をした!」と連絡をくれたのであった。(→都内上空で知人が見たという青い龍のような光。



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